2016年3月12日土曜日

「保育園落ちた日本死ね」を巡って・・・日本という“いやな”国

「よりみちパンセ」という中高生向け?のシリーズ本がある。その一冊に小熊英二さんの「日本という国」をかつて読んだ。岩波ジュニア新書もそうだけど、中高生向けの書籍も、時には有用だ。私のように元々の知識が不足している人間にとっては。

内容の詳細は忘れてしまったけど、とにかく日本(という再帰的な集団)がどんな構造で何が問題なのかが記されていた。(ように思う)

保育園に入れないことに関して発信された「日本死ね」が、最近ネットで話題になっているらしい。国会で首相が答弁しているのをニュースでチラっと見た。

基本的にツイッターもフェイスブックも使いこなせないおじさんにとって、ネットのどこで話題になっているのか実際見たことはないけど。

「日本死ね」に触れて、この『日本という国』を思い出した。
この国に住み、税金を払い、一方で社会インフラを利用させてもらいながら家庭を持ち生活している者にとって、この国のことを考えるのは当たり前のことだろう。

だって、家庭(小さなマンションだけど)で、それこそ些細なモノの整理から始まって、家をきれいにすること、また一緒に暮らしている人との関係を常に考えて、多くのことを「整理整頓」していかなければ、どんどん汚れていき、使いづらくなり、そして最後には廃墟になってしまうのだから。

「死ね」という言葉の選択が上品な言い方ではないのは確かだが、この言葉に込められた思いは痛いほど伝わってくる。批判はあるものの私は一定程度支持する。

この国は、やはりどこかいびつだ。よく言われることだが、パイが増えている時はそれでも課題が隠れていたが、限りあるパイを分け合うとなるとうまくいかない。

私は年寄が嫌いだ。自分もその領域に入りかけているけど、年寄「全般」が嫌いだ。年寄全体を一律にくくるのはナンセンスなのは分かっている。中には将来世代のことを真剣に考えてくれる年寄も少なくないことも承知している。
保育園や幼稚園の子供の声がうるさいという年よりたちに見るように、年をとると自分のことしか考えられなくなる人々(自分の死んだ親も、まだ生きている親もそうだ)が許せない。

保育園の問題は、単に「働く若いママ」の問題ではないだろう。そこには富の配分を巡る問題、シルバー民主主義の問題、土建国家の問題等々、「日本という国」の問題が内包されている。

「日本死ね」という5文字の言葉はそんな日本を端的に言い表しているような気がする。



小熊さんの著書で「日本の構造」を著したものには『社会を変えるには』もある。
これはまたいつか読みかえしたい本だ。

2016年3月5日土曜日

アメリカは面白い


大統領選挙まっただ中の「アメリカ合州国」

村上春樹さんがボストンに行っていた時のことが書かれている「そして悲しき外国語」は、かつて面白く読んだ。

そして渡辺靖さんが文化人類学者として「アメリカ」を研究していて、一連の著作は本当に面白い。市販されている渡辺さんの著作はすべて読んだ。

なぜこれほどまでに、愛憎交えてアメリカを意識するのか、その心理状態は渡辺さんの本を読むとよくわかる。

2016新書大賞の話題の本『京都ぎらい』のPOP広告に「本当は好きなくせに・・」と書かれていと、新聞の書評欄で読んだけど、同じ心理なんだろうな。


越智道雄さんの書籍は、まだきちんと読んだことはない。近著『映画で読み解く現代アメリカ』はまだジモトの図書館に入っていないし、渋谷のジュンク堂にもなかった。

これから「余生」ではもう少しアメリカを読み進もう。

『世論をめぐる困難』はメディアのつくる「世論」が如何に“世間”とかけ離れているか自ら問うた挑戦的な本だ

地味な本であり、当然アマゾンではひっかかってこない。しかしこれはある意味で挑戦的な試みだ。
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000072582016.html

かつて、『輿論と世論』」が話題になったが、大衆社会を考える上で、どちらも参考になる書籍だろう。
「世論をめぐる困難」は、NHKの放送文化研究所が発行する月刊誌「放送メディア研究」の別冊のような形をとっている。

世論調査の所管する「NHK文研」が自らの仕事を顧みたということでは挑戦的だと言える。

日々、新聞やテレビのメディアに接していて(というか斜に構えて、横目で眺めていて)、体感として、世間とメディアの言う「世論」に何となく乖離を感じている者としては、その体感をアタマの中で整理する材料になる。

まだ全部は読んでいないけど、(おそらく全部は読まないけど)、頭の体操をしたい時に、徐々に読みすすもう。

しかし、「NHK文研」が問題提起しても、その巨大メディア自体は、何も報道に変わりがない(と感じる)のは、巨大組織の硬直性が如何に強固なのかも同時に感じてしまう。

2016年2月27日土曜日

東京五輪への懐疑 本当に「良いこと」なのだろうか

2020年東京五輪がいろいろつまづいているのは、さまざまな報道の通りだ。毎週末に通う、千駄ヶ谷駅に来るたびに、東京体育館の向こうに見え隠れしていた『国立競技場』のことを、いやでも思い出す。

構造物がなくなってみると、―私的な印象では―意外と狭いというものだった。野球場なども概ねそうなんだけど、普段テレビでしか見ないものは、撮影するカメラの広角効果なのか、広く見える。しかし実際はアタマで想像するほどでもない。かつて放送局に勤務していた者でもそうした錯覚に陥るのだから、テレビそのものが提供する情報の錯覚には気を付けなければなるまい。

東京五輪にはもともと「反対」だった。かつてこのブログでも今回はトルコに譲るべきだと書いた。五輪選手たちの誘致活動の人々の涙する姿を見て、ヘドが出るとはこのことだと感じた。

話はそれるが、いま中東の一連のISの騒動に乗じてトルコはクルド人への攻撃を強化している。五輪がもしトルコでの開催地になっていたら、この国もこれほど露骨なクルドjンいじめをできなかっただろうと思うと、歴史の「IF」=「畏怖」を感じてします。

2年以上前だったか。NHKの歌番組「SONGS」にサザンオールスターズの桑田さんが出演していた。国立競技場のすぐ近くのVICTORのスタジオの屋上でインタビューに答えて、当初東京でオリンピックというのはどうかなと思っていた。けれど決まったからには前向きに考えていかなければ、という趣旨のことを答えていた。しごくまっとうで、また多くの人々が共有するような思いだろう思ってみていた。それがのちに「東京VICTORY」という歌になったのだろう。

これも逸れるが、「東京VICTORY」に歌詞にはフクシマへの思いもちゃんと入っていて、桑田さんの眼差しのやさしさ、確かさを感じている。(ランニングしながらこの歌を聴くと元気が出る)。

東京五輪が決まったあと、私自身も「反対」の気持ちが薄らいできたのは確かだ。薄らいだというより、決まったことに反対してもしょうがないという諦めや、どうでもいいという気になった。ただしカネは使うなよと。

しかし、既報のとおり国立競技場を巡る建設費問題やエンブレム問題など、出るわ出るわ何だこれは、という“カオス状態”に。
そうした直接的な問題とは別に、東京五輪とは何なのか、納税者(国民)に何をもたらすのかという問題はきちっと論ぜられるべきだろう。

世界2月号の尾崎正峰氏の論文は、秀逸だ。
1月のアサヒ新聞の論壇時評でも、「注目論文」として取り上げられていた。

●五輪憲章では「国の競い合いではない」ことが謳われていること。
●日本のスポーツ関係予算は極端にエリート養成に偏っていて、市民スポーツの予算がごくわずかなこと。

要はこの2点だ。

東京で市民スポーツを行う身として、公共のスポーツ施設の少なさをかねてより感じている。それがこの論文では具体的数字として示してくれている。(詳細は読んでみてください)

東京の50mプールで市民が利用できるところは非常に少ない。千駄ヶ谷、辰巳、そして世田谷区立の施設。(これは「東京プール難民」としてブログにも書いた)

東京の人口から言ってもあと2,3箇所、千駄ヶ谷のような施設があってもいい。いやあるべきだ。国民の健康向上は、医療費の削減にも寄与し、巡り巡って自治体の利益にかなうことは自明だ。

行政として、市民スポーツを後押しするのは体育館などのハコ物を作るだけではないだろう。たとえば河川敷のランニングコースをもう少し整えるとか、サイクリング道路を整備するとか、いくらでも知恵はあると思う。

結局は、五輪は日本政府の宣伝材料と国威発揚という古典的な道具に使われているに過ぎないのではないか。

国民の側にも問題がる。五輪で金メダルを取ることをノー天気に喜んでいるし、メディアはそれを後押しさえしている。しかし女子ソフトボールの例が端的に示すように、五輪種目からはずれたら、まったくと言っていいほど見向きもしなくなった。国民は結局ソフトボールやそのプレーヤーが好きなのではなく、単に金メダルを取れる種目だから応援していたに過ぎないことが証明されてしまった。
もしレスリングや柔道が五輪種目でなかったら、現在のような関心は集めないであろう。

五輪は罪作りな「祭典」だ。冷静に考えれば、もういらない。それぞれの競技はそれぞれ世界選手権をやればよい。



「あの日」(小保方晴子著)はすごい!講談社の編集者に拍手

“話題”の書籍(これが「書籍」と言えるかどうかは別として)、
『あの日』(小保方晴子)には感心した。そのタイトルに。

書店に行くと平積みになっている。新聞の発行部数欄でも、石原慎太郎の「天才」(田中角栄本)についで堂々の2位になっている。

はっきり言ってわざわざ読もうとは思わない。それほど残りの人生に時間に余裕はないから。
雑誌のコラムなどで「読んだ」人の感想を聞けば十分だ。
我田引水、唯我独尊、などいくつかの「書評」(と言うのかは?)を見た。この人が渦中の時にホテル住まい、タクシー出勤などさまざまな報道がされていただけに、いま生活はどう維持なさっているのかは、覗き見的趣味で気にはなるけど。

それはそれとして、タイトル『あの日』には、正直感心した。もちろんこのタイトルを考えたのは講談社の編集者なんだろうけど、この編集者は、いかに「キャッチな」「人を惹きつける」かを考え抜いたに違いない。もっとも、意外とすぐ、ふわっと思いついたのかもしれないけど、それはタイトルを考えた編集者のこれまでの経験があったからだ。

 「あ」・「の」・「ひ」という、たった3文字と「小保方晴子」という名前を見た人々は何を考えるだろう。
「STAP細胞」を作ったと発表した会見の日、割烹着姿を撮影させた日、弁明をした日、それとも・・・・。
 「あの日」はそれぞれ読者にとって違うが、完全に小保方晴子の「記号」として機能していることは確かだ。これほどシンプルで、分かりやすく、読者(と言うかこれから「読もうかな」と思っている人)の好奇心を惹起させる言葉は他にないだろう。

言われてみれば「なるほどね」というタイトルはいろいろある。しかしそれはコロンブスの卵だ。最初に考えた人はエライ。
かつて(少しの経験だけど)、テレビ番組のタイトルを考えたことのある経験から言うと、1行のコメントを考えるのも大変だけど、タイトルをどうつけるかは一番の悩みどころだった。
久々に目に触れた「ヒット作」だと思う。

編集者に拍手!

かつて政治の世界で、小泉首相などが、短い言葉でシンプルに訴えかけることが流行った時代があった。今もそれは続いているのかもしれない。しかし政治ではそれは、反知性的であり、大衆操作的で、うさんくささを感じる。政治は丁寧な説明と説得性、納得性が必要な世界だからだ。
それと書籍のタイトルを一緒にしてはいけない。

最近読んだ本で「タイトル」がイカすのはあとは、「生きて帰ってきた男」「ゆっくり いそげ」かな。

2016年2月11日木曜日

書籍の“価値”について考える




岩波新書
●渡辺靖「<文化>を捉え直す 864円。
●小熊英二「生きて帰ってきた男 1080円
●原武史「『和天皇実録』を読む」780円

ここ半年の間に読んだ岩波新書は、ジャンルは違えどどれも価値ある「良書」だ。著書の方々のような明晰な頭脳はない私のような「読者」でも、一定の知識を得、物事を“深く”考えることに導いてくれる。ありていに言えば、どれも「読み応え」のある本だった。

 もっとも、この3人の著書は特別かもしれない。持続的にすばらしい著書を出している、日本の、いや「人類の」と言っても過言ではない「知識人」の人たちだからだ。
その著書が「新書」という形で読者に届けられている。しかし、どれも「安価」だ。
内容から言ったらこの値段では申し訳ないくらいだ。

「インターネットはタダ」「そこから何でも知識が得られる」と思っている安直な人々から見れば、書籍の価値など考えてもみないのかもしれない。この価格でも「納得」できないのかもしれない。
本(情報)の価値は人によってとらえ方は違う、一概に比較するのは意味がないと言わてしまえばそれまでだけど、世の中には一定の「共通価値」があるという前提で個人的主観として以下を論ずる。(論ずるというほどの内容でないけど)

良書(「良書」という言い方は、なんだか「PTAご推薦」のようなきな臭い感じがするのであまり使いたくないけど、価値ある本という意味で使っている。)は、広く読まれる“べき”であり、そのために安価な価格で提供される“べき”という考えに立つなら、この価格が妥当なのかもしれない。

だから、いくらなら妥当かということに意味はなく、出版社は販売部数の予想など市場の動向を見ながら、その妥当な価格を決めているのだろう。

一方、最近、タイトルに魅かれて図書館で借りて「見た」本が下の2つである。




















●小倉広「アドラーに学ぶ職場コミュニケーションの心理学」日経BP 1400円
●できる男は超小食   主婦の友社 1200円

広い意味での「人事」と「ダイエット」は興味分野だけど、とてもこの値段を出して買う気にはならない。図書館で順番を待って借りた。実際、貸し出しでは人気で、1か月以上待った。

▼「アドラーに学ぶ・・」
著者が傾倒するアドラー心理学に則した、いわゆるハウツー本。ところどころにアドラー心理学のエッセンスが記されているが、かれはアドラーの一次研究者ではなく、おそらく様々なアドラー解説本から内容を「引用」したにすぎないだろう。しかし巻末に「参考文献」は記されていなかった。
内容の大半は、どこかで彼が書いたかまたは別の人のよくある、ハウツーにすぎない。
ほとんど斜め読みで「理解」可能で、1時間もあれば読んで余りある。悪いけどこんな本をお金を出して買う「サラリーマン」はかわいそうだ。騙されているとも言える。図書館も公費を使って購入する書籍なんだろうか。借りといて文句を言うのもなんだけど。

▼「できる男は超小食・・・」この著者は他にも「生き残る男は細マッチョ」という同じような本を著している。内容は、要するに食べ過ぎるな、適度な運動が必要だという健康の基本を極論的に述べているだけだ。面白いことに彼の主張は「アドラーに学ぶ」に出てくる「認知バイアス」のお手本のようなところがある。つまり自分の考えに都合のいい事例を取り上げてつまみ食いして書いている。牛乳を最悪の食品として書いているのはその典型だ。食品には良い面と悪い面の両方があるだろう。その一方だけを取り上げて避難するという、詐欺師的論述にほかならない。

話が本題の「書籍の価値」ということから、いささかずれた。
しかしなぜ、内容の薄っぺらなトンデモ本が1200円や1400円で売られ、内容のある価値ある本が安価なのか、理解することが難しい。世の中それで経済が回っているのが不思議だ。

別に、価値ある本をもっと高くして売れと主張している訳ではない。これだけの内容のある本を安く手に入れられることは、読者として有り難いことだ。しかし著書の立場にたては、これだけの内容の本を書いたのだからそれなりの報酬を得られるようにすることが必要だろう。そのことが次の執筆につながっていく。

この項は書いていて、自分が何が言いたいのかだんだん分からなくなってきた。
ただ、上記の岩波新書の著書の方々にお礼を言いたかっただけかもしれない。
もう終わりにしよう。

追記:
自分でもスッキリしないのでもう少し満員の山手線の中で考えた。
市場価値としてどういう値段で売られていても、まあそれはいいとして、これを公立の図書館に入れるとなると別問題じゃないかなと思い到った。

内容のうすっぺらな本を「高値」で購入するのは、だれがどういう基準で選んでいるのか、当然問われてしかるべきた。税金という「公金」で運営されているのだから。
岩波新書、上の3冊分の値段で、下のトンデモ本は2冊。

図書館のありかたそのもに関わってくるけど、公立図書館としてはどちらを購入するかは、よく考えた方がいい。二者択一の問題ではないというだろうが、そうではない。選書のありかたそのもにつながる大事なことだ。と、思うけど。






















1080円 864円

北朝鮮の長距離弾道ミサイルを最も喜んでいるのは安倍首相だ

netから「引用」
北朝鮮のミサイル発射で、各国は反発を強め、制裁に動き出している。日本も“いち早く”独自制裁を表明し、実際厳しい内容で動き出している。日本が射程に入るミサイルと核開発が、あの国で進んでいれば、それは脅威であり、止めさせるための様々な手立てを講じるのは当然のことであり、これに異論を唱える「日本人」はあまりいないだろう。
 それはそれとして、今回のことを一番喜んでいるのは、実は安倍首相だということには注目した方がいい。別に安倍首相が北朝鮮のシンパだとか、スパイだとか言っているのではない。彼ほど偏狭に「日本愛国的」な歴代首相もいないだろう。
 今回の独自制裁で当然北朝鮮との対話の窓口は閉ざされる。そうすると「拉致問題」の「解決」などというのは、絶対的に遠くなる。実際、拉致被害者家族会の飯塚代表は、今朝のニュースで、対話の窓口が閉ざされることに少なからぬ懸念を表面していた。

netから「引用」
安倍首相は、拉致問題で名を挙げた人物だ。思い出してほしい小泉政権の官房副長官として、拉致問題にかかわり、政治記者の表現を借りれば「頭角をあらわした」政治家だ。

この問題の解決を目指して汗をかく政治家として、大衆の支持を集めてきた。さめた見方をすれば、拉致問題という国民が「熱狂」しやすいテーマをうまく利用して支持を集めてきたと言える。彼は首相になってから「必ず私の代で解決します」と決意表面を国会をはじめさまざまな機会で表明してきた。
この問題の困難さは国民も国会議員もみな分かっている。だから解決できなかったとしても「公約違反だ」などと非難されることはない。それをうまく利用してきたとも言える。

「極めて困難な問題に対して正面から取り組む首相」も、しかしそろそろ落とし前をつけなければなるまい。しかしいまだ「解決」できないでいる。そこに今回のミサイル問題があった。制裁強化に異を唱える人はほとんいない。いたとしても大きな声にはならない。
そこには「北朝鮮が悪いから、拉致問題の解決も遠のいた」という暗黙知ができあがっている。
安倍首相は、この問題を解決しなければならないという宿題から、いわば「解放」されたのだ。

誤解のないように最後に記しておく。拉致問題を解決する必要がないとか、小さな問題だと言っているのではない。安倍は困難は課題に対して、「自分なら出来る」と大風呂敷を広げてアピールしておきながら、できないとそれは「〇〇のせいだ」ということを巧妙に国民に納得させるという詐術を駆使していることを非難しているのだ。
それが安倍のメンタリティーだということを、国民は知っておく必要がある、というだけだ。

誠実で正直な政治家ほど、大衆的国民から支持されない。
これは日本“国民”だけの問題ではないかもしれないが、それでいいの?と言いたいだけだ。
以上。


netより「引用」

2016年2月2日火曜日

軽減税率という愚 日経記事が新鮮だ

 消費税を10%にする時に軽減税率を導入するという、一部政党の強硬な主張に沿った政府・与党の決定は、「日本という国」が反知性主義で満ち溢れている、どうしようもないクニであることを証明した。この国で生きていくことが恥ずかしいくらいだ。しかし小市民にとっては逃げ出すこともできず、とどまるしかない。
1月27日 日経新聞より「引用」
財務省案の給付制度はまっとうだということを、かつてこのブログに書いたが、「それを証明する」と言ったらたいへんおこがましいけど、日経新聞に、まことに明快な記事が掲載されていた。(1月27日「経済教室」)。

 東大教授・加藤淳子氏の論は極めて明快で論理的だ。多くを語る必要はない。この記事をよく読むべきだ。軽減税率を強硬に主張した政党の方々と、その支援組織の婦人部の人たちは。

とは言うもののこういう方々には「認知バイアス」がかかっているから、記事が見えないんだと思うけど。

この記事がもう少し早い時期に出ていれば、もしかしたら状況は少しは変わっていたかもしれない。

2016年1月30日土曜日

東急電鉄という体質④ 「雪」であらわになった最悪組織

netより「引用」
●池上線の悲惨な状況
2016年1月18日・月曜日の朝、雪の東京。通勤で混雑する鉄道は、その対応のまずさから混乱を極めた。特に東急と京王の対応は、ひどいの一言だ。
「東急電鉄という体質④」として、その報告・分析をする。

雪のため、徐行運転するのは分かる。また特急・急行をやめてすべて各駅にするのも分かる。これだけなら、さしたる混乱もなく運行していただろう。
すでに朝6時すぎには降雪は雨に代わっていて、線路が雪でアブナイという状態ではなかった。シロウト目にはもそれは分かった。事実JRなどは遅れがあったもののまあまあフツーに動いていたのだ。


しかし現実は違った。
『間引き運転』という、利用者無視のご都合施策が、大混乱を招いた。
電車の本数を普段より大幅に減らしておいて、一方では改札規制もしなかったら、どうなるか。小学生でもわかるロジックだ。

少なくと東急・池上線、雪が谷大塚町駅では7時20分すぎの状態で、改札規制は行われず、運行に関するさしたるアナウンスもない状態だった。当然ホームに下りきれない人々の群れで、階段から改札付近のスペースまで人であふれかえる。

NETより「引用」(イメージです)
改札口からやっとの思いでホームに下り、かなり待ったところに電車がやってきた。間引き運転しているから当然、大混雑だ。降車客がいてもホームの人間の2割も乗れない。
あきれるのは、アナウンスは(録音していた訳ではないので記憶の範囲だけど)、「後続の電車もご利用ください」と繰り返していた。間引き運転していて、いつ来るかわからない次の電車を待つよりもと、多くの人間が乗り込もうとする。

 ようやく扉が閉まり動きだししても、次の石川台、洗足池、長原と、どの駅でもかなりの時間停車してやっと動き出す。そして旗の台。ここまで40分近くかかった。
ついにここで電車は動かなくなったのだが、アナウンスが、迂回をススメながらも、しばらく待てば動くような「期待を持たせる」言い方だった。だから混雑の中、我慢して待った。乗客の判断は分かれた、動かないことを見越し、大井町線に回る者と「待つ」者だ。当初後者を選択したが、結果的にそれは失敗だった。
 アナウンスは、なおも運行を打ち切ったとは言わなかった。最初、しばらく停車しますと言っておきながら、そのうち「発車にはなお相当の時間がかかる見込みです」という言い方に変わっただけだ。この時、「少なくとも〇分は発車できない」とか迂回路の大井町線や東横線の運行状況を分かりやすく伝えていれば、状況は違っていただろう。

 今にして思うと、運行打ち切りはあたり前だ。あの異常な混雑の電車を動かしても次の駅でやはり動けなくなるのは容易に想像できる。さすがに東急もこれ以上動かすとけが人が出ると判断したのだろう。実際、私の乗っていた車両では、押された重圧で悲鳴に近い声を上げる女性の声が聞かれた。だったらなぜ打ち切ると言わなかったのか。

NETより「引用」
旗の台駅に止まったままの車両の中で20分ほど待ち、結局あきらめて駅を出て五反田までぐちゃぐちゃの中原街道の歩道を歩いた。幸いゴム長靴を履いていたので、足はぬれなかったが、ゴム長で4キロ近い道のり歩くのはしんどかった。しかも横殴りの大粒の「雨」は降り続いていたのだから。五反田から山手線。遅れ・徐行はあったが、通常の朝の混雑程度で目的の駅まで着けた。

●東急の「失敗」はなんだったのか。
 
 運行のまずさだけでなく、情報を曖昧にしか伝えない姿勢、すべてに対応のまずかさがあった。
これこそが「東急電鉄という体質に他ならない」

今回の雪ではじめに携帯電話に「お知らせメール」が来たのは前日17日の午後9時20分すぎだ。表現は「雪のため遅延や運休の恐れがあります」というものだった。しかしおそらく東急幹部はこの段階で早々と「間引き運転」を決めていたのだろう。
東急幹部もただの人だ。物事の判断を決めずにおくと、モヤモヤ感が残り自分自身にもどかしさが残る。決めてしまえば、次にモノゴトが進むので、あるめんスッキリする。天気予報は繰り返し、翌日の大雪を報道している。「早めの対応」が「良いこと」と勝手な思い込みで、東急電鉄のモノゴトが進んだ。そこには月曜朝の乗客の状況や、天気が好天した場合の人の行動への想像力が皆無だった。おそらく間引き運転を決めた幹部は、自分の早めの「判断」を「迅速な決断」とでも思ったのだろう。知恵のない人間だ。
「翌朝は間引き運転」ということが現場の人間に伝わるとどういうことが起きるか。「やった仕事がラクになる」と、少なからぬ労働者は思ったことだろう。何しろ朝動かす電車が少ないんだから。気の回る現場長は、早々と間引きダイヤに合わせた人の配置を決めたのかもしれない。それが労働者への「誠意」だとも思ったのだろう。
 しかし天気は幸いにも好転した。未明の雪は夜明けごろには雨に変わり、線路が雪で運行に支障という状態ではなくなった。普段の利用者の多くは、おそらくそうした天気を見て、通常の雨の時くらいの遅れくらいにしか思わないだろう。事実、いつもの月曜朝と同様の人々が駅にあふれていた。
しかしすでに「間引き運転」を決めていた東急に、その後態勢を立て直すことはできなっかた。いやしなかったのだろう。一度決めたことを再び元に戻すのは相当なエネルギーがいる。現場で働く者のモチベーションをもう一度あげるのは容易ではない。
「なんだ、運行本数を通常に戻すなら、最初から間引きするなんて言うなよ」と“上司”への恨みが先に立つ。
そして間引きは続行された。しかも「お知らせメール」など、利用者への情報伝達手段はさまざま進化しているのに、そこでは曖昧な情報しか載せず、いわば自分たちの失敗を誤魔化している状況では混乱を招くのは必至だ。


駅員など現場の彼らに文句を言ってもしかなたい。何も考えずに上からの「指令」で、決められたことしかできない輩に、文句を言うのはウサばらしにしかならない。彼らに当り散らすほど落ちぶれてはいない。ただ睨みつけてこちらの「意思表示」だけはしたけどね。

東急の混乱ぶりは、この地域独占企業の体質そのものから出てきた、いわば当然の結果なのだろう。
電力の小売り自由化が始まり(それが良いことかどうかは留保するけど)、来年には都市ガスも自由化されるらしい。で、今や地域独占企業の「雄」となった鉄道会社。

これだけの混乱を招きながら、簡単なお詫びをウェブサイトに載せただけだ。おそらく間引きを「決断」した幹部は、何もお咎めもなくノウノウとしているに違いない。もしかしたら今でも早めに「決断」したことを、けが人は出なかったからよかったくらいにしか思わす、正しい判断だったと思い続けているかもしれない。

●構造化されている、地域独占電鉄会社の「体質」
私鉄の「目的」はは何か。それは乗客を増やすことと、事故なく安全に「運行」させること。突き詰めるとその2つに尽きる。東急はまさにその目的に向かって「全力東急!(投球)」している。

前にも書いたが、乗客数が減ることはそのまま運賃収入に直結する。企業としては売り上げを減らす訳にはいかないので、如何に乗客を増やすかが、ほとんどの唯一の目的だ。

人口減少社会で、黙ってても沿線の人口が増えて乗客数がそれに比して増える時代は、すでに遠く過去のものになった。では、どうすれば乗客は増えるのか。
・他路線との相互乗り入れを推し進め、「利便性」をウリに増やす。
・路線を延長して利用可能者を増やす。
・イメージを上げて不動産開発を進めて沿線人口を増やす。

 路線を延長するのはもはや望めない。フロンティアはもはなくなった。そうすると残るは沿線人口の増加と、相互乗り入れによる「利便性」の向上だ。
だが相互乗り入れは、もろ刃の剣だ。乗り入れた沿線から人を吸収できればよいが、逆に吸収されてしまうこともある。東急は日比谷線と「決別」し、副都心線や東武と結んだのは、乗客の利便性を追求したからではなく、その方が乗客が増えて得だからにすぎない。
ありていに言えば、北千住やその先の千葉住民より、埼玉県民の方が横浜中華街に来たがるだろうし、北千住の先にはビジネス街はないが埼玉新都心にはそれなりの企業群があり、東横線沿線に住んで通う人も出てくるだろうという読みだ。
乗客を増やす施策は、「より利便性を増した東横線」という、利用者へのメッセージにすり替わる。
「安全運行」は、利用者の命を守りたいからではない。事故を起こした時の損失・イメージダウンを防ぎだいというのが第一の目的だ。(ホームドアもまたそう)


●結語
『間引き運転』に戻ろう。
なぜ降雪が雨に変わり、それほど運行に支障がないと思われるのに『間引き運転』が続けられたか。おそらくこの企業には、一度決めたことは容易に変えないという体質がこびりついているのだろう。地域独占企業は、それでやってこれたということだ。
市場や利用者のニーズをいち早くくみ取る、臨機応変の対応なんて必要がないのだ。

この組織がどうなっているか知らないが、そういう体質の「指令」の任にある者が、、前の晩に天気予報を見て、早々と翌日の徐行運転と急行などの休止、間引きを決めただから、動きようがない。

利用者の立場に立つアタマがみじんもない幹部は、「安全は確保される」という自己弁護的事なかれ主義を「前意識」で貫いたにすぎないのだ。

代替の製品が他にあるものならば、以後、不買を貫くということもできる。しかしこの地域に住む以上、東急を利用せざるを得ない。くやしいけど小市民のは「東急様」のお世話になる以外、生きる道はないのだ。


2016年1月23日土曜日

軽井沢バス事故、「原因」ばかり追求するメディアの愚。

YOMIURI ONLINEより「引用」
15人もの若者などが犠牲になった軽井沢のツアーバス事故は、1週間たっても連日メディアでは「原因」を巡って報道が続いている。

・ギアがニュートラルになっていた。
・時速100㎞を越えていた、等々。
メディアの言うところの「新たに分かった事実」として報道されている。原因を追究することは一見、一番重要なことに見える。確かに事実関係を明らかにするのは大切だ。しかしメディアがそればかりに囚われているのは、「真理」を追究するという観点からは見誤る。

 メディアのそうした「原因」報道の、出どころはほとんどすべて「警察の調べ」だ。警察の交通課のやる仕事を報道しているにすぎない。

 事故→警察の仕事→マスコミのいわゆる「サツまわり」(多くは若手の記者だ)の記事。という構図の中でこの報道は消費されている。メディアにとっては警察情報は言ってみれば一番「確実」な情報であり、「間違いない」報道ができる「便利な情報源」だ。ほとんど予想の範囲を越えない事故の「原因」ばかりをテレビのキャスターたちが、いかにも深刻な顔をして、伝えている姿は滑稽でさえある。

 アドラー心理学を持ち出すのは、いささかオカト違いかもしれないが、原因論より目的論の方が、真理に近づくのではないか。

死亡した運転手は「大型バスには不慣れだった」という「原因」が語られるが、「不慣れな運転手」がみな大事故を起こすのだろうか。違うだろう。この運転手の「目的」は何だったのか追求することこそ、真相に迫ることだ。それは「事故原因」を調べる警察情報を伝えるほど簡単な話しではないのは分かる。しかしその困難さを追求することこそメディアの役割だろう。警察調べは別に今の時代メディアを介さなくても開示されればいい情報だ。

NETより「引用」
①運転手が予め決められたルートの高速道路ではなく碓井バイパスを走っていたのはなぜか。
②なぜ100㎞ものスピードが出されていたのか
③ギアがニュートラルになっていたのはなぜか
目的論的に今回の事故を考えるとうこいうことになる(のではないかな)。

①なぜバイパスを走ったのか。
大型バスはUターンが難しい。一般道を走行していたバスが入るべき高速の入り口を間違ってやり過ごしてしまった場合、どうするか。よく知った道ならば、どこまで行けばUターンできる。戻れるということが分かるが、知らない道だと難しい。まして国道18号線の碓井バイパスの登りに差しかかると難しいだろう。運転手にはバイパスを行くしか選択肢がなかった。(のではないか)
それとも、高速道路料金を節約するため、あえてバイパスを行ったのか。そうだとすると高速料金の負担は個人持ちだったのか。もしくは領収書なしで経費がもらえる仕組みで、彼は「節約」したのか。
②なぜ100㎞も出ていたのか。
碓井バイパスはずっと登りが続き、軽井沢に出る最後のところでとつぜん下りになる。(確か)。大型バスが坂を上るのは相当な馬力が必要だ。アクセルを目いっぱい踏み込んで走っていかのかもしれない。それが急に下りになった時、うまく対処できなかったのではないか。登りが急に下りになると、ついスピードが出すぎてしまうということは運転ではよくあることだ。

③なぜギアがニュートラルに入っていたか。
バスのようにエンジンや駆動軸が後ろにありギア操作が前(運転席)にあると、ギア操作が難しい、つまりギアが入りにくいということが(少なくとも昔は)あった。だから運転手はよくダブルクラッチを分でいたのをよく見た。クラッチを踏んだままギアを変えるのではなく、いったんニュートラルでペダルを離し、改めてクラッチを踏んでギアを入れるのだ。
スピードが出すぎて、減速するためにシフトダウンをしようとしてギアが一瞬ニュートラルになったが、うまくシフトダウンしたギアに入れることができなかった。その間に下りでスピードが増し、しかもカーブでハンドル操作をしなければならなくなり、どちらも中途半端になってしまった。
などが、シロウトでも考えつくことだ。

これらは想像でしかない。ブログだから勝手なことを書ける。マスメディアはそういう訳にはいかないことは分かる。しかしそれを様々な「傍証」を集めて、説得力ある「推論」を構築することこそ、メディアの役割なんじゃないですか。
 警察発表と、犠牲になった方々の「お涙ちょうだい」話しばかり垂れ流すマスメディアは、ますます信用を失うだろうし、次第にメディアそのものが飽きられ、視聴者・読者は離反していく。まあそれでもいいけど。そんなのカンケーないから。




2016年1月1日金曜日

元日の多摩川を走り初め

ガス橋から少し下った所(大田区側)
全国的に初日の出が見られた所が多く、比較的穏やかに明けた2016年。東京の西のはし(西東京市ではありません。)の大田区も、天気のよい夜明けだった。

 ということで、ルーチンワークを大切にする朴念仁としては、切り餅2コと雑煮を食べてから、朝9時過ぎに、ランニングに出かける。
さすがに元日午前中の多摩川はまだ人もまばらだった。いつもの丸子橋を渡り、右い折れてその丸子橋の下をくぐって“下流”に向かう。橋の下にはいつものホームレスの方、おふたにの姿があった。

 ひとりは6年前に走り始めた時にすでにいた女性で、もうゴミの山としか思えない荷物を橋の下に並べている。よく生きているもんだと感心しるほどだ。もう一人は比較的若い(40歳くらいか)男性で、同じ丸子橋の大田区側に住み着いていたのだけれど、橋の塗装かなにかの工事が1年ほど前に行われた時に居場所を失って、対岸に越してきた人だ。メガネをかけていて、いつも座って本を読んでいる姿ばかり見る。いったいどういう人なのか気になるが、声をかける勇気もなくいつもよ横目で見て通るだけだ。

ガス橋付近(川崎側)から上流を見る。人影もまばら
そんな2人の姿を2016年も「確認」して、ガス橋を目指す。河口に向かう風が結構強いようだ。河川敷のススキが斜めになって揺れていた。
ランニングをしている時、追い風は意識されない。自分の足が軽くなって調子がいいと錯覚する。その錯覚を意識しながら走るが、左足のモモの下の方の中の筋肉に軽い痛み(といっても違和感でいど)を感じていたので、ペースは緩く走った。キロ5分10秒~20秒ペースか。

 ガス橋を渡り、再び大田区側に移り、更に多摩川大橋を目指す。川沿いには大規模開発のマンションが並んでいる。きょうは軽くと思っていたけど、追い風効果とスローペースでまだまだ距離は出せそうなので、大橋を通り過ぎで六郷橋方j面を目指した。きれいに弧を描くように大きく湾曲したこのあたりは、道幅も広く、走りやすい。しかし風を受けやすいということもある。右手に富士山もよく見える。きょうは、ちょっと立ち止まって携帯電話で写真も撮った。そばで誰かが「北アルプスが見える」と叫んでいた。おそらく南アルプスか八ヶ岳くらいではないだろうか。いくらなんでも北アルプスまで見えない(と、思う。)
ガス橋(大田区側)から上流を見る 左の高層ビルは新川崎あたり

湾曲部を過ぎ、大田区の六郷グラウンドの端まで来たところで、引き返す。計算ではこのあとルーチンのコースを行けば、だいたい18㎞くらいだと勘定していた。
さて、川を上る方向を向くと、はたして向かい風の強さには予想以上だった。なにしろ湾曲部の風が吹きぬける所では、なんとカラスがホバリングをしていた。
トンビみたいに羽が大きくて滑空性能がいい鳥は風上に向かって絶対速度をゼロにするホバリングをするのをよく見かけるが、カラスがしているのは初めてみた。瞬間は風速15メートルくらいあったのではないかな。

前回のRUN(12月27日)では、向かい風に抗って頑張って走ったら、12~3㎞で失速。足にダメージが来て、そのあと帰宅までの3㎞ちょっとがつらかった。その時のモモのインナーマッスルの疲労がまだ残っていたので。今回は風にまかせてペースを自然に落とした。キロ5分30秒~40秒だ。でも少し慣れてくるのと、大橋を渡って川崎側を遡ることには風がいくぶん和らいできて、多少ペースは上がった。それでも無理はせず、18.8㎞で帰宅。2016年初日としてはまあまあかな。

六郷橋とガス橋の間(大田区側)大きく湾曲している。




2015年12月30日水曜日

図書館を開放せよ! 年末年始こそ開けるべきだ。武雄市を見倣え

 クリスマスから年末年始にかけては、世間は華やいだ気分になるのは、世界多くの国で同じかもしれない。紛争地域(キリスト教の地域)では「クリスマス休戦」があることもあるし、日本に「年忘れ」という言葉があるよう、まあ悪いことも年があけるのだから忘れて、いわば「前向き」に生きようというメッセージなのだろう。それはそれでよい。
 反対に、ひとりの人、生活が苦しい人にとっては、年末はイヤな時期なのかもしれない。「年越し派遣村」が社会で注目を集めたのは記憶に新しい。

 前置きはそのくらいとして。
年中無休の武雄市の図書館(netより「引用」)
年末年始は誰でも休みたい。客が少なくなるという事情もあるのだろうが、普段は朝7時から空いているカフェも開店が1時間繰り下がったり、閉店が繰り上がったりしている。ビジネス街のカフェは需要がないのか年末年始を閉めるところも珍しくないだろう。またこれも、それはそれでよい。経済は需要と供給の関係で市場原理で動くことを否定はしない。

 しかし公共施設は、少し性質が違う。市場原理ではない「判断」があってしかるべきだ。
ジモト、大田区の図書館は12月29日~1月3日まで全館休館だ。もうひとつ利用する目黒区の図書館に至っては4日(月)まで休み。ネットで調べると世田谷区の図書館も29日から3日まで、一部は4日まで休みだ。これが公共サービスと言えるのだろうか?お役所仕事の極みだ。

 役所の事務が年末年始が休みだから、同様にお休みします。4日は月曜日で通常休館日にしているところがあるから休みます。という通り一辺の「扱い」でしかない。
年末年始こそ、まとめて勉強したい人、本をゆっくり読みたい人、またセンター試験が近い時期でもあり、最後の追い込みで集中して勉強したい人が大勢いる。こういう人々=「学びたい人」たちを支えるのが行政の大事な役割ではないか。誰しも家庭に静かに勉強できる環境がある人ばかりではない。そしたことに思いが巡らないのか、お役所の人々には「そんなのカンケイない」ということなのだろうか。自分たちが年末年始をゆっくり休めることが第一なのだろう。
何も、年末年始も通常通りの貸し出し業務を行えとは言わない。
「通常の貸し出し業務は停止するが雑誌・新聞の管内閲覧と学習室は開放します」というような経営上の“工夫”があってもいい。

 何も図書館で働く指定管理者の業者(最近はほとんどの図書館が「下請け」だ。)は年末年始もなく働けと主張しているのではない。業務を絞り込めば、交代で勤務することも可能だろう。はたからはやる気がないだけにしか見えない。
そもそも役所関係の人間には、土日や年末年始・お盆など多くの人がお休みする時期に働いでいる人が結構いることに対して想像力がない。交通機関やデパート、スーパーなどの店舗で働く人だけではない、介護など福祉の現場でも業務がお休みすることはない。大規模工場など高度成長時代の感覚を引きずっているのか、第3次産業の人口がいちばん多いことにもう少しアタマを働かせてほしい。

ちなみに武雄市(佐賀県)の図書館は365日無休で朝9時~夜9時まで開いている。TSUTAYA図書館には、選書などを巡って批判もあるだろう。しかし少なくとも住民サービスを第一に考えた運営を行っているのは確かだ。
よいところは見習ったらどうか。多くの自治体は。

*図書館サービスはそれなりに進化していて、ネットでの検索、同じ区内であれば取り寄せもすぐ行ってくれる。都内であれば区内にない書籍も時間は多少かかるが普段使用する図書館の窓口で借りられる。それはそれで喜ばしいことだ。だからこその提言である。


2015年12月23日水曜日

出張先の「朝ラン」 名古屋と仙台の巻

出張ランは、あまり大会に参加しない「孤高のランナー」には楽しみのひとつだ。知らない(地理に詳しくない)土地のそれも都心の朝を走るのは、出張中の面倒くさいを乗り越え走ってみる面白みがる。今回は名古屋と仙台。
○名古屋市内ラン(12月2日)
泊まりは名古屋の中心地中区栄のビジネスホテル「R&B栄東」。中区役所のすぐ裏手だ。6時過ぎに準備して出た。名古屋の大通りはなにしろ幅が広い。それだから信号も長い。ひっかかるとずいぶん待たされるのにはちょっと閉口したが、歩道もすごく広いので安全に走りやすい。
区役所の前を通り、久屋大通を北上。この通りは、中央の広い遊歩道(テレビ塔もある)をはさんである非常にデカい通りだ。(東京にはこんな通りはない)。
ホテルにあった簡易な地図を頼りに、大通りの東側の歩道を走ったら、認識と実際に走った道が違っていていつのまにか細い道になった。あとで調べたら愛知県庁の裏側だった。
ともかく、信号「市役所東」で左折して、名古屋城の端っこに出る。そこから左回りに名古屋城を一周した。思ったより短く、大阪城より小さいという印象を受けた。四方を3つ通って、お城の南側に出ると天守閣への入り口があるが、そこは「有料」でもちろん朝はやっていなかった。
(この点、大阪城が天守閣のすぐ真下で大勢がラジオ体操していたのとは対極だ)

お堀は西側と南側に残っていた。ちょっとあっけないお城めぐりだった。距離もそう出ていないので、とりあえず久屋大通りを南下、今度は道の右側、つまり西側を走った。途中から真ん中の遊歩道を走ってみたけど、かえって走りにくかった。途中、アーチ型の歩道橋がかかっているところもあるけど、すべての交差道路にかかっている訳ではなく、連続して走るには不向きだ。
栄をまでだとあまり距離がないので、今ん度は高速道路にぶつかる若宮大通りまで行く。少し周遊しながら、再び道の真ん中の遊歩道を北上して宿に帰った。距離は8.5㎞ほど。正直、少し物足りなかったけど、他に目標物が分からなかったからそこで打ち止め。
宿泊したホテルは安くでよいのだけれど、無料の朝食が少し貧弱。パンとゆで卵とスープとコーヒー、ミルク、ジュースだけだ。朝ランの身にとしてはもう少し食べたかったけど・・・。(笑)

名古屋市はご承知のように碁盤の目のような道だ。もう少し街をしれば、走る場所ももっと開発できるだろう。これからの楽しみだ。


○仙台市ラン(12月14日、15日)
仙台出張は、日曜入りだったので、月、火と2日間のランの機会があった。
泊まりは仙台駅から徒歩15分、県庁手前の「法華クラブ」。愛宕上杉通りと定禅寺通りの交差点の少し南だ。
●1日目
仙台も中心部は比較的碁盤の目になっている。朝5時半に目が覚めたが、真っ暗なのには驚いた。6時近くなってもまだ真っ暗だ。この日の日の出時刻を調べたら、なんと6時45分だった。
東京が6時42分なので3分しか違わないのに、ものすごく暗く感じたのはなぜなんだろうか。
ちなみに福岡が7時14分だった。

ホテル法華クラブを出て、愛宕上杉通りを北上。片側2車線だけど路側帯が広く歩道も広い道で、走るのには快適だ。右側にNHK仙台放送局を見て、左側に真新しいNTTドコモの高いビルを見て走る。しかし道は、左手に東北大学の農学部あたり、2㎞もいかないうちに細くなった。仙台市の中心街は意外と小さいと感じた。しばらく行くと、北仙台駅付近。山形と仙台を結ぶ仙山線の高架を見ながら、西に折れて進む。突き当りを更左に折れて南下。右側の東北大学病院沿いに右(西)に折れて進む。
この辺で引き返そうかと思って周囲を見上げたら、タワーマンションが見えた。ライオンズマンション青葉広瀬だった。(後で調べたら)。とにかくその「麓」まで行って、少し戻るように、回り道をして広瀬川に出る。
広瀬川は河岸段丘になっている所も多く、河川敷を走るという状態ではない。(もっと下流にいくと河川敷に出られると、あとから聞いた)。大きくくねった広瀬川の橋を渡ると左手は仙台第二高校だ。左前に東北大学のキャンパスを見ながら、左に折れて、再び橋を渡る。いわゆる仙台西道路だ。昔、山形から仙台に出る時には必ず通った道の「上」を走っている感じ。仙台市の中心街に戻り、一番町のアーケードの中を北上して、イルミネーションで有名な定禅寺通り右折して宿に戻る。だいたい9㎞ちょっとの道のりだった。



●2日目
青葉城を目指す。宿から南下して、青葉通りを西へ、広瀬川を渡り、仙台国際センターの前を左に折れて裏から青葉城へ。ここから結構な登りだ。(部分的にはほとんど登山)。
青葉城の城壁は美しい
走ることが無駄なような急坂だが、「走った」。思いだしたのは村上春樹の「走ることについて語るとき、ぼくの語ること」だ。この中で、村上さんはサロマ湖100㎞マラソンに出た時のことを書いている。くたびれてきても「決して歩かなかった」歩くようなスピードになってても「走る」ことにこだわったことが記されていた。それに倣い、急坂をほとんど足が靴のサイズの30㎝弱しか前に出ないけれど、走った。そして道路と合流し、その脇に遊歩道(時々階段になっていた)を「走って」青葉城に着く。距離にしたらたいしたことはないが、急坂を走るという経験がないだけに、きつかった。
翌日、すねの前の筋肉が痛かったので、登り坂で使う筋肉は違うということに気付かされた。
身体が冷えるので写真をとって早々に青葉城を後にする。
青葉城はなんと「護国神社」になっていることを知った。お城の中に「護国神社」というのは初めて知った。もちろん神社境内には入らなかったけどね。

仙台市の紹介では(定番」の伊達正宗像


















2015年12月19日土曜日

「生きて帰ってきた男」から『希望』について考える。

小熊英二さんの『生きて帰ってきた男-ある日本兵の戦争と戦後』は、読み応えのある本だった。これが岩波新書で940円というのは安い、お買い得。
「小林秀雄賞」がどんな賞で、この本にふさわしい章かどうかもわからないが、ともかく“賞”を獲得するにふさわしい内容だ。

生きるのに精一杯だった、農村出身のひとりの男の一生。
「平均的日本人」などというものは存在しないだろうが、ともかく近代において多くの日本人がそうだったような生い立ちと、徴兵、そしてシベリア抑留、戦後の混乱期を生き抜いてきた人間像を、その背景をデータや他研究から綿密に背景として描いた手法は、読み手に説得力を与える。

シベリヤ抑留について、これまで興味はなくその関係の本をまったく読んだことがなかったが、こういう描き方だと、読める。また戦前、戦中、戦後の社会の様子も非常に興味深く読むことができた。
本編の最後は、以下のように結ばれている。

「さまざまな質問の最後に、人生の苦しい局面で、もっとも大事なことは何だったかを聞いた。シベリヤ抑留や結核療養所などで、未来がまったく見えないとき、人間にとって何がいちばん大切だと思ったか、という問いである。『希望だ。それがあれば、人間は生きていける』そう謙二は答えた。」

おそらく謙二は、精神的には強い人間だったのだと思う。自暴自棄になることもなく、苦しい時にひたすら耐えることができる、苦しい中にも生きる望みを見出そうとする精神の持ち主だ。そして、限られた“資源”からも創意工夫で、生きるためさまざまなツールを生み出す才覚も実はあったのだろう。そういう面はあるにせよ、だからこそ「希望」を失うこともなく生きてきた。

『希望だ。それがあれば、人間は生きていける』。

これで思い出したのは、村上龍がどこかで書いていたことだ。
「日本には何でもある、しかし『希望』だけがない」(不正確だけどこういう趣旨だった。『135歳のハローワーク』だったかもしれない)

モノやサービスがあふれ、そういう面ではお金さえあれば何でも手に入るほど、表面上は豊かになった日本には、『希望』がないことを、短いことばで的確にとらえた一文だ。

玄田有史さんの『希望学』もある。最近の(2か月くらい前)の日経新聞で、若者が会社を辞める時はどういう時がという研究の話が載っていた。それは「先が見えてしまった時と、まったく先が見えない時」ということだった。つまり、どちらも「希望」が見いだせない時だろう。

小さなカイシャのソームをやっていると、いかに若い人に「希望」を提供できるかが重要なことが分かる。


「希望」を持つ。このシンプルで一見陳腐な言葉は、実は奥が深く、重い言葉なのだろう。

※その後、ネットで調べたら、村上龍の「この国には・・・」は、小説「希望の国のエクソダス」の中の言葉でした。
13歳のハローワークは、その後、「新・13歳の・・・」も出版されている。
職業は生きる手段ではなく、生きることそのものだということを、説いている。





2015年12月5日土曜日

ラグビー日本代表「歴史的勝利」とは何か?。

 五郎丸選手は、物腰が穏やかで、紳士然としているところもあり、国民的な“人気者”になってもおかしくない。好感の持てる人物だ。その意味ではにわかラグビーファンが増えてもおかしくない。別のそのことに異議を唱えるものでもない。

 が、先のワールドカップで南アフリカに勝利したことを「歴史的勝利」と言うことには、違和感を感じる。先日の今年の流行語大賞で、再びこのフレーズを耳にして、抵抗感を覚えた。
 長くラグビーに関わってきて、諸外国の中で辛酸をなめてきた選手や関係者が、「歴史的勝利だ」というのは、理解できる。当事者にとって一大事だということが伝わる。そういうことは個人史でもあるだろう。
 しかし、テレビジョンのアナウンサーが「国民誰もが感動した・・・・」(朝のニュースで確かにこう言っていた)とか、「歴史的勝利」などと言うことに、どれほど裏付けがあるのだろうか。こういうのを言葉が滑っていると言うのではないかね。
そもそも「歴史的」とはどういうことを指すのか。歴史上の意外性ということなのか。それは何の、どういう立場から見た「歴史」なのか、言葉の定義をはっきりさせないで言っても意味が伝わらない。

 一連の「歴史的・・・:はスポーツについてのことだからまあどうでもいいけど、メディアがこういう言葉を何の疑問も持たず使っているとしたら、それは少々問題なのではないか。

ISという集団が国の中に新たに国として「宣言」することの方が、よっぽど「歴史的」な出来事だろう。でもニュースを見ていて、新聞も含めて、ISの独立宣言を「歴史的」と言っているのを見たことがない。どうも「歴史的」とはモノゴトを肯定的にとらえる時しか使わないらしい。メディアは。

こういう些細なことが、次第にメディアへの不信感につながっていくような気がする。

2015年11月24日火曜日

イスラム文化を風刺と称して侮蔑してきた仏社会の背景にも目を向けるべきだ。テロについて。

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロも、今回のパリで起きた130余りが亡くなったテロも、大きな出来事であること異論はいなし、それを容認するものでもない。
しかし。しかしである。報道のあり方も含めて、各国(特に西ヨーロッパ)の態度には少し違和感を覚える。
テロは背景は何か。
フランス人(と、十把一絡げに扱うのはナンセンスなことは重々承知しながら)が、風刺と称して、イスラム文化を侮蔑するような漫画を掲載して騒動を起こしたのは記憶に新しい。またそういうメディアを容認する「純粋フランス人」社会の世間があるからこそのメディアの振る舞いなのだろう。
そうしたことを考えると、イスラム文化圏の人々の中には、過激な行動をとる者が出てくる可能性を大きくしていると言えまいか。
「自由という価値観を共有する」とはいうフレーズには注意が必要である。自由は、ステータスの高い、文化資本も備えた階層の人々が持っているいるもで、西欧の繁栄を底辺で支えてきた移民には通じない言葉ではないか。
詳しく調べた訳ではないので的外れかもしれないが、フランスに多くいるアフリカ系の人々が仏社会でスポーツや芸能以外でエラくなったというのを見たことがない。それほど階級社会が固定されていると見ることは間違っているだろうか。それはイギリスでも同様だろう。その意味ではアメリカの方がまだしも多様性があり、そしてアフリカ系、アジア系、ヒスパニックもステータスを上げることができる可能性があるように見える。

かつて西ヨーロッパでは、庶民階級に教育を施すのを上流階級の人々は反対した。「既得権」が既得権でなくなること恐れたのだ。(と、世界史の教科書に書いてあったように記憶する)

フランスの掲げる「自由」はご都合主義にも見える。
今回のテロを「手放し」で批判する気にはなれない。もっと深く考えることが必要だ。しかしメディアの多くはその材料すら提供しようとしていない、ように思える。

追記:
このつたない論考を書いていたら、AERAで内田樹さんが、同様のことをもっと深く指摘していらっしゃったのを「ちょっと見」で見つけた。そちらの方が参考になる。当然だけど。

2015年11月20日金曜日

「一億総活躍社会」をどう“見るか”

朝日新聞より「引用」
安倍首相の好き嫌いは別問題として、政策は正当に評価することが「大人の見識」だろう。
 しかし朝日新聞や、一部のセンセーショナルに扱うことでしか自らのレーゾンデートルを示せない雑誌は、「一億総活躍社会」をハナから見下している。
 そんな中で、冷静な筆致でこの「問題」をとらえたのが湯浅誠さんだ。中味をきちんと検討した上で、その政策が真に効果的なものになるかどうか見極めるのがメディアの役割だと、朝日新聞を「叱って」いる。
 こういういわば当たり前の視点は、なぜか昨今のメディア環境では珍しいものになってしまった。湯浅さんの言説は説得力がある。
 これに比べれば本当に多くのメディアの「底の浅さ」は辟易する。

2015年11月10日火曜日

ノーベル物理学賞で、湯川秀樹「旅人」を思い出した。

「ニュートリノに質量」で、日本人がノーベル賞を受賞することになって、にわかに(再びというか)、物理学が一般の人の注目を集めた。11月8日(日)のアサヒの書評欄「ニュースの本棚」は『ノーベル賞と素粒子』を扱っていた。
その中に湯川秀樹の「旅人」が紹介されていた。
湯川秀樹と言っても、18歳の愚息は「それ誰だっけ?」レベルだけど、年配者なら日本人として初めてノーベル賞を受賞した物理学者ということは知っているだろう。

「旅人」を読んだのはもう30年以上も前の大学3年のころだった。いまでもよく覚えている。社会学のゼミの先生と飲んでいる時に、なぜか湯川秀樹の話になって、「旅人」を進められた。
「文庫の薄い本だkらすぐ読めるよ」という言葉に導かれ、数日中には購入して読んだ。
多くの中味は忘れてしまったが、確か湯川博士が確か5,6歳で論語を祖父から教えられてそらんじていたような記述があったように思う。
やはり、湯川博士は幼少のころから、並みの人間とは違うんだと思ったことと、同時に、理科系に進む人でも、幼いころの論語のような素養を大事にしていることに、かすかな驚きを持った。
すでに文化系に進んでいた自分も、反対に理科系の素養をまったく捨てるのはもったいないと、どこか心の隅で持っていた。
その後就職して家庭を築きと、人並みの生活に追われる中でも、おそらくこの思いはどこかで残っていたのだろう。かなり経ってから、畑村さんの「数学シリーズ」を読んだり、「もう一度高校数学」なども購入してそれなりに“読んだ”りした。(勉強しなおしたという程ではなかったけど。)
また、恥ずかしながら、子どもの中学受験では、ほとんど真剣に算数と取り組み、どうすれば一番子供に教えることが伝わるか熱中した。週に2日か3日。子どもの塾が終わるのに合わせて帰るのを待つ間、ターミナル駅のスタバで1問づつ問題を解いた。

 話が逸れたが、「旅人」はおススメの書籍だ。30年前に読んでも、時代背景が少し古臭いと思ったので、今の人々が読んだら、ほとんど「古典」かもしれない。それでもおすすめだ。愚息にも薦めてみようと思う。

で、全然関係ないことだけど、梶田隆章さんがノーベル賞の受賞が決まった時、会見で前の受賞者・小柴さんのことを盛んに聞かれていた。メディアは「カミオカンデの師弟関係」という分かりやすいストーリーを作りたかったのだろう。梶田さんは(もちろん)大人だから、それなりに受け答えをしていたが、どこか小柴さんに対してよそよそしい感じを受けた。
 ここからは単なる想像だから失礼になるかもしれないが、梶田さんは小柴さんに「冷遇」されていたのではないか。なぜか、小柴さんは東大卒だが、梶田さんは違う。当時の状況から言うと、東大閥の中で、梶田さんは様々なカベに苦労したと思う。きっとそういう壁を研究で打ち破ってきた努力の人なのではないか。あの穏やかな表情の中で、そんな「闘志」を感じ、梶田さんに好感を持った。
以上。


2015年11月3日火曜日

答えが簡単に出ない問題をどう考えるか。辺野古と普天間、労働者派遣法・・・etc.

 韓国の主張する「慰安婦問題の解決」や、新安保法案がいいのか悪いのか。また、改正労働者派遣法は、政府の言うように労働環境がいい方向に行くのか、それとも改悪なのか。沖縄普天間基地の移設問題。18歳選挙権になった場合の高校生の政治活動問題、等々。

辺野古(netより「引用」)
どれも簡単には「正解」が出せない問題ばかりだ。全体を俯瞰し、よく考えれば考えるほど、問題の本質の奥深さ(根深さ)が見え考えことに「迷い」が出てくる。

 確か古市憲寿さんがどこかで書いていた。沖縄基地問題に関して、メディアの世論調査が「白黒」を設問・回答を要求してくるが、考えれば考えるほど「分からない」という答えがまっとうなのではないか。と。(表現はこんなにストレートではなかったけど、要するにそういう趣旨で言っていた)。

 高校生の愚息が新聞を読んで、こちらに「答え」を求めてくるが、いずれも「う~ん。難しい問題だ」としか答えられない。すると「オマエは逃げている」と不満を言われるけど、しかたない。

○韓国の“従軍”慰安婦問題。
安倍首相の「本音」や「思想」はともかくとして、これまで政府も出資した償い金や村山首相の「談話」など日本としては決着を図ってきたのは事実だ。いまさら韓国で騒ぐことには、リベラルな文化人も「困惑」している。だから今回の日韓会談際して沈黙しているし、実際「何も言えね~」状態だ。

○改正労働者派遣法
いわゆる26業務がなくなり、すべての業務が3年の「期限」になった。ただし3年は人のことで、事実上、「仕事」についてはずっと派遣労働を導入していける。これは、突き詰めると「人」重視なのか「仕事」重視なのかという問題になる。そして派遣法そのものが製造業などの、言ってみればあまりスキルや人の継続性を重視しない仕事のためのものになりつつある。
実際、事務などは有期の直接雇用が増えている。有期が5年という「目途」が示されているためだ。
コスト的には派遣会社に支払うより社会保険を負担しても「安い」という目算なのだろう。
生産量に応じてすぐ人を切りたい製造業の「単純作業」では、派遣は都合のよい労働力の導入だ。そのための改正だったと見ることもできる。
 では、これまでの派遣法でよかったのかというと、そうとも言えない。

○普天間基地の辺野古への移転問題
 「在日米軍はまったくいらない。だから基地は廃止すべきだ」という主張ならば、それはそれでスジは通っているから、論争のしようもあろう。しかし南沙諸島や尖閣など、結構きな臭いことが日本の周辺で起きている現状では、そういう『主張』はごく少数だ。それは世論調査からも伺える。
 だから社民党などは「国外へ」とか、おバカ首相だった鳩山の「最低でも県外」などという中途半端な発言が出るのだ。基地が迷惑施設であることには変わりない。国外、県外でもどこかで誰かが迷惑を被るのだ。ではどうするのか。答えが出ない問題の最たるものだ。

福島第2原子力発電所
(netより「引用」)


(続きを書くのが億劫な話しだ。嗚呼)