2015年12月19日土曜日

「生きて帰ってきた男」から『希望』について考える。

小熊英二さんの『生きて帰ってきた男-ある日本兵の戦争と戦後』は、読み応えのある本だった。これが岩波新書で940円というのは安い、お買い得。
「小林秀雄賞」がどんな賞で、この本にふさわしい章かどうかもわからないが、ともかく“賞”を獲得するにふさわしい内容だ。

生きるのに精一杯だった、農村出身のひとりの男の一生。
「平均的日本人」などというものは存在しないだろうが、ともかく近代において多くの日本人がそうだったような生い立ちと、徴兵、そしてシベリア抑留、戦後の混乱期を生き抜いてきた人間像を、その背景をデータや他研究から綿密に背景として描いた手法は、読み手に説得力を与える。

シベリヤ抑留について、これまで興味はなくその関係の本をまったく読んだことがなかったが、こういう描き方だと、読める。また戦前、戦中、戦後の社会の様子も非常に興味深く読むことができた。
本編の最後は、以下のように結ばれている。

「さまざまな質問の最後に、人生の苦しい局面で、もっとも大事なことは何だったかを聞いた。シベリヤ抑留や結核療養所などで、未来がまったく見えないとき、人間にとって何がいちばん大切だと思ったか、という問いである。『希望だ。それがあれば、人間は生きていける』そう謙二は答えた。」

おそらく謙二は、精神的には強い人間だったのだと思う。自暴自棄になることもなく、苦しい時にひたすら耐えることができる、苦しい中にも生きる望みを見出そうとする精神の持ち主だ。そして、限られた“資源”からも創意工夫で、生きるためさまざまなツールを生み出す才覚も実はあったのだろう。そういう面はあるにせよ、だからこそ「希望」を失うこともなく生きてきた。

『希望だ。それがあれば、人間は生きていける』。

これで思い出したのは、村上龍がどこかで書いていたことだ。
「日本には何でもある、しかし『希望』だけがない」(不正確だけどこういう趣旨だった。『135歳のハローワーク』だったかもしれない)

モノやサービスがあふれ、そういう面ではお金さえあれば何でも手に入るほど、表面上は豊かになった日本には、『希望』がないことを、短いことばで的確にとらえた一文だ。

玄田有史さんの『希望学』もある。最近の(2か月くらい前)の日経新聞で、若者が会社を辞める時はどういう時がという研究の話が載っていた。それは「先が見えてしまった時と、まったく先が見えない時」ということだった。つまり、どちらも「希望」が見いだせない時だろう。

小さなカイシャのソームをやっていると、いかに若い人に「希望」を提供できるかが重要なことが分かる。


「希望」を持つ。このシンプルで一見陳腐な言葉は、実は奥が深く、重い言葉なのだろう。

※その後、ネットで調べたら、村上龍の「この国には・・・」は、小説「希望の国のエクソダス」の中の言葉でした。
13歳のハローワークは、その後、「新・13歳の・・・」も出版されている。
職業は生きる手段ではなく、生きることそのものだということを、説いている。





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