2014年5月20日火曜日

「齢」を重ねるということ。衰えていく自分といかに付き合うか

久しぶりの「投函」になってしまった。1月に出場したハーフマラソンのブログ以来である。
2月3月は週末、八方尾根で滑りまくった。しかし結局、1級には手が届かなかった。いや足が届かなかった。八方スキースクールはキビシイ。

3月に風邪をこじらして、副鼻腔炎(要するに蓄膿症)になった。単なる風邪だと軽くみて、放っていたら、どんどん悪くなってしまった。耳鼻科にかかって分かったのは、同時期に突発性難聴になったことだ。医師によると、蓄膿と難聴は直接関係ないと言っていたが、トリガーになったのは間違いない。診察を受けるたびに聴力検査を受けたが、当初左耳が右の8割くらいまで落ちていた。
ステロイドの投薬を受けて、その後難聴は何とか回復したが、それでも高音域は9割ほどにしか戻らなかった。
それより深刻だったのは、いわゆる「耳鳴り」が始まったことだ。高音の「キーン」という音が絶えることなく左耳で鳴っている。3週間ほど医師から処方されたビタミン剤や漢方を服用していたが、結局、治らなかった。2か月以上たった今も耳鳴りは続いている。
医師には「一生治りません。歳をとればよくあることですから、あまり気にせずにしていてください」とあっさり言われ、結構落ち込んだ。

まあ、耳鳴りで寝つきが悪くなったということはない。何かに夢中になっていればあまり気にはならない。しかし夜や明け方目が覚めた時に、ああ「耳鳴りがしてるんだ」と、改めて実感することになる。あと何年生きるのか「神のみぞ知る」だが、一生続くとなると少々、落ち込む。

年をとるということは、こういうことなのだろうか。
加えて、3月に5年ぶりに受けた人間ドッグで、大腸にポリープが見つかり、5月の連休あけに、内視鏡手術で切り取った。左足は去年秋から足底腱膜炎で痛いところに、外反母趾が急にひどくなり、小指側と親指側で、骨が飛び出して、一時は靴がまともに履けず、日常生活にも支障が出るまで傷んだ。これも近くの整形外科にいったが、どうすることもできずに、こんど慈恵会医科大学病院の「足の外科」外来に行くことにしている。あるんですね。こういう専門外来が。
当事者になってみて、調べてわかるといことが随分ありました。

齢を重ねるということは、ポジティブに考えれば、経験を積んで豊かな視野を手に入れることでもある。しかしネガティブな面で言うと、それは、いろいろ傷んでいく自分のカラダと付き合っていくことにほかならない。その事実を受け入れるのは、実は少々気の思いことでもある。

去年12月、15年乗った車を手放した。最後の方はしょっちゅう、あちこちに不具合をおこし、修理代もバカにならなかった。大事に使ってきても寿命がくる部品も多々あるのだ。
自分のカラダもそうなっていく途上なのだろう。
ひとことで言えば、「トホホ」としか表現しようもない。




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