2015年7月28日火曜日

タバコを巡って① やめて分かったこと

  完全に“禁煙”してもう12年以上になるので、いまさら「禁煙」という言葉を使うのもオカしいけど、東京の街中を歩いていて、喫煙者の人々に対して一家言したくなるのは今も変わらない。

自分が“加害者”であった時、人の痛みは分かりにくい。被害者になって初めてその痛みが分かる。

 昔、タバコを吸っている時、周囲には十分気を付けていた・・・つもりだった。だけどそれが如何に不十分であり、迷惑をかけていたかは、タバコを止めて初めてて正確に分かった。

 今はタバコの匂いがたまらなく嫌いだ。まして近くで紫煙を吸わされるのは拷問に近い。外で10m離れていても、風向きによってはタバコの匂いにすぐ気付く。それほど敏感になった。

 タバコを吸った人がエレベーターに乗ってくると、吐く息の匂いにすぐ気付く。息苦しくなりさえする。ここに被害者意識が根強く芽生える。そしてその度に、かつての「加害者」としての自分を思い出すのだ。

 だから、よけいタバコの煙を毛嫌いする-ことにしている。それは、かつて加害者であったことの免罪であるのかもしれない。

 「あなたたちのタバコは周囲に非常に迷惑をかけていますよ」というメッセージだ。
喫煙者であったころ、もちろん一緒に暮らす妻に多大な迷惑をかけてきたにちがいない。
自分では気を遣っていたつもりだが、そうれはほとんど無意味な「気遣い」でしかなかっただろう。

この7月から再び渋谷に通勤するようになって、いくつか気付いたこと、感じたことがある。いわゆる若者(バカ者とも言う)は、人の迷惑に無頓着な輩が多いということだ。しょっちゅう歩きたばこに遭遇し、そのたびに避けて歩かなければならない。

渋谷区に喫煙条例はないのか調べてみたら、なんと、ないのだ。あるのは単に吸い殻を路上に捨てるのは禁止」というだけだ。その罰金は「2万円以下」

いったい路上喫煙、歩行喫煙対策はどうなっているのだろう。渋谷区を始め23区のちぐはぐな対応が気になった。(以下別項)

0 件のコメント:

コメントを投稿