2016年2月11日木曜日

書籍の“価値”について考える




岩波新書
●渡辺靖「<文化>を捉え直す 864円。
●小熊英二「生きて帰ってきた男 1080円
●原武史「『和天皇実録』を読む」780円

ここ半年の間に読んだ岩波新書は、ジャンルは違えどどれも価値ある「良書」だ。著書の方々のような明晰な頭脳はない私のような「読者」でも、一定の知識を得、物事を“深く”考えることに導いてくれる。ありていに言えば、どれも「読み応え」のある本だった。

 もっとも、この3人の著書は特別かもしれない。持続的にすばらしい著書を出している、日本の、いや「人類の」と言っても過言ではない「知識人」の人たちだからだ。
その著書が「新書」という形で読者に届けられている。しかし、どれも「安価」だ。
内容から言ったらこの値段では申し訳ないくらいだ。

「インターネットはタダ」「そこから何でも知識が得られる」と思っている安直な人々から見れば、書籍の価値など考えてもみないのかもしれない。この価格でも「納得」できないのかもしれない。
本(情報)の価値は人によってとらえ方は違う、一概に比較するのは意味がないと言わてしまえばそれまでだけど、世の中には一定の「共通価値」があるという前提で個人的主観として以下を論ずる。(論ずるというほどの内容でないけど)

良書(「良書」という言い方は、なんだか「PTAご推薦」のようなきな臭い感じがするのであまり使いたくないけど、価値ある本という意味で使っている。)は、広く読まれる“べき”であり、そのために安価な価格で提供される“べき”という考えに立つなら、この価格が妥当なのかもしれない。

だから、いくらなら妥当かということに意味はなく、出版社は販売部数の予想など市場の動向を見ながら、その妥当な価格を決めているのだろう。

一方、最近、タイトルに魅かれて図書館で借りて「見た」本が下の2つである。




















●小倉広「アドラーに学ぶ職場コミュニケーションの心理学」日経BP 1400円
●できる男は超小食   主婦の友社 1200円

広い意味での「人事」と「ダイエット」は興味分野だけど、とてもこの値段を出して買う気にはならない。図書館で順番を待って借りた。実際、貸し出しでは人気で、1か月以上待った。

▼「アドラーに学ぶ・・」
著者が傾倒するアドラー心理学に則した、いわゆるハウツー本。ところどころにアドラー心理学のエッセンスが記されているが、かれはアドラーの一次研究者ではなく、おそらく様々なアドラー解説本から内容を「引用」したにすぎないだろう。しかし巻末に「参考文献」は記されていなかった。
内容の大半は、どこかで彼が書いたかまたは別の人のよくある、ハウツーにすぎない。
ほとんど斜め読みで「理解」可能で、1時間もあれば読んで余りある。悪いけどこんな本をお金を出して買う「サラリーマン」はかわいそうだ。騙されているとも言える。図書館も公費を使って購入する書籍なんだろうか。借りといて文句を言うのもなんだけど。

▼「できる男は超小食・・・」この著者は他にも「生き残る男は細マッチョ」という同じような本を著している。内容は、要するに食べ過ぎるな、適度な運動が必要だという健康の基本を極論的に述べているだけだ。面白いことに彼の主張は「アドラーに学ぶ」に出てくる「認知バイアス」のお手本のようなところがある。つまり自分の考えに都合のいい事例を取り上げてつまみ食いして書いている。牛乳を最悪の食品として書いているのはその典型だ。食品には良い面と悪い面の両方があるだろう。その一方だけを取り上げて避難するという、詐欺師的論述にほかならない。

話が本題の「書籍の価値」ということから、いささかずれた。
しかしなぜ、内容の薄っぺらなトンデモ本が1200円や1400円で売られ、内容のある価値ある本が安価なのか、理解することが難しい。世の中それで経済が回っているのが不思議だ。

別に、価値ある本をもっと高くして売れと主張している訳ではない。これだけの内容のある本を安く手に入れられることは、読者として有り難いことだ。しかし著書の立場にたては、これだけの内容の本を書いたのだからそれなりの報酬を得られるようにすることが必要だろう。そのことが次の執筆につながっていく。

この項は書いていて、自分が何が言いたいのかだんだん分からなくなってきた。
ただ、上記の岩波新書の著書の方々にお礼を言いたかっただけかもしれない。
もう終わりにしよう。

追記:
自分でもスッキリしないのでもう少し満員の山手線の中で考えた。
市場価値としてどういう値段で売られていても、まあそれはいいとして、これを公立の図書館に入れるとなると別問題じゃないかなと思い到った。

内容のうすっぺらな本を「高値」で購入するのは、だれがどういう基準で選んでいるのか、当然問われてしかるべきた。税金という「公金」で運営されているのだから。
岩波新書、上の3冊分の値段で、下のトンデモ本は2冊。

図書館のありかたそのもに関わってくるけど、公立図書館としてはどちらを購入するかは、よく考えた方がいい。二者択一の問題ではないというだろうが、そうではない。選書のありかたそのもにつながる大事なことだ。と、思うけど。






















1080円 864円

北朝鮮の長距離弾道ミサイルを最も喜んでいるのは安倍首相だ

netから「引用」
北朝鮮のミサイル発射で、各国は反発を強め、制裁に動き出している。日本も“いち早く”独自制裁を表明し、実際厳しい内容で動き出している。日本が射程に入るミサイルと核開発が、あの国で進んでいれば、それは脅威であり、止めさせるための様々な手立てを講じるのは当然のことであり、これに異論を唱える「日本人」はあまりいないだろう。
 それはそれとして、今回のことを一番喜んでいるのは、実は安倍首相だということには注目した方がいい。別に安倍首相が北朝鮮のシンパだとか、スパイだとか言っているのではない。彼ほど偏狭に「日本愛国的」な歴代首相もいないだろう。
 今回の独自制裁で当然北朝鮮との対話の窓口は閉ざされる。そうすると「拉致問題」の「解決」などというのは、絶対的に遠くなる。実際、拉致被害者家族会の飯塚代表は、今朝のニュースで、対話の窓口が閉ざされることに少なからぬ懸念を表面していた。

netから「引用」
安倍首相は、拉致問題で名を挙げた人物だ。思い出してほしい小泉政権の官房副長官として、拉致問題にかかわり、政治記者の表現を借りれば「頭角をあらわした」政治家だ。

この問題の解決を目指して汗をかく政治家として、大衆の支持を集めてきた。さめた見方をすれば、拉致問題という国民が「熱狂」しやすいテーマをうまく利用して支持を集めてきたと言える。彼は首相になってから「必ず私の代で解決します」と決意表面を国会をはじめさまざまな機会で表明してきた。
この問題の困難さは国民も国会議員もみな分かっている。だから解決できなかったとしても「公約違反だ」などと非難されることはない。それをうまく利用してきたとも言える。

「極めて困難な問題に対して正面から取り組む首相」も、しかしそろそろ落とし前をつけなければなるまい。しかしいまだ「解決」できないでいる。そこに今回のミサイル問題があった。制裁強化に異を唱える人はほとんいない。いたとしても大きな声にはならない。
そこには「北朝鮮が悪いから、拉致問題の解決も遠のいた」という暗黙知ができあがっている。
安倍首相は、この問題を解決しなければならないという宿題から、いわば「解放」されたのだ。

誤解のないように最後に記しておく。拉致問題を解決する必要がないとか、小さな問題だと言っているのではない。安倍は困難は課題に対して、「自分なら出来る」と大風呂敷を広げてアピールしておきながら、できないとそれは「〇〇のせいだ」ということを巧妙に国民に納得させるという詐術を駆使していることを非難しているのだ。
それが安倍のメンタリティーだということを、国民は知っておく必要がある、というだけだ。

誠実で正直な政治家ほど、大衆的国民から支持されない。
これは日本“国民”だけの問題ではないかもしれないが、それでいいの?と言いたいだけだ。
以上。


netより「引用」

2016年2月2日火曜日

軽減税率という愚 日経記事が新鮮だ

 消費税を10%にする時に軽減税率を導入するという、一部政党の強硬な主張に沿った政府・与党の決定は、「日本という国」が反知性主義で満ち溢れている、どうしようもないクニであることを証明した。この国で生きていくことが恥ずかしいくらいだ。しかし小市民にとっては逃げ出すこともできず、とどまるしかない。
1月27日 日経新聞より「引用」
財務省案の給付制度はまっとうだということを、かつてこのブログに書いたが、「それを証明する」と言ったらたいへんおこがましいけど、日経新聞に、まことに明快な記事が掲載されていた。(1月27日「経済教室」)。

 東大教授・加藤淳子氏の論は極めて明快で論理的だ。多くを語る必要はない。この記事をよく読むべきだ。軽減税率を強硬に主張した政党の方々と、その支援組織の婦人部の人たちは。

とは言うもののこういう方々には「認知バイアス」がかかっているから、記事が見えないんだと思うけど。

この記事がもう少し早い時期に出ていれば、もしかしたら状況は少しは変わっていたかもしれない。

2016年1月30日土曜日

東急電鉄という体質④ 「雪」であらわになった最悪組織

netより「引用」
●池上線の悲惨な状況
2016年1月18日・月曜日の朝、雪の東京。通勤で混雑する鉄道は、その対応のまずさから混乱を極めた。特に東急と京王の対応は、ひどいの一言だ。
「東急電鉄という体質④」として、その報告・分析をする。

雪のため、徐行運転するのは分かる。また特急・急行をやめてすべて各駅にするのも分かる。これだけなら、さしたる混乱もなく運行していただろう。
すでに朝6時すぎには降雪は雨に代わっていて、線路が雪でアブナイという状態ではなかった。シロウト目にはもそれは分かった。事実JRなどは遅れがあったもののまあまあフツーに動いていたのだ。


しかし現実は違った。
『間引き運転』という、利用者無視のご都合施策が、大混乱を招いた。
電車の本数を普段より大幅に減らしておいて、一方では改札規制もしなかったら、どうなるか。小学生でもわかるロジックだ。

少なくと東急・池上線、雪が谷大塚町駅では7時20分すぎの状態で、改札規制は行われず、運行に関するさしたるアナウンスもない状態だった。当然ホームに下りきれない人々の群れで、階段から改札付近のスペースまで人であふれかえる。

NETより「引用」(イメージです)
改札口からやっとの思いでホームに下り、かなり待ったところに電車がやってきた。間引き運転しているから当然、大混雑だ。降車客がいてもホームの人間の2割も乗れない。
あきれるのは、アナウンスは(録音していた訳ではないので記憶の範囲だけど)、「後続の電車もご利用ください」と繰り返していた。間引き運転していて、いつ来るかわからない次の電車を待つよりもと、多くの人間が乗り込もうとする。

 ようやく扉が閉まり動きだししても、次の石川台、洗足池、長原と、どの駅でもかなりの時間停車してやっと動き出す。そして旗の台。ここまで40分近くかかった。
ついにここで電車は動かなくなったのだが、アナウンスが、迂回をススメながらも、しばらく待てば動くような「期待を持たせる」言い方だった。だから混雑の中、我慢して待った。乗客の判断は分かれた、動かないことを見越し、大井町線に回る者と「待つ」者だ。当初後者を選択したが、結果的にそれは失敗だった。
 アナウンスは、なおも運行を打ち切ったとは言わなかった。最初、しばらく停車しますと言っておきながら、そのうち「発車にはなお相当の時間がかかる見込みです」という言い方に変わっただけだ。この時、「少なくとも〇分は発車できない」とか迂回路の大井町線や東横線の運行状況を分かりやすく伝えていれば、状況は違っていただろう。

 今にして思うと、運行打ち切りはあたり前だ。あの異常な混雑の電車を動かしても次の駅でやはり動けなくなるのは容易に想像できる。さすがに東急もこれ以上動かすとけが人が出ると判断したのだろう。実際、私の乗っていた車両では、押された重圧で悲鳴に近い声を上げる女性の声が聞かれた。だったらなぜ打ち切ると言わなかったのか。

NETより「引用」
旗の台駅に止まったままの車両の中で20分ほど待ち、結局あきらめて駅を出て五反田までぐちゃぐちゃの中原街道の歩道を歩いた。幸いゴム長靴を履いていたので、足はぬれなかったが、ゴム長で4キロ近い道のり歩くのはしんどかった。しかも横殴りの大粒の「雨」は降り続いていたのだから。五反田から山手線。遅れ・徐行はあったが、通常の朝の混雑程度で目的の駅まで着けた。

●東急の「失敗」はなんだったのか。
 
 運行のまずさだけでなく、情報を曖昧にしか伝えない姿勢、すべてに対応のまずかさがあった。
これこそが「東急電鉄という体質に他ならない」

今回の雪ではじめに携帯電話に「お知らせメール」が来たのは前日17日の午後9時20分すぎだ。表現は「雪のため遅延や運休の恐れがあります」というものだった。しかしおそらく東急幹部はこの段階で早々と「間引き運転」を決めていたのだろう。
東急幹部もただの人だ。物事の判断を決めずにおくと、モヤモヤ感が残り自分自身にもどかしさが残る。決めてしまえば、次にモノゴトが進むので、あるめんスッキリする。天気予報は繰り返し、翌日の大雪を報道している。「早めの対応」が「良いこと」と勝手な思い込みで、東急電鉄のモノゴトが進んだ。そこには月曜朝の乗客の状況や、天気が好天した場合の人の行動への想像力が皆無だった。おそらく間引き運転を決めた幹部は、自分の早めの「判断」を「迅速な決断」とでも思ったのだろう。知恵のない人間だ。
「翌朝は間引き運転」ということが現場の人間に伝わるとどういうことが起きるか。「やった仕事がラクになる」と、少なからぬ労働者は思ったことだろう。何しろ朝動かす電車が少ないんだから。気の回る現場長は、早々と間引きダイヤに合わせた人の配置を決めたのかもしれない。それが労働者への「誠意」だとも思ったのだろう。
 しかし天気は幸いにも好転した。未明の雪は夜明けごろには雨に変わり、線路が雪で運行に支障という状態ではなくなった。普段の利用者の多くは、おそらくそうした天気を見て、通常の雨の時くらいの遅れくらいにしか思わないだろう。事実、いつもの月曜朝と同様の人々が駅にあふれていた。
しかしすでに「間引き運転」を決めていた東急に、その後態勢を立て直すことはできなっかた。いやしなかったのだろう。一度決めたことを再び元に戻すのは相当なエネルギーがいる。現場で働く者のモチベーションをもう一度あげるのは容易ではない。
「なんだ、運行本数を通常に戻すなら、最初から間引きするなんて言うなよ」と“上司”への恨みが先に立つ。
そして間引きは続行された。しかも「お知らせメール」など、利用者への情報伝達手段はさまざま進化しているのに、そこでは曖昧な情報しか載せず、いわば自分たちの失敗を誤魔化している状況では混乱を招くのは必至だ。


駅員など現場の彼らに文句を言ってもしかなたい。何も考えずに上からの「指令」で、決められたことしかできない輩に、文句を言うのはウサばらしにしかならない。彼らに当り散らすほど落ちぶれてはいない。ただ睨みつけてこちらの「意思表示」だけはしたけどね。

東急の混乱ぶりは、この地域独占企業の体質そのものから出てきた、いわば当然の結果なのだろう。
電力の小売り自由化が始まり(それが良いことかどうかは留保するけど)、来年には都市ガスも自由化されるらしい。で、今や地域独占企業の「雄」となった鉄道会社。

これだけの混乱を招きながら、簡単なお詫びをウェブサイトに載せただけだ。おそらく間引きを「決断」した幹部は、何もお咎めもなくノウノウとしているに違いない。もしかしたら今でも早めに「決断」したことを、けが人は出なかったからよかったくらいにしか思わす、正しい判断だったと思い続けているかもしれない。

●構造化されている、地域独占電鉄会社の「体質」
私鉄の「目的」はは何か。それは乗客を増やすことと、事故なく安全に「運行」させること。突き詰めるとその2つに尽きる。東急はまさにその目的に向かって「全力東急!(投球)」している。

前にも書いたが、乗客数が減ることはそのまま運賃収入に直結する。企業としては売り上げを減らす訳にはいかないので、如何に乗客を増やすかが、ほとんどの唯一の目的だ。

人口減少社会で、黙ってても沿線の人口が増えて乗客数がそれに比して増える時代は、すでに遠く過去のものになった。では、どうすれば乗客は増えるのか。
・他路線との相互乗り入れを推し進め、「利便性」をウリに増やす。
・路線を延長して利用可能者を増やす。
・イメージを上げて不動産開発を進めて沿線人口を増やす。

 路線を延長するのはもはや望めない。フロンティアはもはなくなった。そうすると残るは沿線人口の増加と、相互乗り入れによる「利便性」の向上だ。
だが相互乗り入れは、もろ刃の剣だ。乗り入れた沿線から人を吸収できればよいが、逆に吸収されてしまうこともある。東急は日比谷線と「決別」し、副都心線や東武と結んだのは、乗客の利便性を追求したからではなく、その方が乗客が増えて得だからにすぎない。
ありていに言えば、北千住やその先の千葉住民より、埼玉県民の方が横浜中華街に来たがるだろうし、北千住の先にはビジネス街はないが埼玉新都心にはそれなりの企業群があり、東横線沿線に住んで通う人も出てくるだろうという読みだ。
乗客を増やす施策は、「より利便性を増した東横線」という、利用者へのメッセージにすり替わる。
「安全運行」は、利用者の命を守りたいからではない。事故を起こした時の損失・イメージダウンを防ぎだいというのが第一の目的だ。(ホームドアもまたそう)


●結語
『間引き運転』に戻ろう。
なぜ降雪が雨に変わり、それほど運行に支障がないと思われるのに『間引き運転』が続けられたか。おそらくこの企業には、一度決めたことは容易に変えないという体質がこびりついているのだろう。地域独占企業は、それでやってこれたということだ。
市場や利用者のニーズをいち早くくみ取る、臨機応変の対応なんて必要がないのだ。

この組織がどうなっているか知らないが、そういう体質の「指令」の任にある者が、、前の晩に天気予報を見て、早々と翌日の徐行運転と急行などの休止、間引きを決めただから、動きようがない。

利用者の立場に立つアタマがみじんもない幹部は、「安全は確保される」という自己弁護的事なかれ主義を「前意識」で貫いたにすぎないのだ。

代替の製品が他にあるものならば、以後、不買を貫くということもできる。しかしこの地域に住む以上、東急を利用せざるを得ない。くやしいけど小市民のは「東急様」のお世話になる以外、生きる道はないのだ。


2016年1月23日土曜日

軽井沢バス事故、「原因」ばかり追求するメディアの愚。

YOMIURI ONLINEより「引用」
15人もの若者などが犠牲になった軽井沢のツアーバス事故は、1週間たっても連日メディアでは「原因」を巡って報道が続いている。

・ギアがニュートラルになっていた。
・時速100㎞を越えていた、等々。
メディアの言うところの「新たに分かった事実」として報道されている。原因を追究することは一見、一番重要なことに見える。確かに事実関係を明らかにするのは大切だ。しかしメディアがそればかりに囚われているのは、「真理」を追究するという観点からは見誤る。

 メディアのそうした「原因」報道の、出どころはほとんどすべて「警察の調べ」だ。警察の交通課のやる仕事を報道しているにすぎない。

 事故→警察の仕事→マスコミのいわゆる「サツまわり」(多くは若手の記者だ)の記事。という構図の中でこの報道は消費されている。メディアにとっては警察情報は言ってみれば一番「確実」な情報であり、「間違いない」報道ができる「便利な情報源」だ。ほとんど予想の範囲を越えない事故の「原因」ばかりをテレビのキャスターたちが、いかにも深刻な顔をして、伝えている姿は滑稽でさえある。

 アドラー心理学を持ち出すのは、いささかオカト違いかもしれないが、原因論より目的論の方が、真理に近づくのではないか。

死亡した運転手は「大型バスには不慣れだった」という「原因」が語られるが、「不慣れな運転手」がみな大事故を起こすのだろうか。違うだろう。この運転手の「目的」は何だったのか追求することこそ、真相に迫ることだ。それは「事故原因」を調べる警察情報を伝えるほど簡単な話しではないのは分かる。しかしその困難さを追求することこそメディアの役割だろう。警察調べは別に今の時代メディアを介さなくても開示されればいい情報だ。

NETより「引用」
①運転手が予め決められたルートの高速道路ではなく碓井バイパスを走っていたのはなぜか。
②なぜ100㎞ものスピードが出されていたのか
③ギアがニュートラルになっていたのはなぜか
目的論的に今回の事故を考えるとうこいうことになる(のではないかな)。

①なぜバイパスを走ったのか。
大型バスはUターンが難しい。一般道を走行していたバスが入るべき高速の入り口を間違ってやり過ごしてしまった場合、どうするか。よく知った道ならば、どこまで行けばUターンできる。戻れるということが分かるが、知らない道だと難しい。まして国道18号線の碓井バイパスの登りに差しかかると難しいだろう。運転手にはバイパスを行くしか選択肢がなかった。(のではないか)
それとも、高速道路料金を節約するため、あえてバイパスを行ったのか。そうだとすると高速料金の負担は個人持ちだったのか。もしくは領収書なしで経費がもらえる仕組みで、彼は「節約」したのか。
②なぜ100㎞も出ていたのか。
碓井バイパスはずっと登りが続き、軽井沢に出る最後のところでとつぜん下りになる。(確か)。大型バスが坂を上るのは相当な馬力が必要だ。アクセルを目いっぱい踏み込んで走っていかのかもしれない。それが急に下りになった時、うまく対処できなかったのではないか。登りが急に下りになると、ついスピードが出すぎてしまうということは運転ではよくあることだ。

③なぜギアがニュートラルに入っていたか。
バスのようにエンジンや駆動軸が後ろにありギア操作が前(運転席)にあると、ギア操作が難しい、つまりギアが入りにくいということが(少なくとも昔は)あった。だから運転手はよくダブルクラッチを分でいたのをよく見た。クラッチを踏んだままギアを変えるのではなく、いったんニュートラルでペダルを離し、改めてクラッチを踏んでギアを入れるのだ。
スピードが出すぎて、減速するためにシフトダウンをしようとしてギアが一瞬ニュートラルになったが、うまくシフトダウンしたギアに入れることができなかった。その間に下りでスピードが増し、しかもカーブでハンドル操作をしなければならなくなり、どちらも中途半端になってしまった。
などが、シロウトでも考えつくことだ。

これらは想像でしかない。ブログだから勝手なことを書ける。マスメディアはそういう訳にはいかないことは分かる。しかしそれを様々な「傍証」を集めて、説得力ある「推論」を構築することこそ、メディアの役割なんじゃないですか。
 警察発表と、犠牲になった方々の「お涙ちょうだい」話しばかり垂れ流すマスメディアは、ますます信用を失うだろうし、次第にメディアそのものが飽きられ、視聴者・読者は離反していく。まあそれでもいいけど。そんなのカンケーないから。




2016年1月1日金曜日

元日の多摩川を走り初め

ガス橋から少し下った所(大田区側)
全国的に初日の出が見られた所が多く、比較的穏やかに明けた2016年。東京の西のはし(西東京市ではありません。)の大田区も、天気のよい夜明けだった。

 ということで、ルーチンワークを大切にする朴念仁としては、切り餅2コと雑煮を食べてから、朝9時過ぎに、ランニングに出かける。
さすがに元日午前中の多摩川はまだ人もまばらだった。いつもの丸子橋を渡り、右い折れてその丸子橋の下をくぐって“下流”に向かう。橋の下にはいつものホームレスの方、おふたにの姿があった。

 ひとりは6年前に走り始めた時にすでにいた女性で、もうゴミの山としか思えない荷物を橋の下に並べている。よく生きているもんだと感心しるほどだ。もう一人は比較的若い(40歳くらいか)男性で、同じ丸子橋の大田区側に住み着いていたのだけれど、橋の塗装かなにかの工事が1年ほど前に行われた時に居場所を失って、対岸に越してきた人だ。メガネをかけていて、いつも座って本を読んでいる姿ばかり見る。いったいどういう人なのか気になるが、声をかける勇気もなくいつもよ横目で見て通るだけだ。

ガス橋付近(川崎側)から上流を見る。人影もまばら
そんな2人の姿を2016年も「確認」して、ガス橋を目指す。河口に向かう風が結構強いようだ。河川敷のススキが斜めになって揺れていた。
ランニングをしている時、追い風は意識されない。自分の足が軽くなって調子がいいと錯覚する。その錯覚を意識しながら走るが、左足のモモの下の方の中の筋肉に軽い痛み(といっても違和感でいど)を感じていたので、ペースは緩く走った。キロ5分10秒~20秒ペースか。

 ガス橋を渡り、再び大田区側に移り、更に多摩川大橋を目指す。川沿いには大規模開発のマンションが並んでいる。きょうは軽くと思っていたけど、追い風効果とスローペースでまだまだ距離は出せそうなので、大橋を通り過ぎで六郷橋方j面を目指した。きれいに弧を描くように大きく湾曲したこのあたりは、道幅も広く、走りやすい。しかし風を受けやすいということもある。右手に富士山もよく見える。きょうは、ちょっと立ち止まって携帯電話で写真も撮った。そばで誰かが「北アルプスが見える」と叫んでいた。おそらく南アルプスか八ヶ岳くらいではないだろうか。いくらなんでも北アルプスまで見えない(と、思う。)
ガス橋(大田区側)から上流を見る 左の高層ビルは新川崎あたり

湾曲部を過ぎ、大田区の六郷グラウンドの端まで来たところで、引き返す。計算ではこのあとルーチンのコースを行けば、だいたい18㎞くらいだと勘定していた。
さて、川を上る方向を向くと、はたして向かい風の強さには予想以上だった。なにしろ湾曲部の風が吹きぬける所では、なんとカラスがホバリングをしていた。
トンビみたいに羽が大きくて滑空性能がいい鳥は風上に向かって絶対速度をゼロにするホバリングをするのをよく見かけるが、カラスがしているのは初めてみた。瞬間は風速15メートルくらいあったのではないかな。

前回のRUN(12月27日)では、向かい風に抗って頑張って走ったら、12~3㎞で失速。足にダメージが来て、そのあと帰宅までの3㎞ちょっとがつらかった。その時のモモのインナーマッスルの疲労がまだ残っていたので。今回は風にまかせてペースを自然に落とした。キロ5分30秒~40秒だ。でも少し慣れてくるのと、大橋を渡って川崎側を遡ることには風がいくぶん和らいできて、多少ペースは上がった。それでも無理はせず、18.8㎞で帰宅。2016年初日としてはまあまあかな。

六郷橋とガス橋の間(大田区側)大きく湾曲している。




2015年12月30日水曜日

図書館を開放せよ! 年末年始こそ開けるべきだ。武雄市を見倣え

 クリスマスから年末年始にかけては、世間は華やいだ気分になるのは、世界多くの国で同じかもしれない。紛争地域(キリスト教の地域)では「クリスマス休戦」があることもあるし、日本に「年忘れ」という言葉があるよう、まあ悪いことも年があけるのだから忘れて、いわば「前向き」に生きようというメッセージなのだろう。それはそれでよい。
 反対に、ひとりの人、生活が苦しい人にとっては、年末はイヤな時期なのかもしれない。「年越し派遣村」が社会で注目を集めたのは記憶に新しい。

 前置きはそのくらいとして。
年中無休の武雄市の図書館(netより「引用」)
年末年始は誰でも休みたい。客が少なくなるという事情もあるのだろうが、普段は朝7時から空いているカフェも開店が1時間繰り下がったり、閉店が繰り上がったりしている。ビジネス街のカフェは需要がないのか年末年始を閉めるところも珍しくないだろう。またこれも、それはそれでよい。経済は需要と供給の関係で市場原理で動くことを否定はしない。

 しかし公共施設は、少し性質が違う。市場原理ではない「判断」があってしかるべきだ。
ジモト、大田区の図書館は12月29日~1月3日まで全館休館だ。もうひとつ利用する目黒区の図書館に至っては4日(月)まで休み。ネットで調べると世田谷区の図書館も29日から3日まで、一部は4日まで休みだ。これが公共サービスと言えるのだろうか?お役所仕事の極みだ。

 役所の事務が年末年始が休みだから、同様にお休みします。4日は月曜日で通常休館日にしているところがあるから休みます。という通り一辺の「扱い」でしかない。
年末年始こそ、まとめて勉強したい人、本をゆっくり読みたい人、またセンター試験が近い時期でもあり、最後の追い込みで集中して勉強したい人が大勢いる。こういう人々=「学びたい人」たちを支えるのが行政の大事な役割ではないか。誰しも家庭に静かに勉強できる環境がある人ばかりではない。そしたことに思いが巡らないのか、お役所の人々には「そんなのカンケイない」ということなのだろうか。自分たちが年末年始をゆっくり休めることが第一なのだろう。
何も、年末年始も通常通りの貸し出し業務を行えとは言わない。
「通常の貸し出し業務は停止するが雑誌・新聞の管内閲覧と学習室は開放します」というような経営上の“工夫”があってもいい。

 何も図書館で働く指定管理者の業者(最近はほとんどの図書館が「下請け」だ。)は年末年始もなく働けと主張しているのではない。業務を絞り込めば、交代で勤務することも可能だろう。はたからはやる気がないだけにしか見えない。
そもそも役所関係の人間には、土日や年末年始・お盆など多くの人がお休みする時期に働いでいる人が結構いることに対して想像力がない。交通機関やデパート、スーパーなどの店舗で働く人だけではない、介護など福祉の現場でも業務がお休みすることはない。大規模工場など高度成長時代の感覚を引きずっているのか、第3次産業の人口がいちばん多いことにもう少しアタマを働かせてほしい。

ちなみに武雄市(佐賀県)の図書館は365日無休で朝9時~夜9時まで開いている。TSUTAYA図書館には、選書などを巡って批判もあるだろう。しかし少なくとも住民サービスを第一に考えた運営を行っているのは確かだ。
よいところは見習ったらどうか。多くの自治体は。

*図書館サービスはそれなりに進化していて、ネットでの検索、同じ区内であれば取り寄せもすぐ行ってくれる。都内であれば区内にない書籍も時間は多少かかるが普段使用する図書館の窓口で借りられる。それはそれで喜ばしいことだ。だからこその提言である。


2015年12月23日水曜日

出張先の「朝ラン」 名古屋と仙台の巻

出張ランは、あまり大会に参加しない「孤高のランナー」には楽しみのひとつだ。知らない(地理に詳しくない)土地のそれも都心の朝を走るのは、出張中の面倒くさいを乗り越え走ってみる面白みがる。今回は名古屋と仙台。
○名古屋市内ラン(12月2日)
泊まりは名古屋の中心地中区栄のビジネスホテル「R&B栄東」。中区役所のすぐ裏手だ。6時過ぎに準備して出た。名古屋の大通りはなにしろ幅が広い。それだから信号も長い。ひっかかるとずいぶん待たされるのにはちょっと閉口したが、歩道もすごく広いので安全に走りやすい。
区役所の前を通り、久屋大通を北上。この通りは、中央の広い遊歩道(テレビ塔もある)をはさんである非常にデカい通りだ。(東京にはこんな通りはない)。
ホテルにあった簡易な地図を頼りに、大通りの東側の歩道を走ったら、認識と実際に走った道が違っていていつのまにか細い道になった。あとで調べたら愛知県庁の裏側だった。
ともかく、信号「市役所東」で左折して、名古屋城の端っこに出る。そこから左回りに名古屋城を一周した。思ったより短く、大阪城より小さいという印象を受けた。四方を3つ通って、お城の南側に出ると天守閣への入り口があるが、そこは「有料」でもちろん朝はやっていなかった。
(この点、大阪城が天守閣のすぐ真下で大勢がラジオ体操していたのとは対極だ)

お堀は西側と南側に残っていた。ちょっとあっけないお城めぐりだった。距離もそう出ていないので、とりあえず久屋大通りを南下、今度は道の右側、つまり西側を走った。途中から真ん中の遊歩道を走ってみたけど、かえって走りにくかった。途中、アーチ型の歩道橋がかかっているところもあるけど、すべての交差道路にかかっている訳ではなく、連続して走るには不向きだ。
栄をまでだとあまり距離がないので、今ん度は高速道路にぶつかる若宮大通りまで行く。少し周遊しながら、再び道の真ん中の遊歩道を北上して宿に帰った。距離は8.5㎞ほど。正直、少し物足りなかったけど、他に目標物が分からなかったからそこで打ち止め。
宿泊したホテルは安くでよいのだけれど、無料の朝食が少し貧弱。パンとゆで卵とスープとコーヒー、ミルク、ジュースだけだ。朝ランの身にとしてはもう少し食べたかったけど・・・。(笑)

名古屋市はご承知のように碁盤の目のような道だ。もう少し街をしれば、走る場所ももっと開発できるだろう。これからの楽しみだ。


○仙台市ラン(12月14日、15日)
仙台出張は、日曜入りだったので、月、火と2日間のランの機会があった。
泊まりは仙台駅から徒歩15分、県庁手前の「法華クラブ」。愛宕上杉通りと定禅寺通りの交差点の少し南だ。
●1日目
仙台も中心部は比較的碁盤の目になっている。朝5時半に目が覚めたが、真っ暗なのには驚いた。6時近くなってもまだ真っ暗だ。この日の日の出時刻を調べたら、なんと6時45分だった。
東京が6時42分なので3分しか違わないのに、ものすごく暗く感じたのはなぜなんだろうか。
ちなみに福岡が7時14分だった。

ホテル法華クラブを出て、愛宕上杉通りを北上。片側2車線だけど路側帯が広く歩道も広い道で、走るのには快適だ。右側にNHK仙台放送局を見て、左側に真新しいNTTドコモの高いビルを見て走る。しかし道は、左手に東北大学の農学部あたり、2㎞もいかないうちに細くなった。仙台市の中心街は意外と小さいと感じた。しばらく行くと、北仙台駅付近。山形と仙台を結ぶ仙山線の高架を見ながら、西に折れて進む。突き当りを更左に折れて南下。右側の東北大学病院沿いに右(西)に折れて進む。
この辺で引き返そうかと思って周囲を見上げたら、タワーマンションが見えた。ライオンズマンション青葉広瀬だった。(後で調べたら)。とにかくその「麓」まで行って、少し戻るように、回り道をして広瀬川に出る。
広瀬川は河岸段丘になっている所も多く、河川敷を走るという状態ではない。(もっと下流にいくと河川敷に出られると、あとから聞いた)。大きくくねった広瀬川の橋を渡ると左手は仙台第二高校だ。左前に東北大学のキャンパスを見ながら、左に折れて、再び橋を渡る。いわゆる仙台西道路だ。昔、山形から仙台に出る時には必ず通った道の「上」を走っている感じ。仙台市の中心街に戻り、一番町のアーケードの中を北上して、イルミネーションで有名な定禅寺通り右折して宿に戻る。だいたい9㎞ちょっとの道のりだった。



●2日目
青葉城を目指す。宿から南下して、青葉通りを西へ、広瀬川を渡り、仙台国際センターの前を左に折れて裏から青葉城へ。ここから結構な登りだ。(部分的にはほとんど登山)。
青葉城の城壁は美しい
走ることが無駄なような急坂だが、「走った」。思いだしたのは村上春樹の「走ることについて語るとき、ぼくの語ること」だ。この中で、村上さんはサロマ湖100㎞マラソンに出た時のことを書いている。くたびれてきても「決して歩かなかった」歩くようなスピードになってても「走る」ことにこだわったことが記されていた。それに倣い、急坂をほとんど足が靴のサイズの30㎝弱しか前に出ないけれど、走った。そして道路と合流し、その脇に遊歩道(時々階段になっていた)を「走って」青葉城に着く。距離にしたらたいしたことはないが、急坂を走るという経験がないだけに、きつかった。
翌日、すねの前の筋肉が痛かったので、登り坂で使う筋肉は違うということに気付かされた。
身体が冷えるので写真をとって早々に青葉城を後にする。
青葉城はなんと「護国神社」になっていることを知った。お城の中に「護国神社」というのは初めて知った。もちろん神社境内には入らなかったけどね。

仙台市の紹介では(定番」の伊達正宗像


















2015年12月19日土曜日

「生きて帰ってきた男」から『希望』について考える。

小熊英二さんの『生きて帰ってきた男-ある日本兵の戦争と戦後』は、読み応えのある本だった。これが岩波新書で940円というのは安い、お買い得。
「小林秀雄賞」がどんな賞で、この本にふさわしい章かどうかもわからないが、ともかく“賞”を獲得するにふさわしい内容だ。

生きるのに精一杯だった、農村出身のひとりの男の一生。
「平均的日本人」などというものは存在しないだろうが、ともかく近代において多くの日本人がそうだったような生い立ちと、徴兵、そしてシベリア抑留、戦後の混乱期を生き抜いてきた人間像を、その背景をデータや他研究から綿密に背景として描いた手法は、読み手に説得力を与える。

シベリヤ抑留について、これまで興味はなくその関係の本をまったく読んだことがなかったが、こういう描き方だと、読める。また戦前、戦中、戦後の社会の様子も非常に興味深く読むことができた。
本編の最後は、以下のように結ばれている。

「さまざまな質問の最後に、人生の苦しい局面で、もっとも大事なことは何だったかを聞いた。シベリヤ抑留や結核療養所などで、未来がまったく見えないとき、人間にとって何がいちばん大切だと思ったか、という問いである。『希望だ。それがあれば、人間は生きていける』そう謙二は答えた。」

おそらく謙二は、精神的には強い人間だったのだと思う。自暴自棄になることもなく、苦しい時にひたすら耐えることができる、苦しい中にも生きる望みを見出そうとする精神の持ち主だ。そして、限られた“資源”からも創意工夫で、生きるためさまざまなツールを生み出す才覚も実はあったのだろう。そういう面はあるにせよ、だからこそ「希望」を失うこともなく生きてきた。

『希望だ。それがあれば、人間は生きていける』。

これで思い出したのは、村上龍がどこかで書いていたことだ。
「日本には何でもある、しかし『希望』だけがない」(不正確だけどこういう趣旨だった。『135歳のハローワーク』だったかもしれない)

モノやサービスがあふれ、そういう面ではお金さえあれば何でも手に入るほど、表面上は豊かになった日本には、『希望』がないことを、短いことばで的確にとらえた一文だ。

玄田有史さんの『希望学』もある。最近の(2か月くらい前)の日経新聞で、若者が会社を辞める時はどういう時がという研究の話が載っていた。それは「先が見えてしまった時と、まったく先が見えない時」ということだった。つまり、どちらも「希望」が見いだせない時だろう。

小さなカイシャのソームをやっていると、いかに若い人に「希望」を提供できるかが重要なことが分かる。


「希望」を持つ。このシンプルで一見陳腐な言葉は、実は奥が深く、重い言葉なのだろう。

※その後、ネットで調べたら、村上龍の「この国には・・・」は、小説「希望の国のエクソダス」の中の言葉でした。
13歳のハローワークは、その後、「新・13歳の・・・」も出版されている。
職業は生きる手段ではなく、生きることそのものだということを、説いている。





2015年12月5日土曜日

ラグビー日本代表「歴史的勝利」とは何か?。

 五郎丸選手は、物腰が穏やかで、紳士然としているところもあり、国民的な“人気者”になってもおかしくない。好感の持てる人物だ。その意味ではにわかラグビーファンが増えてもおかしくない。別のそのことに異議を唱えるものでもない。

 が、先のワールドカップで南アフリカに勝利したことを「歴史的勝利」と言うことには、違和感を感じる。先日の今年の流行語大賞で、再びこのフレーズを耳にして、抵抗感を覚えた。
 長くラグビーに関わってきて、諸外国の中で辛酸をなめてきた選手や関係者が、「歴史的勝利だ」というのは、理解できる。当事者にとって一大事だということが伝わる。そういうことは個人史でもあるだろう。
 しかし、テレビジョンのアナウンサーが「国民誰もが感動した・・・・」(朝のニュースで確かにこう言っていた)とか、「歴史的勝利」などと言うことに、どれほど裏付けがあるのだろうか。こういうのを言葉が滑っていると言うのではないかね。
そもそも「歴史的」とはどういうことを指すのか。歴史上の意外性ということなのか。それは何の、どういう立場から見た「歴史」なのか、言葉の定義をはっきりさせないで言っても意味が伝わらない。

 一連の「歴史的・・・:はスポーツについてのことだからまあどうでもいいけど、メディアがこういう言葉を何の疑問も持たず使っているとしたら、それは少々問題なのではないか。

ISという集団が国の中に新たに国として「宣言」することの方が、よっぽど「歴史的」な出来事だろう。でもニュースを見ていて、新聞も含めて、ISの独立宣言を「歴史的」と言っているのを見たことがない。どうも「歴史的」とはモノゴトを肯定的にとらえる時しか使わないらしい。メディアは。

こういう些細なことが、次第にメディアへの不信感につながっていくような気がする。

2015年11月24日火曜日

イスラム文化を風刺と称して侮蔑してきた仏社会の背景にも目を向けるべきだ。テロについて。

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロも、今回のパリで起きた130余りが亡くなったテロも、大きな出来事であること異論はいなし、それを容認するものでもない。
しかし。しかしである。報道のあり方も含めて、各国(特に西ヨーロッパ)の態度には少し違和感を覚える。
テロは背景は何か。
フランス人(と、十把一絡げに扱うのはナンセンスなことは重々承知しながら)が、風刺と称して、イスラム文化を侮蔑するような漫画を掲載して騒動を起こしたのは記憶に新しい。またそういうメディアを容認する「純粋フランス人」社会の世間があるからこそのメディアの振る舞いなのだろう。
そうしたことを考えると、イスラム文化圏の人々の中には、過激な行動をとる者が出てくる可能性を大きくしていると言えまいか。
「自由という価値観を共有する」とはいうフレーズには注意が必要である。自由は、ステータスの高い、文化資本も備えた階層の人々が持っているいるもで、西欧の繁栄を底辺で支えてきた移民には通じない言葉ではないか。
詳しく調べた訳ではないので的外れかもしれないが、フランスに多くいるアフリカ系の人々が仏社会でスポーツや芸能以外でエラくなったというのを見たことがない。それほど階級社会が固定されていると見ることは間違っているだろうか。それはイギリスでも同様だろう。その意味ではアメリカの方がまだしも多様性があり、そしてアフリカ系、アジア系、ヒスパニックもステータスを上げることができる可能性があるように見える。

かつて西ヨーロッパでは、庶民階級に教育を施すのを上流階級の人々は反対した。「既得権」が既得権でなくなること恐れたのだ。(と、世界史の教科書に書いてあったように記憶する)

フランスの掲げる「自由」はご都合主義にも見える。
今回のテロを「手放し」で批判する気にはなれない。もっと深く考えることが必要だ。しかしメディアの多くはその材料すら提供しようとしていない、ように思える。

追記:
このつたない論考を書いていたら、AERAで内田樹さんが、同様のことをもっと深く指摘していらっしゃったのを「ちょっと見」で見つけた。そちらの方が参考になる。当然だけど。

2015年11月20日金曜日

「一億総活躍社会」をどう“見るか”

朝日新聞より「引用」
安倍首相の好き嫌いは別問題として、政策は正当に評価することが「大人の見識」だろう。
 しかし朝日新聞や、一部のセンセーショナルに扱うことでしか自らのレーゾンデートルを示せない雑誌は、「一億総活躍社会」をハナから見下している。
 そんな中で、冷静な筆致でこの「問題」をとらえたのが湯浅誠さんだ。中味をきちんと検討した上で、その政策が真に効果的なものになるかどうか見極めるのがメディアの役割だと、朝日新聞を「叱って」いる。
 こういういわば当たり前の視点は、なぜか昨今のメディア環境では珍しいものになってしまった。湯浅さんの言説は説得力がある。
 これに比べれば本当に多くのメディアの「底の浅さ」は辟易する。

2015年11月10日火曜日

ノーベル物理学賞で、湯川秀樹「旅人」を思い出した。

「ニュートリノに質量」で、日本人がノーベル賞を受賞することになって、にわかに(再びというか)、物理学が一般の人の注目を集めた。11月8日(日)のアサヒの書評欄「ニュースの本棚」は『ノーベル賞と素粒子』を扱っていた。
その中に湯川秀樹の「旅人」が紹介されていた。
湯川秀樹と言っても、18歳の愚息は「それ誰だっけ?」レベルだけど、年配者なら日本人として初めてノーベル賞を受賞した物理学者ということは知っているだろう。

「旅人」を読んだのはもう30年以上も前の大学3年のころだった。いまでもよく覚えている。社会学のゼミの先生と飲んでいる時に、なぜか湯川秀樹の話になって、「旅人」を進められた。
「文庫の薄い本だkらすぐ読めるよ」という言葉に導かれ、数日中には購入して読んだ。
多くの中味は忘れてしまったが、確か湯川博士が確か5,6歳で論語を祖父から教えられてそらんじていたような記述があったように思う。
やはり、湯川博士は幼少のころから、並みの人間とは違うんだと思ったことと、同時に、理科系に進む人でも、幼いころの論語のような素養を大事にしていることに、かすかな驚きを持った。
すでに文化系に進んでいた自分も、反対に理科系の素養をまったく捨てるのはもったいないと、どこか心の隅で持っていた。
その後就職して家庭を築きと、人並みの生活に追われる中でも、おそらくこの思いはどこかで残っていたのだろう。かなり経ってから、畑村さんの「数学シリーズ」を読んだり、「もう一度高校数学」なども購入してそれなりに“読んだ”りした。(勉強しなおしたという程ではなかったけど。)
また、恥ずかしながら、子どもの中学受験では、ほとんど真剣に算数と取り組み、どうすれば一番子供に教えることが伝わるか熱中した。週に2日か3日。子どもの塾が終わるのに合わせて帰るのを待つ間、ターミナル駅のスタバで1問づつ問題を解いた。

 話が逸れたが、「旅人」はおススメの書籍だ。30年前に読んでも、時代背景が少し古臭いと思ったので、今の人々が読んだら、ほとんど「古典」かもしれない。それでもおすすめだ。愚息にも薦めてみようと思う。

で、全然関係ないことだけど、梶田隆章さんがノーベル賞の受賞が決まった時、会見で前の受賞者・小柴さんのことを盛んに聞かれていた。メディアは「カミオカンデの師弟関係」という分かりやすいストーリーを作りたかったのだろう。梶田さんは(もちろん)大人だから、それなりに受け答えをしていたが、どこか小柴さんに対してよそよそしい感じを受けた。
 ここからは単なる想像だから失礼になるかもしれないが、梶田さんは小柴さんに「冷遇」されていたのではないか。なぜか、小柴さんは東大卒だが、梶田さんは違う。当時の状況から言うと、東大閥の中で、梶田さんは様々なカベに苦労したと思う。きっとそういう壁を研究で打ち破ってきた努力の人なのではないか。あの穏やかな表情の中で、そんな「闘志」を感じ、梶田さんに好感を持った。
以上。


2015年11月3日火曜日

答えが簡単に出ない問題をどう考えるか。辺野古と普天間、労働者派遣法・・・etc.

 韓国の主張する「慰安婦問題の解決」や、新安保法案がいいのか悪いのか。また、改正労働者派遣法は、政府の言うように労働環境がいい方向に行くのか、それとも改悪なのか。沖縄普天間基地の移設問題。18歳選挙権になった場合の高校生の政治活動問題、等々。

辺野古(netより「引用」)
どれも簡単には「正解」が出せない問題ばかりだ。全体を俯瞰し、よく考えれば考えるほど、問題の本質の奥深さ(根深さ)が見え考えことに「迷い」が出てくる。

 確か古市憲寿さんがどこかで書いていた。沖縄基地問題に関して、メディアの世論調査が「白黒」を設問・回答を要求してくるが、考えれば考えるほど「分からない」という答えがまっとうなのではないか。と。(表現はこんなにストレートではなかったけど、要するにそういう趣旨で言っていた)。

 高校生の愚息が新聞を読んで、こちらに「答え」を求めてくるが、いずれも「う~ん。難しい問題だ」としか答えられない。すると「オマエは逃げている」と不満を言われるけど、しかたない。

○韓国の“従軍”慰安婦問題。
安倍首相の「本音」や「思想」はともかくとして、これまで政府も出資した償い金や村山首相の「談話」など日本としては決着を図ってきたのは事実だ。いまさら韓国で騒ぐことには、リベラルな文化人も「困惑」している。だから今回の日韓会談際して沈黙しているし、実際「何も言えね~」状態だ。

○改正労働者派遣法
いわゆる26業務がなくなり、すべての業務が3年の「期限」になった。ただし3年は人のことで、事実上、「仕事」についてはずっと派遣労働を導入していける。これは、突き詰めると「人」重視なのか「仕事」重視なのかという問題になる。そして派遣法そのものが製造業などの、言ってみればあまりスキルや人の継続性を重視しない仕事のためのものになりつつある。
実際、事務などは有期の直接雇用が増えている。有期が5年という「目途」が示されているためだ。
コスト的には派遣会社に支払うより社会保険を負担しても「安い」という目算なのだろう。
生産量に応じてすぐ人を切りたい製造業の「単純作業」では、派遣は都合のよい労働力の導入だ。そのための改正だったと見ることもできる。
 では、これまでの派遣法でよかったのかというと、そうとも言えない。

○普天間基地の辺野古への移転問題
 「在日米軍はまったくいらない。だから基地は廃止すべきだ」という主張ならば、それはそれでスジは通っているから、論争のしようもあろう。しかし南沙諸島や尖閣など、結構きな臭いことが日本の周辺で起きている現状では、そういう『主張』はごく少数だ。それは世論調査からも伺える。
 だから社民党などは「国外へ」とか、おバカ首相だった鳩山の「最低でも県外」などという中途半端な発言が出るのだ。基地が迷惑施設であることには変わりない。国外、県外でもどこかで誰かが迷惑を被るのだ。ではどうするのか。答えが出ない問題の最たるものだ。

福島第2原子力発電所
(netより「引用」)


(続きを書くのが億劫な話しだ。嗚呼)


 

2015年10月25日日曜日

コンプライアンスって何? 郷原信郎さんの著書から「法令遵守」を考える


郷原さんの書著は、いつも的を得ている。いろいろ勉強になる。
「法令遵守が社会をつぶす」を読んだのは、随分前だったけど、日頃から何となく思っていたことを見事に「明文化」して、はっきり、しかも論理的に解き明かしてくれた。

もう具体的内容は忘れてしまったけど、これこそ「溜飲を下げる」と言うのだろうか。
もちろん、郷原さんは法令を守らなくてよいと言っているのではない。単純な「規則さえ守ればよい」という考え方ではダメだと言っているのだ。と思う。

 中小企業に勤めて、危機管理について、改めて考えなければならなくなった。で、コーポ―レートガバナンスの本も役にたつが、それだけではなく、再び郷原さんの図書館で借りてみた。

「組織の思考が止まるとき」は、発行年月日を見ると、2011年2月となっている。東日本大震災が起こる少し前だ。
内容は法律の古典「日本人の『法意識』」にも通じるところがある。

以下、(印象に残った)内容を簡単に記す。

○多民族国家アメリカでは人種、文化、慣習が異なる多くの民族が一つの社会を形成し、社会としてのまとまりを維持するために「法令と契約による拘束」を中心にすることが不可欠だった。社会の中心に司法制度が位置づけられた。

○日本社会でも「法令遵守」という言葉は古くから社会内で定着してきた言葉だったが、それはアメリカ社会におけるComplianceという言葉とはかなり異なる意味を持っていた。

○民族の多様性がない日本では同質性から社会内における協調関係が維持され、暗黙の了解、合意が重要な機能を果たす社会。法令や契約に基づいて司法手段によって問題を解決するのは社会的逸脱者が犯罪を行った場合や感情的対立など特異な事象が発生した場合の最終的な手段であった。

○市民生活や経済活動は、社会内の不文律としての「掟」や失墜、「村八分」など社会内における制裁手段が用意されていた。

○ところが2000年以降、グローバリズムの名の下、日本社会のアメリカ化が進み、法令や契約を社会内の解決手段として最大限に使いこなすアメリカで「法を守ること」という意味で使われるComplianceが、「法令遵守」という訳語と結びつけて使われるようになった。

○日本社会における法令や司法の位置づけのアメリカとの違いが考慮されることなく、企業などの組織の取り組みとして重視されるようになり、「法令遵守」という意味のコンプライアンスが社会全体を覆い尽くしていくことになる。

○コンプライアンスの本来の意味は「他からの求めに応ずること、従うこと」である。これを組織と社会の関係に置き換えれば、コンプライアンスとは「社会の要請に応えること」


○「法令遵守」という言葉、法令を守ることの自己目的化が、様々な弊害をもたらしている。

○「法令遵守」という意味のコンプライアンスが社会全体を覆い尽くしている今の世の中では、どうしても(組織のピラミッドの)下の方に注意が向いてしまう。

○何々規則、何々基準、マニュアルを守ったか守らなかったをチェックされるから、それを守ろう、守ろうという方向に注意が注がれる。その結果、一番肝心な(ピラミッド)の頂点から注意が離れる。

○社会の要請にバランスよく答えていくには、組織の中で共通認識を持つことが必要。それによって組織のコラボレーションが可能になり、社会の要請に応えるパワーを生み出す。
そのプロセスこそ組織にとってのコンプライアンスに他ならない。


○フルセットコンプライアンスのすすめ
1:組織としてどういう社会の要請にバランス良く応えていくか方針を明確にする。
2:そういう方針が実現できるような組織体制を作る
3:作った組織が実際に機能し、実際に社会の要請に対して反応して動いていかなければならない。
▷トップとボトムのセンシティビリティー。自ら敏感に反応すること。縦のコラボレーション
▷横のコラボ
4:治療的コンプライアンス 不祥事対応
5:環境整備コンプライアンス

○戦後は長らく、日本の経済省庁は法令に基づかない行政指導によって経済活動、企業活動をコントロール。ほとんどが官僚の裁量で行われてきた。その時々の国家や社会の状況に応じて社会の要請に応えるための活動として行われてきた。
○それは単に法令にそのまま従っていればよいというものではなく、むしろ法令上明確に規定されているのではなく、行政上の裁量に委ねられている事項についてどのように対応するかが官公庁の判断として重要だった。
○ところが「法令遵守」の波が押し寄せ、官公庁組織も「頬憂い遵守」さえしておけばよいという考え方が幅を利かせている。しかしそのような「法令遵守」に凝り固まったコンプライアンスを行うことによって官公庁が本当の意味で社会の要請に応えていくことができないのは明らか。


不祥事事例の“研究”
○社保庁の不祥事
「年金改ざん」問題。
「標準報酬遡及訂正事案」
標準報酬月額を遡って引き下げる手続きへの批判。

 これは、それによって支払うべき保険料が遡って安くなるので保険料の滞納が帳消しになる一方、将来受け取る年金額も減少する。事業主自身の申告に基づいて行われた。
給与から天引きされる従業員の報酬月額が本人の知らないうちに事業主によって勝手に引き下げられたとしたら、それは事業主による保険料の着服・横領だが、事業主自身のものは実質的に被害はない。
 すべての法人事業者と従業員5人以上を常時雇用する個人事業主は厚生年金への加入が義務付けられている。この制度は経営基盤が安定していて大企業向けの制度。
中小零細企業は法人であっても実態は個人事業に近いものがある。事業主と家族が取締役という例も多い。支払困難になった事案について「遡及是正」を行うことは加入者間の負担の公平を確保しながら年金財政を維持していくにはやむを得ない措置。
 なぜなら事業者が倒産して多額の滞納が確定すると、保険料を支払わなかった事業主にも将来多額の年金が支給されることになるから。その資金は他の保険加入者が負担するという不合理が生じる。
これが「法令遵守」で考えると全く違う。
これが「年金改ざん」などと社会問題化した背景は、度重なる不祥事に対して厚労省や社保庁が「法令遵守」的対応ばかりを繰り返し、問題の本質を明らかにして国民の理解を求める努力をしてこなかったから。


○事故米問題の本質
残留農薬に汚染されたいわゆる「事故米」が工業用ののりなどの非食用として政府から売り渡されたあと、不正に食用として転売された事件。
問題の本質は2つ。
①健康被害  ②転売による利益を得る悪質は経済犯罪
①は結果的に人体への影響が懸念されるようなものではなかた。農水省の対応のまずさが批判を大きくした。


▷法令に納得していなければ「遵守」できない。

○「法令遵守」をはき違える放送事業者
放送法第4条の遵守だけでは問題は解決しない。
・放送によって権利侵害を受けた人が3か月以内に請求があった時は遅滞なく真実かどうか調査。判明した日から2人いないに訂正、取り消しを行う。
これは放送事業者が自浄能力を備えているという前提があって初めて機能する。
ところが、単に「法令遵守」といい観点からこの条文に違反しなければいいという考えをとると、放送法の趣旨とは全く相反す事態になる。まず調査を行うことが大事。

○「あるある大辞典」の納豆ダイエット
週刊朝日が海外専門家のコメントに疑問をもってインターネット・電子メールで確かめたら、その専門家のコメントはまったくねつ造だった。

○TBS「朝ズバ!」の不二家関連報道
元従業員の証言。顔なし証言で不二家バッシング。信頼回復対策会議という第三者機関の関連資料からねつ造が発覚。

○日テレ「バンキシャ」の岐阜県裏金問題
偽証証言の報道は、たまたま証言者が逮捕され取り調べで偽証証言を供述したから偶発的に発覚。放送事業者の自主的調査だけでは「報道の自由」「取材源の秘匿」に守られ事実は明らかにならなかった。

「あるある・・」の関西テレビが民放連を除名処分に、番組打ち切り
日本テレビは報道局次長が岐阜県庁を訪問・謝罪。社長が引責辞任。
TBSは最後まで誠実な対応をせず、無理な弁解を押し通す。
BPOも言い分をほぼ丸のみ。

社会的影響から言ったら、あるあるは小さい。
バンキシャも岐阜県庁が直ちに調査を行ったことから比較的影響は小さい。
朝ズバは、不二家に与えた影響は多大。不二家は山崎製パンの子会社になる。フランチャイズの2割が廃業。

コンプライアンスのあり方を考えるには
「法令遵守」から「社会的要請への適応」

*********************

この書著で言及されていた放送事業者の問題は、「メディアの劣化」などと、紋切型の言説で切って捨てるには、あまりにも根深い問題だ。

「法令遵守」の背景に、日本社会の“大衆性”の台頭があるのは、間違いないだろう。この問題でも日本は「反知性主義」的社会になりつつあるのだろう。残念だけど。

2015年10月24日土曜日

消えた「竜王戦」。<多様性>か<選択と集中>か、NHKの番組編成から考える。

  NHKのBS放送から囲碁名人戦の中継が消えたことを、先日書いた。10月から始まった恒例の将棋「竜王戦」の中継もなくなった。
1日24時間×7日フルに放送している中で、囲碁名人戦(や本因坊戦)、将棋(名人戦・竜王戦)の中継放送など2日合わせてもわずか3時間~4時間程度だ。
いろいろ事情はあるのかもしれない。ニコ動で中継しているとか、主催する新聞社との関係とか。しかし、どちらもクリアできない問題でもないように思われる。

 内実は分かりようがないが、主因はなんといってもNHKのBS放送の編成方針にほかならないだろう。同じような旅番組、同じようなスポーツ中継、同じような歌番組、同じような映画ばかり並ぶ番組編成・・・・と言ってしまったら、どれも「違う」「それぞれに個性や特徴があるものばかりだ」という反論が聞こえてきそうだけど、興味のない者にとっては、そう見えてしまうプログラムだ。まあ、反対に将棋や碁に興味のない人にとっては、竜王戦や名人戦で誰がどう対局しようと、同じように見えてしまうのだろうけど。

とにかく、NHKの衛星放送は「多様性」より「選択と集中」を選んだということだ。
集中の中味は、BSプレミアムの場合、ほとんど①紀行(旅・食・サブカルチャー)、②娯楽(映画・ドラマ・演劇・歌・お笑い)に集約されると言っていいかもしれない。「多様性」は、この範疇の中だけで行われている。

 公共放送の首脳陣もバカではない。おそらく確かな統計的根拠に基づいて、これが一番、衛星放送の契約件数を伸ばすのに一番効率がいいからそうしているのだろう。

 経済活動の原則(要するに一番もうかるようにするにはどうしたらいいか)から考えれば、一番売れるものを多く作ることだ。あまり売れないものを少数作り続けることは効率がわるく、もうからない。これ当たり前のこと。放送番組の制作が大量生産と同等かどうかは分からない。ニッチな生産が支持を得ることもあるけど、大衆というマスを相手にするには、「大量生産」が効率がいいのは確かだ。

 NHKという組織は「国民の皆様から預かった受信料を無駄にすることなく一番効率的と思われる方法で使わさせて頂いています」ということなのだろう。
世の中で、将棋や碁をたしなむ人など、効率性からいったら「無視できる数」ということなのだろう。
おりしも、「週刊将棋」という週刊新聞が休刊するというニュースが出ていた。ベタ記事でほとんど問題にされないレベルだったけど。こういう
NHK衛星放送の囲碁・将棋関連の放送の減少、将棋新聞の休刊、こうした、それぞれでは小さな出来事が積み重なっていくうちに、文化(囲碁や将棋をそう呼ぶとして)が消えていってしまうのだろう。NHKはそうれに加担しているという自覚もなく。

囲碁も将棋も、凡人には想像もできない非常に高度な思考が見えないところで繰り広げられている。ビッグタイトルの中継は、その解説を通じて「見える化」し、知的刺激を与えてくれるシンプルだが非常にいい放送番組だった。
そんなものは「皆様のNHK」の運営には何のカンケイもない話なんだろう。
残念でならないけど、これが大衆社会の公共放送というこだ。



2015年10月15日木曜日

フルマラソンへの道② 道具が結構重要なんだよな



こぞって着用していた高速水着(ネットより「引用」)
北京五輪の時だったか、SPEED社の高速水着が「速い」という評判をとり(事実、この水着を着た選手が次々記録を塗り替えていたと記憶している)、ミズノやアリーナと契約していた日本人選手も、この高速水着を着てレースに臨んだことがあった。
 このとき北島は五輪の場で「I'm a swimmer」と書かれたTシャツを着ていて、ちょっとした話題になった。アイ・アム・ア・スイマー、すなわち「泳ぐのはオレだ。(水着じゃない)」と主張していた。このことを雑誌か新聞で知り、今でもかなり印象深く覚えている。
北島の主張は、かっこよかった。道具に翻弄されるのは、競技者として本来の姿ではないことを、静かに訴えていたのだ。まあ彼もSPEEDを着てレースに出たけど、ちゃんと勝った。今ではこの水着は公式試合では使えないらしいけど。すごい水着だった。

 スポーツを行う時に道具に踊らされるのは、いささか躊躇する。情けない。「弘法筆を選ばず」なんて古いことわざを持ち出すのもなんだけど、自分も「アイ・アム・ア・ランナー」=「走るのは自分だ」と、かっこよく言ってみたい。

 でも、やはり道具が結構重要なこともまた事実だ。
スキーをしていると、これはもう道具(板や靴)を何にするかで、滑りが違う。。

 という訳で、30㎞走は新しいランニングシューズで臨んだ。 NEW BALANCEの新シリーズ「VAZEE PACE」。
メーカーのうたい文句は、長距離を目指すための、弾力性と反発性、そして240gという軽量性だ。

ディゼロ・ジャパン・ブースト2
アディダスのブーストシリーズ(具体的にはアディゼロ・ジャパン・ブースト)とどちらがいいか迷った。ブーストの弾力性も手で触ると非常に魅力的に見えた。実際履いてみるとカカトの具合もいいのだが、残念かな、シューズの形状がイマイチ自分の足に合っていなかった。足型が合う人にはお勧めかもしれない。

結局2週間ほど考えて、つま先の形状がより自分の足に近いこと、また前が上に反っているので、足抜けがよさそうなことから、NBのものにした。。結果はオーライ。

RC1100 185gと超軽量
これまでは、自分の実力に対して、少し高めシューズを履いていた。軽さが魅力なのと、少しでもベアフットランができるように、店のススメもあり、自分なりに考えてあえて選んだ。ニューバランスの「RC110」。
写真は最新モデルだけと、自分のは旧型で、色は違うし、仕様ももしかしたら少し違うかもしれない。でもなかなかいいシューズだ。

雑誌に載っている記事で、少し上のシューズを選ぶのが良いという記事を後から見つけて、選択は間違ってはいなかったと妙に納得したりもした。



で、新しいシューズで30㎞走ってみてどうだったか。これまで長時間になると足がむくんだりりして異常に長い薬指があたって爪を痛めていたが、このシューズではそれがなかった。また足抜けもよく、疲れが出たあとに真価を発揮した。
20㎞くらいまでなら、ベアフットランニングをなんとか続けられるので、ヒールの底が浅いシューズでも、なんとか走れたし、苦にもならなかったが、苦しくなってくるとさすがにお尻が落ちて走ることになる。自分でも落ちているのが分かるけど、なかなか修正できずに走る。そういう状態で、このバジー・ペースは真価を発揮した。(続く)

2015年10月14日水曜日

フルマラソンへの道①30㎞走を初体験。

 フルマラソンを目指す者にとって、30㎞走はひとつの関門だろう。(ランニング雑誌によく書いてある)。初めて30㎞を走った。なんとか。

 なぜ走るのか。 村上春樹さんの最新刊エッセイ「職業としての小説家」にかなりの分量を割いて、身体を鍛えることが記されている。頭を使うこと(創作活動)と身体を鍛えること(ランニング)は一体のものであることが、経験則からも生理学的にも必要なことだと。
 まったく同感というほかない。それは50を超えてから本格的走り始めた者にとって、体験的に実感できるものだ。
 30㎞走は、自分にとってフルを目指す一里塚というよりも、心を鍛えるひとつの「手段」だという意識があった。ともかく走ってみようと。

 これまでハーフマラソンのレースには4回ほど出場したが、フルは未経験だ。適当な機会(大会)がなかったことと、普段のランニングは、特にフルを「目標」にしてトレーニングを積んでいる訳ではなかった。でもアタマの片隅のどこかに、一度は出てみようという気持ちがあるのだろう。そして出るからには、制限時間ギリギリでボロボロになってゴールするなんているみっともないことは、主義としてしたくない。それなりの記録でゴールしたい。という気持ちが、これもまた心のどこかにあるのだ。具体的にはサブ4だ。60前の初老が、初マラソンでサブ4なんて無謀な目標かもしれないが。

  いつもひとりで走っている。だれのアドバイスも受けず、励まし合う相手もいない。いつも同じところばかり走る。だからランニングを楽しむ要素は極めて少ない。自分でもよく続くと思う。
でもともかく続けていられるのは、走ることで他の生活の要素のパフォーマンスも上がるという“感覚”を何となく、理屈ではなく、身体として感じているからに他ならない。だから村上春樹さんの言いう「身体と頭脳の一蓮托生論」(と勝手に命名)には、ものすごく共感した。
 (「走ることについて語る時、ぼくの語ること」は、ほとんど私の“バイブル”だ)

 今年の夏も暑かった。8月はなるべく朝早くに走った。それでもものすごく汗をかくので15㎞が限界だった。それでもコンスタントに毎週走り、月間ペースとしてはなんとか120㎞をキープした。120㎞という距離は、(当たり前だけど)、フルマラソンに日常的に参加しているような方々から見れば、フンと鼻で笑う距離でしかないだろう。雑誌を見ていると月間300㎞、500㎞なんてザラにいるようだから。反対に走らない人から見ると、120㎞と聞いただけで驚かれる。まあそれはともかく、120㎞~150㎞が自分のこれまでの月間ペースだ。

 夏の終わりに多摩川を20㌔走り、9月に入ってからは日曜ごとに(1回休み)22㎞~26㎞を走った。そして10月12日体育の日、初めての「30K」だった。
タイムはEPSONのリスタブルウォッチで平均速度5分55秒/㎞。なんとかキロ6分を切った。しかしキツかった。「孤独との戦い」などという紋切型の言葉で表せない。音楽も聞かず、ひたすら走ることだけを考え続けた3時間だった。

 コースは拙宅から丸子橋たもとまで1.5㎞。東京都側を丸子橋~二子玉川、二子橋を渡って、川崎側を二子橋~丸子橋~ガス橋と行き、ガス橋を渡って東京都側を多摩川大橋~更に先の六郷大橋の途中までを行く。河川敷にいくつもグラウンドが並ぶ所で多摩川大橋まで引き返し、川崎側を上流に向かい、ガス橋で東京都側に行き、再び大橋を目指し、途中で道なりに引き返してあとは丸子橋まで行く。更にそこから坂を上がって自宅に戻るコースだ。

 不思議と、いわゆる「ランナーズハイ」の状態にはならなかった。ハイになる以前なのか、足(ふるらはぎ)の痛みが気になって、これをどう克服するのか、そればかり考えていた。手持ちのエネルギー(アミノバイタル5000と、ブドウ糖)をいつ飲めば効果的なのか、500ccのスポドリはどういう配分で飲むか。いろいろ考えることはあった。
 
 とにかく走った。しかしこの時は、少し休んだとしてもあと12㎞余り走る余裕は足にも気持ちの上にもなかった。少なくとももう1度、できれば2度は30kを走って、その次を目指したい。フルマラソンを目指すというより、自分の精神と頭脳を鍛えるために。

2015年10月11日日曜日

中小企業はたいへんだ。行政の“理不尽な”要請に応えることができるのか。

 従業員170足らずの小さなカイシャの総務をやっていると、これまで大組織のいち歯車だった時とは全く違う世界が見えてくる。

 そもそも知らいないことばかりだった。社員に給料ひとつ払うのも、社会保険の引き去り、所得税の源泉徴収、住民税の特別徴収、(実際には社員からはとらないが)児童手当負担額の計算など、実に複雑で、しかも細かい知識がないときちんと対応できない。だから多くの企業では給与計算そのものをアウトソーシングしているところもあるようだが、これを自前で行うとなると毎月たいへんだ。「給与奉行」などソフトも販売されているが、だからと言ってソフトに入れてしまえば、それで終わりという訳ではないだろう。最期は手計算で「検証」しなければ、正確な給与支払い額は出てこない。

 小企業といっても「大組織」の完全子会社で、その意味では倒産のリスクはなく、仕事もまあ受注できるようになっている。それでも結構、会社の維持に神経を使うのだから、ふつうの独立した中小企業であれば、その大変さは想像に難くない。これまで大組織の中にいる時は考えもしなかったことだけど、本当に経営者は緊張の連続だろう。

 社会は善良な経営者ほど苦労する構造になっている。従業員を路頭に迷わす訳にはいかないし、様々な「お上」の要請に真面目に応えるとなると、どんどん出費がかかる。

 障害者雇用の数値目標はいま中小企業まで拡大されている。達成しないと課徴金をとられる。また高齢者雇用の圧力も強い。労基署の“回し者”が訪問してきて、会社の定年を65歳にしろと迫る。そのくせ管理職を増やすと「名ばかり管理職」ではないだろうなと、疑いの目をして、きちんと残業代を払えと無言の圧力を見せる。それではと請負で仕事を出すと、「偽装請負」ではないかと疑われ、派遣労働者を入れると、こんどは3年たてば自動的に社員化しなければならず、それもなかなかできないので、せっかく仕事を覚えてくれた人をなくなく「切る」ことになる。下請け取引で「優越的地位の乱用」はないか、3条書面はちゃんと作っているのかなど、「法律に則った対応」を求められることも多い。

 社会が人口も増え成長期にあるのであれば、多くの企業は(放漫経営でない限り)、まあそこそこ発展し、お上の要請にも何とか応えることもできただろう。しかし現代はそうではない。人口が増えないということはパイが増えない。経済学の初歩で考えても、それはゼロサム社会(この書名の本もずいぶん前だったな)で、パイの奪い合いにほかならない。単純化して言い換えれば、栄える会社と衰退する会社が半々だということだ。

 前述の様々なお上の要請も、半分の会社はこたえられるが衰退する会社では難しいということだ。竹中平蔵や八代尚宏などリバタリアンにしてみれば、こうしたことは、衰退する企業は市場から退場し、労働力も発展する企業に移っていくだけのことと、切り捨てるかもしれない。確かにマクロ的に見れば、その通りかもしれない。しかし現実はそう簡単ではない。属人的に個々の人はそう簡単には異なる職種の仕事にすぐ移れる訳ではない。それも年令がいけばいくほど、新たなスキルを身に付けるのは難しくなり、労働力の移動はそう進まない。

 そこに社会のひずみが表れる。
だからと言って障害者雇用の課徴金をやめろとか、高齢者雇用をしなくていいとか、児童手当負担金はいいらないと言っているのではない。必要なのは行政が個々の会社の「本当の実情」(重複表現でけどまさに重ねてそういうこと)を見極める目を持ち、個々の企業ごとの対応ができるような仕組みを作ることだろう。言うは易し実現するのは難しいことかもしれないけど。

 それぞれのお役所はそれぞれ崇高な目的意識を持って、日々「行政指導」にあたっているのだろう。善意に考えればね。でも、小さなカイシャで日々その窓口になっていると、あまりにも要請が多すぎるように思えてならない。アンケートの類も結構多い。「今後の政策に生かすために・・・・、ご協力を・・・」という要請文がどれも添えられている。実際に行っているのはコンサル会社で、アンケートの提出先は、そのコンサルの下請け企業だ。

 どう表現してよいか分からないけど、経済学でいう「合成の誤謬」が行政の行うことでも顕著になってきていて、行政の要請に応えられる企業は「半分しかない」ことが分かってもらえていないのだろう。何しろお役所の方々は(よっぽどの無能者か犯罪者でない限り)、自分の組織が「なくなってしまうかもしれない」ということを実感として感じることはないからだ。

PS:マイナンバーが始まる。給与生活者にとっては、これはある意味で「朗報」のはずだ。なにしろ所得隠しを防ぐ結構有効な手段だから。法人番号も始まる。こうした施策を新に有効なものにするには、それによって社会の公平性が保たれるかだろう。