去年の今ごろ「蔵王は“残念なスキー場”になり下がってしまった。残念!」と書いた。
今年も年始の3日~5日に蔵王を訪れた。今回はこれまで「定宿」にしていた、ある大手電機メーカーの健保組合が運営する保養施設が閉鎖されたため、新たに宿を探さなければならなかった。ネットで探した限りでは、3日の夜は、温泉があるそれなりの宿泊施設はどこも一杯でなかなか見つからず、山形市内でリッチモンドホテルをとって蔵王まで“通う”ことにした。4日の夜は蔵王で手広くホテル事業を行うタカミヤグループの瑠璃倶楽リゾートを予約した。
●スキー場
去年より更にさみしい所になっていた。リフトの運行は同じだが、正月3が日というのにガラ空き。リフトに近い中心部の駐車場はさすがに一杯だったが、キャパが大きい大森ゲレンでの駐車場は難なく停められた。リフトを並ぶことまったくない。天気が悪くホワイトアウトしていると、人が少なすぎて不安になるくらいだ。
樹氷で“有名”なロープーウェイの山頂駅に行った。正月からスキーをしないアジア系外国人の観光客をたくさん見かけた。山頂駅には荒天用にたたみ6畳分はあろう大きな樹氷の写真パネル(布製)があり、それをバックに外国人観光客は記念写真をとっていた。
スキー場のレストハウスもさびしい。メニューの選択肢が少なく味気ない。明らかに年円縮小しているように見えた。4日は世間は仕事はじめということもあり、更に人が少なかった。5日は土曜日。でも人の数は前日とあまり変わらない。子どもたちのスキー教室的グループを何組か見かけたのがせめてもの「救い」だった。彼らが将来の大人のスキーヤーになるから。
●宿
ネットで申し込んだけど、こちらの手違いで「リフト券付きプラン」で申し込んであった。しかしリフト券はすでに3日券を勝ってあり、不要だった。しかしフロントでは「申し込みプランは変えられない」と言うばかり。あまりの柔軟性のなさに、いささかイヤな思いがした。何も食事を変えろとか部屋を変えろなどど無理難題を言っている訳ではない。リフト券代を抜いていただければいいだけだ。それすら「出来ない」というサービスだ。こちらに最初間違いがあったので抗議するということではなかったので引き下がったけどね。そして夕食。もっともらしく「お品書き」がついていた。それを見ると「お造り」には「鯛と鮪のお造り」と記してあった。しかし出てきたものは「コンニャクと鮪」だった。別にどうしても鯛が食べたいわけではない。どうでもいい。けれど書いてあるものと出てきたものが違うと気分が悪い。鯛がないと指摘すると、宿はしばらくして鯛の刺身をひとり3切づつ小皿で出してきた。メニューの手違いでしたと言い訳していた。この対応に不満があった訳ではない。宿側は誠意を持って対応してくれた。だからそのことを非難すのではない。ここで感じたのはそうしたメニュー設定とお品書きなどという基本的な連携がうまくなされていない宿だということだ。人手不足もあるのかもしれない。サービスに関しての基本的姿勢だ。1泊、ひとり2万円を越す宿泊料は、年に1回とはいえ我が家にとっては決して安くない金額だ。やはり気分はよくない。
タカミヤグループは、縮小する蔵王温泉街の宿の中でおそらく勝ち組だ。ネットで空き状況を見てもこの先もほぼ埋まっている。入り口に台湾のホテル業者と提携したことが宣伝されていた。だから宿にもアジア系外国人も多かった。
その分、サービスが雑になっているとは思いたくない。しかしあまりいいリフト券プランのことといい、食事といい、気持ちよく過ごせたとはとうてい言い難かった。
もう蔵王はいい。この時期の最高の雪質は少々惜しいけど。
さようなら蔵王。さようならタカミヤグループ。もう誰にも蔵王を薦めないしタカミヤも薦めない。
温暖化で樹氷ができない年も増えている。10年後(生きているかどうかわからないけど)蔵王スキー場はもうないかもしれない。
出羽の国の名峰・鳥海山の八合目付近から見渡した庄内平野とその向こうの日本海。我が人生もこのくらい見通せたらどんな気分なのだろうか。 一生を400㍍走に例えると50代はちょうど第3コーナーあたりかもしれない。 一番息苦しくなり、足が重くなっているところを耐えて走っている。 第3コーナーでは前を見てもまだゴールは見えない。レーズ全体をイメージするのが難しい。 第1コーナー、10代・20代のころは、わずか10年先さえも想像できなかった。 いつも未知の世界に向かって走ってきた。 バックストレッチの30代・40代は様々な制約の中でも、少し自分のペースをつかみながら前に進んだ。 第3コーナーのカーブに入ったいまはどうか。まっすぐ前を見ているだけでは、自分の立ち位置は見えてこない。体を傾けたままうまく周囲を観察しなければならない。50代、「いまだ天命を知らず」である。第3コーナーを抜け出し、最後の直線に入った時、そこにはどんな光景が待ち受けているのだろうか。その時どう身を処すればいいのだろうか。考えるしかない。 再レースはないのだから。
2019年1月6日日曜日
2018年1月27日土曜日
蔵王は“残念なスキー場”になり下がってしまった。残念!
![]() |
| 「蔵王の樹氷」は知名度はあるのに生かせてない (netより引用) |
八方やニセコ、志賀高原、野沢などは、豪州や東南アジア、韓国、中国からのスキー客を取り込む努力をして、なんとか持ちこたえている。八方尾根スキー場などは、レストハウスにいるとここは日本かと思うほど、中国語、オージーイングリッシュなどが聞こえてくる。
![]() |
| 風情ある温泉街 私は行かないけど(netより引用) |
蔵王温泉の宿泊施設で一人勝ちしているのが「高見屋グループ」。純日本風の温泉宿から、かつて防衛省の保養施設だった豪華宿泊施設を買い取って運営している高級リゾートホテル風施設、団体向けの比較的安価な宿など数多くの宿を運営している。しかし高見屋以外は苦しいところが多いように見えた。特にスキー場の昔ながらの「ロッジ」はいつの間にか営業をやめて空き家になっているところが目立った。(上の台ゲレンで前など)。
宿泊予約をネットで検索すると、正月3が日でも結構空きがあったのには驚いた。
![]() |
| スキー場は広くて自然を満喫できるのに |
実は蔵王には、かなり昔からジャンプ台がある(70m級=今の言い方だとノーマルヒルに当たるのかな)。女性のスキージャンプが近年脚光をあびて、蔵王でもワールドカップが開かれるようになった。スポーツニュースでも取り上げられ賑わっているように見えるが、ジャンプのワールドカップくらいではあまり客足に影響しない。第一、蔵王のジャンプ台には観客席なるものがなかった。(少なくとも筆者が山形に住んでいた1990年前後は)。また、ジャンプは見る人は(多少は)いても一般観光客でやる人はいない。ゲレンデスキー(アルペンスキー)が楽しめなければスキー場は賑わえない。
バブル時代に新設された黒姫ゲレンデも黒姫第4リフトが「廃止」になっていた。かなり前から平日は駐車場は無料だ。90年代は土日に駐車場に入るのに2時間もかかったというのがウソのような変化だ。
と、前置きが長くなったが、今回の蔵王で一番残念だったことを以下に記す。「ぷうたろう」というペンションは、かなり昔からある老舗の宿だ。宿泊したことはないが山形ではちょっとは有名な宿だ。場所も横倉ゲレンデのすぐ前にあり、立地もいい。(蔵王ではちょっと離れたところにペンション村がある)。
スキー場のレストハウスが貧弱なので、ぷうたろうのランチでも食べようと入った。4人席に案内されたけど、実はこの時からちょっとヤナ予感がしていた。10人ほどの子ども連れの集団が2組あり、まだ食事が出されていなかったからだ。でもテキパキ働く(ように最初は見えた)女性がいたので、まあ食事も出てくるだろうと勝手に思ってしまった。ところがそうではなかった。30分待っても何も出てこない。40分すぎてようやく1品ずつ食べ物が出てきた。余りにも時間がかかりずぎる。ぷうたろうの食事は結構評判でそれなりにおいしい(らしい)。実際、スキー場のレストハウスで食べるよりははるかにいいけど、余りにも時間がかかることには怒りを覚えた。
何がいけないか。
店はなるべく売上を上げるべく(当然だろうけど)、お客を拒まない。しかし明らかに処理能力以上の注文を受けて、食事が供給できない事態になる。彼らには、「込み合っていますので、お時間がかかるかもしれませんが・・・」などと言う度量がない。明らかにスキーの格好をした客は、スキーをしに蔵王に来ている。それなりの食事もしたいけど、滑る時間もおしい。遠方から来る客はなおさらだ。
何日も滞在する時間的、金銭的余裕がない人が多いだろう。我々もそうだ。限られた時間の中でいわば効率よく過ごしたい。でも「ぷうたろう」のスタッフにはそうした客への想像力がない。注文は受けるだけ受ける。残念は人々だ。こうした行為が、少なからず蔵王に足を向ける人を減らしていく。
少なくともぷうたろうに、また蔵王に「また行きたい。また行こう!」という気にはならないだろう。他に選択肢がないならともかく、Mt.6 他にもスキー場はたくさんある。
単なるひとつのペンション食堂の振る舞い行為に過ぎないけど、それは蔵王温泉全体の印象につながっていく。蟻の一穴という言葉かあるけど、そういうことだ。ぷうたろう自体は、蔵王温泉で勝ち組なのかもしれない。しかし日本のスキー場全体の中で負け組になりつつある蔵王で、いくら勝ち組になったとしても、それはいわゆる「井の中の蛙」ということでしかないだろう。何年か先、この建物も、上の台ゲレンデ前のロッジのように空き家になってしまう姿を想像してしまった。悪いけど。
かくして蔵王スキー場は、じり貧が続くだろう。このままでは。旅行業者は、常に客の反応をアンケートなどで収集し、評判のいいところに誘導する。スキー客の奪い合いの中ではそうしたマーケティングは当たりまえのことになっている。評判を落とすような行為はアンケートを通じて旅行業者に伝わり、新たな客には薦めなくなる。なぜなら旅行業者にとっても客にリピーターになってほしいから、評判のいい所から紹介していくのが当たり前の行為だ。
「ぷうたろう」について言えば、1時間余り観察した限りでは、地元・山形の常連客が多いようだった。店の人の挨拶のしかたでわかる。またお酒の種類が豊富で昼間から飲む人向けの店だ。それでこれまでやってきたのだろう。我々のような一見さんはお呼びでなかったみたいだ。まあ今は常連で成り立つのならそうれでやっていけばいい。
でもその常連客も人口減の中でやがて減っていく。店の人々は懸命に働いていた(と思う)。けど、それはその場しのぎ的でしかなかった。将来的に安定的にリピーターを増やしていく行為にはなっていなかった。「残念な店」だ。せっかくおいしい店なのに。
(追伸)
テレビ東京の「街応援番組」で、先日、野沢温泉を取り上げていた。野沢も言わずと知れたMt.6の大スキー場だ。(30年以上も前の年末に、それも記録的雪不足の時に行っただけなので、実感としての記憶がないけど。)でも温泉街には外湯があり、蔵王と似た雰囲気だ。テレビ番組を見ていて、涙ぐましい努力がなんとなく伝わってきた。地道にしかし小さな積み重ねで、雪と温泉を楽しみにしている人々を内外から集めようとしている(ように見える)。テレビ番組の「切り取りの事実」であることを差し引いても、蔵王よりはマシだ。
蔵王は地理的に不利だ。新幹線があるとは言え、長野県の野沢、八方、志賀高原の方が首都圏から行きやすいのは明らかだ。でもニセコのように飛行機を乗り継いで、しかも空港から更にバスで3時間かかるところでも人が集まることを考えると、努力不足が否めない。
2017年1月7日土曜日
子どもの貧困と、どう向き合うか。「ヒトゴトではなくジブンゴト」
知らない人間が言葉をそのままとれば、どうしても「情けは人のためにならない」と受け取られてしまうのは、いたしかないかもしれない。
正しい意味「(他人に)情けをかけることは実は自分のためなんですよ」ということは、でもちょっと利己的な雰囲気もあり、少々いやらしい。
『子供の貧困が日本を滅ぼす』(文春新書)は、その意味で、タイトルがちょっといやらしい。キャッチな言葉ではあるけどね。おまけに帯には大きく「あなたの生活が壊されるのだ」とある。ますますいやらしい。まあ、手にとってもらうためにしょうがないのかもしれないけど、ありていに言えば、「大衆に媚びる」タイトルだなあ。
だけど、本書の内容はタイトルとは裏腹に論理的・実証的であり、真摯な内容だ。社会のありかた、人生の持ち方を考える上では、一読の価値ある本だ。
「子どもの貧困」問題を他人事と切って捨てないで社会全体で考えることの大切さを、丁寧に説いている。「ヒトゴトではなくジブンゴト」として。
経済から考えても同様だ。お金持ちが使う道具、車・家、着る服は、数が少ない分割高になる。選択肢も少ない。
もっとも「ウサギ小屋」と揶揄される狭隘な住宅や、「通勤地獄」「受験戦争」などさまざまな弊害がまったくない訳ではないけど。それでも、安心・安全な社会は、比較対象で言えば世界の中で獲得していたのだと思う。
巷間言われる「格差社会」。
もう聞き飽きた言葉と拒否反応を持つかもしれないけど、ここらへんでもう一度、社会のありかたを自分のこととして考えてみてもいいのではないか。
「情けは人のためならず」とは、そういうことを言っている格言だと善意に解釈できる余地はある。
池上さんの本は立ち読みでパラパラめくっただけど、『子供の貧困が日本を滅ぼす』にも一部引用があるなど、それなりの本だろう。
子どもの貧困問題、ひいては貧困家庭そのものにもと社会が目を向けて、手立てをすることが、いわばwin win になるということ。その大切さを改めて認識する好著だ。
ちなみに、子どもたちに一番なにが必要か。それは幼児期からの動機づけだ。信頼する心が育っていることだ。
幼児期からの「動機付け」で一番大きな要素は「Grit」=「やり抜く力」だという。
ブログは書評ではないので、内容に関する記述は避けるが、第5章でシカゴ大学・ヘックマン教授の大規模な実証実験が紹介されている。非常に興味深い。「恵まれない境遇にある子どもたちに対する投資は公平性や社会正義を改善すると同時に、経済的な効率性も高める非常にまれな公共政策」という言葉は印象的だ。
日本での「子どもの貧困対策」がどう行われているかも紹介されている。
ちょっと脇にそれるけど、テレビや新聞の企画記事で伝える「子どもの貧困問題」は、その多くが、〔深刻な実態ルポ〕⇒〔篤志家による援助〕⇒(問題提起としての)政策の“不足”という図式で描かれている。テレビ企画、読み物としてはそれが一番「受けがイイ」ということなのだろうが、そうした企画自体が“貧困”だ。
最近、どこのテレビだったか失念したけど、子どもの貧困を扱ったテレビの番組で、貧困とされた少女がスマホを使っていたことをオカシイとして炎上した例があった。断片的、部分的にしか伝えない(作り手は全体像を伝えているつもりでも受け取る視聴者はそうではない)企画では、かえって間違った認識が広がる好例だろう。
社会を悪くしているのは、社会の木鐸たるメディアそのものなのだ。
ちょっとそれたけど、一読に値する本を紹介。
2016年12月24日土曜日
原発避難者が各地で「いじめ」に遭う理由。メディアの劣化とも強い関係がある。
東電福島第二原発の事故で避難している家族の子どもが、学校でいじめに遭っていたことが、あいついで各地で明らかになった。なぜ彼らはいじめに遭ったのか。「いじめ」が彼らになぜ向かったのか。まったくの推論でしかないけど、ちょっと考えてみたい。
放射能を巡っては、大手メディアを含めて事故発生からかなりの期間、玉石混合の報道があいついだ。週刊誌だけでなく新聞も「正義漢」から大袈裟な報道がなされた。また、そうした報道から派生してネット上にはトンデモ情報があふれた。(らしい、あまりそういうのは見ないけど)
『フクシマ論』の開沼博さんも、そうした状況を書いていた。
「大衆」的な人々にこうしたトンデモ情報がもたらす影響は大きい。申し訳ないけどメディアリテラシーのない人々だ。
一連の原発報道では、いわゆるマスメディアと言われる媒体=テレビや大手新聞も、結構あやしい情報を流していたし、被害の状況や避難者の苦悩を誇大に伝えていた。それがマスコミ界の上常識だった。
この文を書いている間に、内田樹さんの『街場のメディア論』を読んでいて、以下のような論考があった。――メディアがとりあえす立場の弱い側にたって「推定正義」として伝えるのはいいことだ。けれどもそそれが推定正義であることを忘れて、あとから検証しないことがメディアの劣化そのものだ――という趣旨だった。
不正確で不確かな情報がメディアによって流布され、それを前提とした会話が家庭内で交わされる。それを鵜呑みにした子どもが学校で、ばらまく。そして弱い者に向かい、中にはいじめのスケープゴードになっていく。けっこう容易に想像がつく構図だ。
曰く、原発避難者は放射能に“汚染”されたキタナイ存在。放射能というバイキンが感染する。と子どもの中では単純化されて増幅される。しかも避難者という言葉の中にある“逃げてきた弱い人”というイメージが、子どもがスケープゴードにしやすい要素もある。加えて原発避難者の場合は、「賠償金」などのこともあり、カネがあるひとたちと誤解されていく。
学校(行政)はどうすべきだったのか。原発避難者の転校生は、ふつうの転校生以上に気を付けてケアしておくべきだったのだろう。まあこれは後付の理屈だ。問題になった後に気が付いたことにすぎない。
いま公立学校の先生の質は落ちているのは確かだ。このこともメディアの劣化と相関関係があると内田樹さんは指摘してけど、様々なことに対処しなければならない教師たちが、その処理能力を超える事態の中にあるのではないかということも想像がつく。
世間を煽ることでしかその存在価値を自らに見出せないメディア。
もともと人の中にある、差別意識や、他人を羨む意識
そうした影響を受けた子どもたちのふるまい
こうした要素がいわば相乗効果をもたらして、各地で原発避難者の子どもへのいじめは蔓延した。
放射能を巡っては、大手メディアを含めて事故発生からかなりの期間、玉石混合の報道があいついだ。週刊誌だけでなく新聞も「正義漢」から大袈裟な報道がなされた。また、そうした報道から派生してネット上にはトンデモ情報があふれた。(らしい、あまりそういうのは見ないけど)
『フクシマ論』の開沼博さんも、そうした状況を書いていた。
「大衆」的な人々にこうしたトンデモ情報がもたらす影響は大きい。申し訳ないけどメディアリテラシーのない人々だ。
一連の原発報道では、いわゆるマスメディアと言われる媒体=テレビや大手新聞も、結構あやしい情報を流していたし、被害の状況や避難者の苦悩を誇大に伝えていた。それがマスコミ界の上常識だった。
この文を書いている間に、内田樹さんの『街場のメディア論』を読んでいて、以下のような論考があった。――メディアがとりあえす立場の弱い側にたって「推定正義」として伝えるのはいいことだ。けれどもそそれが推定正義であることを忘れて、あとから検証しないことがメディアの劣化そのものだ――という趣旨だった。
不正確で不確かな情報がメディアによって流布され、それを前提とした会話が家庭内で交わされる。それを鵜呑みにした子どもが学校で、ばらまく。そして弱い者に向かい、中にはいじめのスケープゴードになっていく。けっこう容易に想像がつく構図だ。
曰く、原発避難者は放射能に“汚染”されたキタナイ存在。放射能というバイキンが感染する。と子どもの中では単純化されて増幅される。しかも避難者という言葉の中にある“逃げてきた弱い人”というイメージが、子どもがスケープゴードにしやすい要素もある。加えて原発避難者の場合は、「賠償金」などのこともあり、カネがあるひとたちと誤解されていく。
原発事故から1年後の5月、死んだ父親がかつて世話になった、富岡町に住んでいて郡山市で避難生活をしていた一家を、父親の死亡を伝えることも兼ねて訪ねた。この一家は、確か富岡町で電気工事などを請負う仕事をしていたと思う。主が死に、70代の婦人と40代の独身の息子、そして祖母の3人暮らしだった。郡山市の住宅は、認定避難所で、自ら見つけて借り上げて避難所としていた家だった。きれいな一軒家で駐車場にはベンツが置いてあった。だから住所を頼りに家を探した時、まさかこの家とは思わず、迷ってしまったことを覚えている。
3人家族だから毎月30万の賠償金が入る。家は「避難所」だから家賃はいらない。40代の息子は当然働いていなかった。日課は足の少し悪い母親を郡山市内の病院に送迎することくらいだ。この状況だけ見ると、他の人からはいかにも“優雅”に見えてしまう。中には、お金が入るから働かない。賠償金でベンツを乗り回している。と見えなくもない。
しかし、話をしてみるとそんな表面上のことだけでは語れないことも見えてきた。一家は原発事故による避難で、いったん新潟まで行き、何か月か避難所で生活、そのままではどうにもならないので、自力で郡山市内に家を見つけて災害復興住宅として申請し、認められ移り住む。高級外車に乗ってはいるが、それは夜ノ森の田舎で40代の独身の息子のはかない贅沢にすぎない。細々と地元で商売をしていた息子にとってその経済圏を失ったからと言って、すぐに他の仕事ができるほどタフではなかったのだろう。そんな事情も伺い知れる。
私の知っている具体的事例はこれを含めて2件だけだけど、避難者には避難者の事情がある。都会に避難してきた人々が、表面的なことだけで誤解を受け、差別的な視線にさらされる。
確かに、まだ40代の前半なんだからもっと積極的に生きてよ、と思うところはある。いつまでも被害者として賠償金の加護の中にいるのは生き方としてどうですかとも思う。けれど、それは非難できる類のものではない。
話を「いじめ」に戻すと、もともと「転校生」はいじめの対象になりやすい。学校という狭い集団では「侵入者」に見立てられるからだ。それが強い人ならば問題は起きないし受け入れられるけど、そうでない人の場合は攻撃される。よく報道されるニホンザルの集団を見ても明らかだ。確かに、まだ40代の前半なんだからもっと積極的に生きてよ、と思うところはある。いつまでも被害者として賠償金の加護の中にいるのは生き方としてどうですかとも思う。けれど、それは非難できる類のものではない。
学校(行政)はどうすべきだったのか。原発避難者の転校生は、ふつうの転校生以上に気を付けてケアしておくべきだったのだろう。まあこれは後付の理屈だ。問題になった後に気が付いたことにすぎない。
いま公立学校の先生の質は落ちているのは確かだ。このこともメディアの劣化と相関関係があると内田樹さんは指摘してけど、様々なことに対処しなければならない教師たちが、その処理能力を超える事態の中にあるのではないかということも想像がつく。
世間を煽ることでしかその存在価値を自らに見出せないメディア。
もともと人の中にある、差別意識や、他人を羨む意識
そうした影響を受けた子どもたちのふるまい
こうした要素がいわば相乗効果をもたらして、各地で原発避難者の子どもへのいじめは蔓延した。
2016年6月18日土曜日
蓮舫さんもいいけど、都知事が務まる能力があるのは『湯浅誠』さんを置いてほかにいない。
1200万人の人口と16兆円の予算。よく言われるように、都知事という存在は1国の首脳に匹敵する存在だ。これまで「タレント知事」で務まってきたのは、知事を支える都庁職員のエリートたちた=いわば地方自治の優秀な官僚たちがいたからだろう。まがりなりにもGDP上位国の日本の首都の行政が(細かいところは別としても)成り立ってきたのは、彼らの働きがあったからだ。それは“日本という国”も同じかもしれないけど。
知事は良きにつけ悪しきにつけアジテーターでいいという考え方もあろう。ディーゼル車の排ガス規制をアジテーターとして進めたのはその典型だ。旗を振ればあとは優秀な官僚たちが何とかしてくれるという構図だ。
しかし旗振りにしても、かなり高い見識がなければヘンな方向に行ってしまう。ディーゼル車の排ガス規制はたまたま、あの知事の嗜好にはまっただけだったのかもしれない。真相は知るよしもないが、あの政策を彼に進言した優秀な都庁職員がいたから実現したと考えるが自然だ。
いつものように前置きが長くなったが、アジテーターでいいとしても、トップを支える副知事の人事権や予算を差配する権限があることは確かだ。だから都知事という存在はそれだけに大きい。そこであまた候補に名前が挙がっているが、ふさわしいと思うのは「湯浅誠」さんが一番だと思う。鳥取県知事を務めた片山善博氏もいいが、ここは若い湯浅さんを是非推したい。1200万人の生活に関わる厖大な政策すべてに知事が関わる訳ではないだろう。しかし都知事に求められるのは、施策に対する深い理解と、良識、見識、そして規模が大きいだけに調整能力が求められる。
あの「年越し派遣村」がなぜスムーズに進んだか。それは湯浅さんの能力と人柄があってこそだった。もちろん彼の東大法学部時代の同級生の多くが官庁にいてその人脈を生かしたということもあるだろうが、それだけではない。年越し派遣村だけではない、湯浅さんの地道な社会活動は、非常に忍耐強いものだ。
よく「強い指導力」などがリーダーの条件などと単純に書き立てるメディアもあり、政治家としてリーダーを目指す輩は、それを鵜呑みにして、強いイメージを打ち立てる。しかし実際に必要なのは、深い見識に裏打ちされた洞察力と調整能力だ。リーダーに必要なのは。決断力ももちろん必要だがそれは最後に使う政策手段のひとつにすぎない。
都知事は「人気投票が宿命」と新聞でどなたか“有識者”が言っていたが、それでいいの?
反知性主義の大衆社会に対するあきらめもあり、こうした刹那的な言説が当たり前のように流れること自体に、「刹那的になる」。
蓮舫さんでもいいけど、その時は湯浅さんを副知事なりブレーンにすることをお勧めします。でないと孤立し浮き上がって、結局は足元をすくわれる。それでなくても、早くも「差別的デマ」を流す国会議員までいるんだから。賢い蓮舫さんのことだから、その辺のことも十分分かった上で考えるだろうけど。
湯浅さんの「決断」を期待した。
2015年12月23日水曜日
出張先の「朝ラン」 名古屋と仙台の巻
出張ランは、あまり大会に参加しない「孤高のランナー」には楽しみのひとつだ。知らない(地理に詳しくない)土地のそれも都心の朝を走るのは、出張中の面倒くさいを乗り越え走ってみる面白みがる。今回は名古屋と仙台。
○名古屋市内ラン(12月2日)
泊まりは名古屋の中心地中区栄のビジネスホテル「R&B栄東」。中区役所のすぐ裏手だ。6時過ぎに準備して出た。名古屋の大通りはなにしろ幅が広い。それだから信号も長い。ひっかかるとずいぶん待たされるのにはちょっと閉口したが、歩道もすごく広いので安全に走りやすい。
区役所の前を通り、久屋大通を北上。この通りは、中央の広い遊歩道(テレビ塔もある)をはさんである非常にデカい通りだ。(東京にはこんな通りはない)。
ホテルにあった簡易な地図を頼りに、大通りの東側の歩道を走ったら、認識と実際に走った道が違っていていつのまにか細い道になった。あとで調べたら愛知県庁の裏側だった。
ともかく、信号「市役所東」で左折して、名古屋城の端っこに出る。そこから左回りに名古屋城を一周した。思ったより短く、大阪城より小さいという印象を受けた。四方を3つ通って、お城の南側に出ると天守閣への入り口があるが、そこは「有料」でもちろん朝はやっていなかった。
(この点、大阪城が天守閣のすぐ真下で大勢がラジオ体操していたのとは対極だ)
お堀は西側と南側に残っていた。ちょっとあっけないお城めぐりだった。距離もそう出ていないので、とりあえず久屋大通りを南下、今度は道の右側、つまり西側を走った。途中から真ん中の遊歩道を走ってみたけど、かえって走りにくかった。途中、アーチ型の歩道橋がかかっているところもあるけど、すべての交差道路にかかっている訳ではなく、連続して走るには不向きだ。
栄をまでだとあまり距離がないので、今ん度は高速道路にぶつかる若宮大通りまで行く。少し周遊しながら、再び道の真ん中の遊歩道を北上して宿に帰った。距離は8.5㎞ほど。正直、少し物足りなかったけど、他に目標物が分からなかったからそこで打ち止め。
宿泊したホテルは安くでよいのだけれど、無料の朝食が少し貧弱。パンとゆで卵とスープとコーヒー、ミルク、ジュースだけだ。朝ランの身にとしてはもう少し食べたかったけど・・・。(笑)
名古屋市はご承知のように碁盤の目のような道だ。もう少し街をしれば、走る場所ももっと開発できるだろう。これからの楽しみだ。
○仙台市ラン(12月14日、15日)
仙台出張は、日曜入りだったので、月、火と2日間のランの機会があった。
泊まりは仙台駅から徒歩15分、県庁手前の「法華クラブ」。愛宕上杉通りと定禅寺通りの交差点の少し南だ。
●1日目
仙台も中心部は比較的碁盤の目になっている。朝5時半に目が覚めたが、真っ暗なのには驚いた。6時近くなってもまだ真っ暗だ。この日の日の出時刻を調べたら、なんと6時45分だった。
東京が6時42分なので3分しか違わないのに、ものすごく暗く感じたのはなぜなんだろうか。
ちなみに福岡が7時14分だった。
ホテル法華クラブを出て、愛宕上杉通りを北上。片側2車線だけど路側帯が広く歩道も広い道で、走るのには快適だ。右側にNHK仙台放送局を見て、左側に真新しいNTTドコモの高いビルを見て走る。しかし道は、左手に東北大学の農学部あたり、2㎞もいかないうちに細くなった。仙台市の中心街は意外と小さいと感じた。しばらく行くと、北仙台駅付近。山形と仙台を結ぶ仙山線の高架を見ながら、西に折れて進む。突き当りを更左に折れて南下。右側の東北大学病院沿いに右(西)に折れて進む。
この辺で引き返そうかと思って周囲を見上げたら、タワーマンションが見えた。ライオンズマンション青葉広瀬だった。(後で調べたら)。とにかくその「麓」まで行って、少し戻るように、回り道をして広瀬川に出る。
広瀬川は河岸段丘になっている所も多く、河川敷を走るという状態ではない。(もっと下流にいくと河川敷に出られると、あとから聞いた)。大きくくねった広瀬川の橋を渡ると左手は仙台第二高校だ。左前に東北大学のキャンパスを見ながら、左に折れて、再び橋を渡る。いわゆる仙台西道路だ。昔、山形から仙台に出る時には必ず通った道の「上」を走っている感じ。仙台市の中心街に戻り、一番町のアーケードの中を北上して、イルミネーションで有名な定禅寺通り右折して宿に戻る。だいたい9㎞ちょっとの道のりだった。
●2日目
青葉城を目指す。宿から南下して、青葉通りを西へ、広瀬川を渡り、仙台国際センターの前を左に折れて裏から青葉城へ。ここから結構な登りだ。(部分的にはほとんど登山)。
走ることが無駄なような急坂だが、「走った」。思いだしたのは村上春樹の「走ることについて語るとき、ぼくの語ること」だ。この中で、村上さんはサロマ湖100㎞マラソンに出た時のことを書いている。くたびれてきても「決して歩かなかった」歩くようなスピードになってても「走る」ことにこだわったことが記されていた。それに倣い、急坂をほとんど足が靴のサイズの30㎝弱しか前に出ないけれど、走った。そして道路と合流し、その脇に遊歩道(時々階段になっていた)を「走って」青葉城に着く。距離にしたらたいしたことはないが、急坂を走るという経験がないだけに、きつかった。
翌日、すねの前の筋肉が痛かったので、登り坂で使う筋肉は違うということに気付かされた。
身体が冷えるので写真をとって早々に青葉城を後にする。
青葉城はなんと「護国神社」になっていることを知った。お城の中に「護国神社」というのは初めて知った。もちろん神社境内には入らなかったけどね。
○名古屋市内ラン(12月2日)
泊まりは名古屋の中心地中区栄のビジネスホテル「R&B栄東」。中区役所のすぐ裏手だ。6時過ぎに準備して出た。名古屋の大通りはなにしろ幅が広い。それだから信号も長い。ひっかかるとずいぶん待たされるのにはちょっと閉口したが、歩道もすごく広いので安全に走りやすい。
区役所の前を通り、久屋大通を北上。この通りは、中央の広い遊歩道(テレビ塔もある)をはさんである非常にデカい通りだ。(東京にはこんな通りはない)。
ホテルにあった簡易な地図を頼りに、大通りの東側の歩道を走ったら、認識と実際に走った道が違っていていつのまにか細い道になった。あとで調べたら愛知県庁の裏側だった。
ともかく、信号「市役所東」で左折して、名古屋城の端っこに出る。そこから左回りに名古屋城を一周した。思ったより短く、大阪城より小さいという印象を受けた。四方を3つ通って、お城の南側に出ると天守閣への入り口があるが、そこは「有料」でもちろん朝はやっていなかった。
(この点、大阪城が天守閣のすぐ真下で大勢がラジオ体操していたのとは対極だ)
お堀は西側と南側に残っていた。ちょっとあっけないお城めぐりだった。距離もそう出ていないので、とりあえず久屋大通りを南下、今度は道の右側、つまり西側を走った。途中から真ん中の遊歩道を走ってみたけど、かえって走りにくかった。途中、アーチ型の歩道橋がかかっているところもあるけど、すべての交差道路にかかっている訳ではなく、連続して走るには不向きだ。
栄をまでだとあまり距離がないので、今ん度は高速道路にぶつかる若宮大通りまで行く。少し周遊しながら、再び道の真ん中の遊歩道を北上して宿に帰った。距離は8.5㎞ほど。正直、少し物足りなかったけど、他に目標物が分からなかったからそこで打ち止め。
宿泊したホテルは安くでよいのだけれど、無料の朝食が少し貧弱。パンとゆで卵とスープとコーヒー、ミルク、ジュースだけだ。朝ランの身にとしてはもう少し食べたかったけど・・・。(笑)
名古屋市はご承知のように碁盤の目のような道だ。もう少し街をしれば、走る場所ももっと開発できるだろう。これからの楽しみだ。
○仙台市ラン(12月14日、15日)
仙台出張は、日曜入りだったので、月、火と2日間のランの機会があった。
泊まりは仙台駅から徒歩15分、県庁手前の「法華クラブ」。愛宕上杉通りと定禅寺通りの交差点の少し南だ。
●1日目
仙台も中心部は比較的碁盤の目になっている。朝5時半に目が覚めたが、真っ暗なのには驚いた。6時近くなってもまだ真っ暗だ。この日の日の出時刻を調べたら、なんと6時45分だった。
東京が6時42分なので3分しか違わないのに、ものすごく暗く感じたのはなぜなんだろうか。
ちなみに福岡が7時14分だった。
ホテル法華クラブを出て、愛宕上杉通りを北上。片側2車線だけど路側帯が広く歩道も広い道で、走るのには快適だ。右側にNHK仙台放送局を見て、左側に真新しいNTTドコモの高いビルを見て走る。しかし道は、左手に東北大学の農学部あたり、2㎞もいかないうちに細くなった。仙台市の中心街は意外と小さいと感じた。しばらく行くと、北仙台駅付近。山形と仙台を結ぶ仙山線の高架を見ながら、西に折れて進む。突き当りを更左に折れて南下。右側の東北大学病院沿いに右(西)に折れて進む。
この辺で引き返そうかと思って周囲を見上げたら、タワーマンションが見えた。ライオンズマンション青葉広瀬だった。(後で調べたら)。とにかくその「麓」まで行って、少し戻るように、回り道をして広瀬川に出る。
広瀬川は河岸段丘になっている所も多く、河川敷を走るという状態ではない。(もっと下流にいくと河川敷に出られると、あとから聞いた)。大きくくねった広瀬川の橋を渡ると左手は仙台第二高校だ。左前に東北大学のキャンパスを見ながら、左に折れて、再び橋を渡る。いわゆる仙台西道路だ。昔、山形から仙台に出る時には必ず通った道の「上」を走っている感じ。仙台市の中心街に戻り、一番町のアーケードの中を北上して、イルミネーションで有名な定禅寺通り右折して宿に戻る。だいたい9㎞ちょっとの道のりだった。
●2日目
![]() |
| 青葉城の城壁は美しい |
翌日、すねの前の筋肉が痛かったので、登り坂で使う筋肉は違うということに気付かされた。
身体が冷えるので写真をとって早々に青葉城を後にする。
青葉城はなんと「護国神社」になっていることを知った。お城の中に「護国神社」というのは初めて知った。もちろん神社境内には入らなかったけどね。
![]() |
| 仙台市の紹介では(定番」の伊達正宗像 |
2015年11月24日火曜日
イスラム文化を風刺と称して侮蔑してきた仏社会の背景にも目を向けるべきだ。テロについて。
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロも、今回のパリで起きた130余りが亡くなったテロも、大きな出来事であること異論はいなし、それを容認するものでもない。
しかし。しかしである。報道のあり方も含めて、各国(特に西ヨーロッパ)の態度には少し違和感を覚える。
テロは背景は何か。
フランス人(と、十把一絡げに扱うのはナンセンスなことは重々承知しながら)が、風刺と称して、イスラム文化を侮蔑するような漫画を掲載して騒動を起こしたのは記憶に新しい。またそういうメディアを容認する「純粋フランス人」社会の世間があるからこそのメディアの振る舞いなのだろう。
そうしたことを考えると、イスラム文化圏の人々の中には、過激な行動をとる者が出てくる可能性を大きくしていると言えまいか。
「自由という価値観を共有する」とはいうフレーズには注意が必要である。自由は、ステータスの高い、文化資本も備えた階層の人々が持っているいるもで、西欧の繁栄を底辺で支えてきた移民には通じない言葉ではないか。
詳しく調べた訳ではないので的外れかもしれないが、フランスに多くいるアフリカ系の人々が仏社会でスポーツや芸能以外でエラくなったというのを見たことがない。それほど階級社会が固定されていると見ることは間違っているだろうか。それはイギリスでも同様だろう。その意味ではアメリカの方がまだしも多様性があり、そしてアフリカ系、アジア系、ヒスパニックもステータスを上げることができる可能性があるように見える。
かつて西ヨーロッパでは、庶民階級に教育を施すのを上流階級の人々は反対した。「既得権」が既得権でなくなること恐れたのだ。(と、世界史の教科書に書いてあったように記憶する)
フランスの掲げる「自由」はご都合主義にも見える。
今回のテロを「手放し」で批判する気にはなれない。もっと深く考えることが必要だ。しかしメディアの多くはその材料すら提供しようとしていない、ように思える。
追記:
このつたない論考を書いていたら、AERAで内田樹さんが、同様のことをもっと深く指摘していらっしゃったのを「ちょっと見」で見つけた。そちらの方が参考になる。当然だけど。
しかし。しかしである。報道のあり方も含めて、各国(特に西ヨーロッパ)の態度には少し違和感を覚える。
テロは背景は何か。
フランス人(と、十把一絡げに扱うのはナンセンスなことは重々承知しながら)が、風刺と称して、イスラム文化を侮蔑するような漫画を掲載して騒動を起こしたのは記憶に新しい。またそういうメディアを容認する「純粋フランス人」社会の世間があるからこそのメディアの振る舞いなのだろう。
そうしたことを考えると、イスラム文化圏の人々の中には、過激な行動をとる者が出てくる可能性を大きくしていると言えまいか。
「自由という価値観を共有する」とはいうフレーズには注意が必要である。自由は、ステータスの高い、文化資本も備えた階層の人々が持っているいるもで、西欧の繁栄を底辺で支えてきた移民には通じない言葉ではないか。
詳しく調べた訳ではないので的外れかもしれないが、フランスに多くいるアフリカ系の人々が仏社会でスポーツや芸能以外でエラくなったというのを見たことがない。それほど階級社会が固定されていると見ることは間違っているだろうか。それはイギリスでも同様だろう。その意味ではアメリカの方がまだしも多様性があり、そしてアフリカ系、アジア系、ヒスパニックもステータスを上げることができる可能性があるように見える。
かつて西ヨーロッパでは、庶民階級に教育を施すのを上流階級の人々は反対した。「既得権」が既得権でなくなること恐れたのだ。(と、世界史の教科書に書いてあったように記憶する)
フランスの掲げる「自由」はご都合主義にも見える。
今回のテロを「手放し」で批判する気にはなれない。もっと深く考えることが必要だ。しかしメディアの多くはその材料すら提供しようとしていない、ように思える。
追記:
このつたない論考を書いていたら、AERAで内田樹さんが、同様のことをもっと深く指摘していらっしゃったのを「ちょっと見」で見つけた。そちらの方が参考になる。当然だけど。
2015年7月30日木曜日
タバコを巡って② 受動喫煙の健康被害を軽んじる渋谷区
いわゆる「シブヤ」=ハチ公のいるスクランブル交差点を中心とする繁華街とその周辺部は、渋谷区の一部かもしれない。が、同時に渋谷区のカオでもある。以下、このシブヤでの話し。
この7月から再び渋谷区内に通勤するようになって、改めて気付いたことがある。いわゆる若者(バカ者とも言う)は、人の迷惑に無頓着な輩が多いということだ。しょっちゅう歩きたばこに遭遇する。そのたびに、有害紫煙に恐怖して避けて歩かなければならない。
渋谷区に喫煙条例はないのだろうか。調べてみたら、なんと、ないのだ。
あるのは単に吸い殻を路上に捨てるのは禁止」というだけだ。そしてその罰金は「2万円以下」
*************************************
【参考】 きれいなまち渋谷をみんなでつくる条例 平成九年一二月二日
(禁止行為)
この7月から再び渋谷区内に通勤するようになって、改めて気付いたことがある。いわゆる若者(バカ者とも言う)は、人の迷惑に無頓着な輩が多いということだ。しょっちゅう歩きたばこに遭遇する。そのたびに、有害紫煙に恐怖して避けて歩かなければならない。
渋谷区に喫煙条例はないのだろうか。調べてみたら、なんと、ないのだ。
あるのは単に吸い殻を路上に捨てるのは禁止」というだけだ。そしてその罰金は「2万円以下」
*************************************
【参考】 きれいなまち渋谷をみんなでつくる条例 平成九年一二月二日
(禁止行為)
第十一条 何人も、公共の場所等にみだりに吸い殻、空き缶等を捨ててはならない。
2 何人も、落書きをしてはならない。
3 犬の飼い主又は管理する者は、公共の場所等で、犬のふんを放置してはならない。
(吸い殻入れ等の設置及び管理)
第十二条 たばこ及び飲料の自動販売機を設置し、又は管理する者(以下「自動販売機設置者等」という。)は、吸い殻入れ又は回収容器(以下「吸い殻入れ等」という。)を設置し、これを適正に管理しなければならない。
(罰則)
*************************************
つまり、渋谷区では吸い殻を捨てることは罰金2万円以下の禁止行為だけど、路上喫煙は、条例
では何も制限されていない。条例に従えば、どこでも携帯灰皿を持っていれば歩きタバコもOKとい
うことだ。
なーんだそうんだったのか。これでは、路上喫煙がなくならいはずだ。
こう書くと、渋谷区の役人から反論を受けるだろう。
区は「渋谷区分煙ルール」を定めて「歩行喫煙はしない」「たばこは決められた場所で吸う」という運動を“推進”している。しかしそれは条例でない。だから罰則規定もない。
この「決まり」って何なの?。どうやってこれを守ることが担保されるのか。
しかもこの「分煙ルール」は、ご丁寧に、主要駅から半径300m以内を「重点地区」と定めている。半径300mをどうやって定義するのか。大平原でもあるまいし、どこからどこまでが300mなのか、分かりようがない。
また重点地区を定めるということは、重点地区以外は守らなくてもいいと言っているに等しいということではないのか。重点地区では何か特別に行政マンを配置するなど施策をしているのだろう
か?。さっぱい理解できない。
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/env/en_eventact/bunen2.html
では何も制限されていない。条例に従えば、どこでも携帯灰皿を持っていれば歩きタバコもOKとい
うことだ。
なーんだそうんだったのか。これでは、路上喫煙がなくならいはずだ。
こう書くと、渋谷区の役人から反論を受けるだろう。
区は「渋谷区分煙ルール」を定めて「歩行喫煙はしない」「たばこは決められた場所で吸う」という運動を“推進”している。しかしそれは条例でない。だから罰則規定もない。
この「決まり」って何なの?。どうやってこれを守ることが担保されるのか。
しかもこの「分煙ルール」は、ご丁寧に、主要駅から半径300m以内を「重点地区」と定めている。半径300mをどうやって定義するのか。大平原でもあるまいし、どこからどこまでが300mなのか、分かりようがない。
また重点地区を定めるということは、重点地区以外は守らなくてもいいと言っているに等しいということではないのか。重点地区では何か特別に行政マンを配置するなど施策をしているのだろう
か?。さっぱい理解できない。
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/env/en_eventact/bunen2.html
確かに、条例でなくてもルールを設ければ、多くの“こころある”人はそれに従うだろうし、その意味では一定の効果があることは否定しない。しかし問題は「少数かもしれないが、ワルをどうするか」ではないのだろうか。そのために法律や条例というものがあり、抑止力として罰則規定もある。法治国家なんだから。
卑近な例を出そう。
殺人罪がなくても、大多数の“善良な”人々は人を殺したりはしない。窃盗だって同様だ。多くの人は、法律がなくても人様のものを盗み出したりしないだろう。それは殺人や窃盗がフツーに行われる世の中だと安心して暮らせない。それは自分たちの社会が成り立たないということを「理解」しているからだ(と、思いたい)。
しかし、「殺人罪」という法律があるのは、多くの理性的な人々の中に、ごく少数だが殺人を犯す人がいるかもしれないからだ。実際、いる。だから罰則を設けて「禁止」している。
1000人が暮らす町で、999人が善良な人々だとしても、1人だけ殺人を犯す人いたら、この町は「怖い所」になってしまう。たったい1人、0.1%が、すべてをブチ壊す。だから「禁止のルール」は「少数者」のために存在する。
渋谷区の施策に話をもどそう。
ルールはなぜ存在するか、という原理的なことを斟酌せずにただ「禁煙ルール」を定めましたと言っても、それは実効性が担保されないし、そもそも説得力も何もない。
おそらく、条例を策定する際に、愛煙家の区議や役人が「たかがタバコ、そんなに厳しくしなくても」「まあ大目に見て・・・」などと考え、ブレーキをかけたのだろう。そして妥協案として、なんら法的バックボーンがない、曖昧な位置づけの「禁煙ルール」みたいなことを決めた。
役人も区議も、彼らはそのルールの実効性などどうでもいいと思っている。ただ、自分たちはちゃんとルールを作り、タバコの害から「区民等」を守りましたと、言い訳の材料にしただけだ。
健康を害する、また子どもなどの目の高さにあり危険とさえいえる「歩きタバコ」問題は、こうして処理された。バカにされたものだ。
ついでに言っておく。本日、悪名高いセンター街を歩きながら、吸い殻がどのくらい落ちているか数えた。スクランブル交差点までおよそ30メートルの距離だけだが、概算で50は下らなかった。条例の罰則の最高額2万円が課徴されたとしたら、これだけで100万円分だ。
渋谷区の役人は条例をどう生かしているのだろうか。この条例を駆使すれば、毎日数千万円の収入があるだろう。それをまったくやらない渋谷区は、もはや条例すら形骸化させているということだ。
性的少数者(同性愛者)を認めるのもいいけど、「区民等」の健康と安全を守るためにもっとやるべきことがあるんじゃないの。シブヤ区は。
(路上喫煙の禁止等) 第 8 条 区民等は、路上喫煙を行ってはならない。ただし、区長の指定する場所においては、 この限りでない。と、
はっきり路上喫煙の禁止を謳っている。ただし罰金などの罰則規定はない。
一方、第 7 条では「 区民等は、道路、公園、広場、公開空地その他の公共の場所に空き缶等をみだりに捨 ててはならない。」と言い、2万円以下の罰金も設けている。
空き缶を捨てるのは2万円以下の罰金だけど、吸い殻はいいらし。
新宿も渋谷も目くそは鼻くそだね。これ以上、バカらしいから調べるのはやめるけど、まあまともな条例があるのは千代田区くらいかもしれない。 以上、バカらしい話を延々書いて疲れた。
ルールはなぜ存在するか、という原理的なことを斟酌せずにただ「禁煙ルール」を定めましたと言っても、それは実効性が担保されないし、そもそも説得力も何もない。
おそらく、条例を策定する際に、愛煙家の区議や役人が「たかがタバコ、そんなに厳しくしなくても」「まあ大目に見て・・・」などと考え、ブレーキをかけたのだろう。そして妥協案として、なんら法的バックボーンがない、曖昧な位置づけの「禁煙ルール」みたいなことを決めた。
![]() |
| 喫煙所からいつもはみ出ている。ちゃんと中で吸え!(netより引用) |
健康を害する、また子どもなどの目の高さにあり危険とさえいえる「歩きタバコ」問題は、こうして処理された。バカにされたものだ。
ついでに言っておく。本日、悪名高いセンター街を歩きながら、吸い殻がどのくらい落ちているか数えた。スクランブル交差点までおよそ30メートルの距離だけだが、概算で50は下らなかった。条例の罰則の最高額2万円が課徴されたとしたら、これだけで100万円分だ。
渋谷区の役人は条例をどう生かしているのだろうか。この条例を駆使すれば、毎日数千万円の収入があるだろう。それをまったくやらない渋谷区は、もはや条例すら形骸化させているということだ。
性的少数者(同性愛者)を認めるのもいいけど、「区民等」の健康と安全を守るためにもっとやるべきことがあるんじゃないの。シブヤ区は。
斉藤 環さん(精神科医・評論家)の言葉を借りれば、渋谷区はそこにたむろする若者だけでなく、
区役所の職員、区議も「ヤンキー化」しているんだろう。
区役所の職員、区議も「ヤンキー化」しているんだろう。
ちなみに隣の新宿区では、
「新宿区空き缶等の散乱及び路上喫煙による被害の防止に関する条例」で、(路上喫煙の禁止等) 第 8 条 区民等は、路上喫煙を行ってはならない。ただし、区長の指定する場所においては、 この限りでない。と、
はっきり路上喫煙の禁止を謳っている。ただし罰金などの罰則規定はない。
一方、第 7 条では「 区民等は、道路、公園、広場、公開空地その他の公共の場所に空き缶等をみだりに捨 ててはならない。」と言い、2万円以下の罰金も設けている。
空き缶を捨てるのは2万円以下の罰金だけど、吸い殻はいいらし。
新宿も渋谷も目くそは鼻くそだね。これ以上、バカらしいから調べるのはやめるけど、まあまともな条例があるのは千代田区くらいかもしれない。 以上、バカらしい話を延々書いて疲れた。
2015年5月10日日曜日
山形・月山の異変。こんな5月は初めてだ。春スキーから異常気象と温暖化を考える。
![]() |
| 2015年5月6日:姥ケ岳のピークから見た月山山頂(右奥) 日本海側(西側)にはほとんど雪がついていない |
朝6時過ぎに山形市を出て、山形自動車道をゆっくり西川町に向かい、自動車専用道路の終点から、昔のいわゆる六十里超えの道を月山に向かう。
しかし、何かいつもの年と比べてヘンだ。ふもとの弓張平のグラウンドのところにはほとんど雪がない。アレ、と思いつつ志津の集落まで進んでも雪がまばらにしか見えないのだ。
山形市から車を走らせながら遠くに月山を仰ぎ見た時は、そうした変化には気付かなかったが、近づいてみると、明らかに今年は雪が少ない。
![]() |
| 2014年5月4日:月山山頂を臨む この年も雪が少ないと感じたの だけれど、更に少ないとは…。 |
*****************************************************
右の写真は、去年(2014年)の5月4日に撮影したもの。上の写真と撮影位置は異なるが、山頂への斜面の雪が明らかに違う。
感覚的には1か月アト(6月並み)の雪しか今年はなかった。
これが、たんなる、年による「違い」ならばいいけど・・・。
*****************************************************
さて、
志津の集落を過ぎ、つづら折の道の高度を上げていくと、いつもは両側に表れる、雪の壁もほとんどない。午前7時半前、姥沢の駐車場に着く。気温は、朝はやはり低い。けっこう凍えるほどで、しっかり防寒の準備をした。
![]() |
| 2015年:リフトの下り場にある「月山」の看板。 周りの雪はスキーヤー用に運んできている。 |
8時から動くリフト。乗客としては2番目だった。前には中年男女の登山客のみ、スキーを持った者としては1番乗りだった。この時間のリフトおり場はまだまだ寒い。天気はいいが風が少し強い。
驚いたことにいつも一面雪に覆われているリフトおり場周辺に雪がないのだ。見慣れた看板もしっかり地面が出ている。スキー客のためにブルドーザーで運んできた雪で、雪道が作られている。
こんなことは30年近く月山に通っていて(毎年ではないが)、初めてのことだった。
![]() |
| 2014年5月4日:山頂への斜面。 下に見えるのが姥ケ岳だ。 |
駐車場からの見えた月山の山頂方面だが、改めて目をやると、もう南斜面の上の方には雪がついていない。どう見ても1か月先の光景だ。これでは山頂を目指すスキーヤーはいないだろう。
(冒頭の写真が、その時の光景)
去年、ここに来たのは5月の4日。前日降雪があり、宿で気を付けてくださいとアドバイスをもらったくらいだった。この違いはなんなのだろう。
![]() |
| 2015年:姥ケ岳から庄内平野と日本海を臨む。 普段はこちらの稜線は一面白なのだが・・・・。 |
山頂を目指すのはやめた。スキーをつけて、姥ケ岳をくだり、最近月山ではやりの「コブ」を練習することにする。まだスキーヤーもまばらだ。雪も比較的締まっている。浅いコブを選び、練習した。
気温はぐんぐん上がってきた。朝は寒く感じたのがウソのように、暑いほどだった。
1度少し休んで、リフト回数券7回分を滑り終えたのが11時半すぎ。持ってきたおにぎりはリフト小屋併設の食堂で豚汁を頼んで食べた。早めに帰ることにする。
駐車場から、志津集落まで滑って下りられる「清水コース」は4月30日に閉鎖されたと看板があった。
このコースは、ブナ林の中を滑って下る、非常に気持ちのいいところだ。車で上がってきてしまったので、もとより滑って降りる訳にはいかないが、連休中、このコースを楽しみにしていた人もいるだろうに。
![]() |
| 2014年5月4日:月山の広い稜線にあがり、山頂はすぐそこ。 山小屋や社の埋まり具合からすると、まだ相当雪はあった。 |
農業についてはシロウトなので適当なことを言っているのかしれないが、例年と違うというのは、農家にとって神経つかうことだけは確かだろう。
簡単に言うと、春がなくて冬からいきなり夏になる感じ。これは東京でも感じているが、つまり温帯から亜熱帯に東日本もなりつつあるということではないか。
![]() |
| 2015年:ふもとの弓張平。例年に比べこの時期としていは、 極端に雪が少ない。桜が咲いていた。 (奥にかすかに月山が見える) |
高知に2年ほど暮らして、冬からいきなり夏の感覚は経験している。5月に引っ越して、子どもが幼稚園に行く時にはすでに夏服の季節だった。そして6月に入るとすぐ「プール遊び」が始まったように記憶している。
こうした気象状態がじわじわ北上し、日本列島全体が亜熱帯になることも絵空事ではないだろう。現実に月山の雪から感じているのだ。いずれ月山の春スキーなんているものもなくなってしまうかもしれない。
わたしたちはこの異常気象を止められないか。
先日のニュースで地球の二酸化炭素の濃度が過去最高になったと伝えていた。↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150507-00000029-jij_afp-env
世界の大気中CO2濃度、月平均で最高値更新 米NOAA
世界の大気中CO2濃度、月平均で最高値更新 米NOAA
AFP=時事 5月7日(木)13時52分配信
生きる世の中にさまざまなリスクがある。もちろん原発も「大きな」リスクに違いない。しかし地球温暖化は、ひとつの側面から見れば、更に大きな「リスク」なのではないか。温暖化による異常気象で起きる災害死、砂漠化による干ばつで起きる飢餓。
ひとつのことに目を向けて「危険」「やめるべき」という主張は、それ自体は正しいかもしれないが、『全体最適』として見た場合は、また違った見方が出てくる。
原発はないに越したことはない。この考えに同意するが、人類がエネルギーの欲望から逃れられない中で、リスクを除去する方法のひとつとして原発はハナから排除する考えには同意できない。もう少し深く考える必要がある。
5月の月山の、あの雪とブナ林のすがすがしさを、子どもだけでなく、その次の世代にも末永く味あわせてあげたいから。
生きる世の中にさまざまなリスクがある。もちろん原発も「大きな」リスクに違いない。しかし地球温暖化は、ひとつの側面から見れば、更に大きな「リスク」なのではないか。温暖化による異常気象で起きる災害死、砂漠化による干ばつで起きる飢餓。
ひとつのことに目を向けて「危険」「やめるべき」という主張は、それ自体は正しいかもしれないが、『全体最適』として見た場合は、また違った見方が出てくる。
原発はないに越したことはない。この考えに同意するが、人類がエネルギーの欲望から逃れられない中で、リスクを除去する方法のひとつとして原発はハナから排除する考えには同意できない。もう少し深く考える必要がある。
5月の月山の、あの雪とブナ林のすがすがしさを、子どもだけでなく、その次の世代にも末永く味あわせてあげたいから。
![]() |
| 今年は“残念ながら”単独行となった。 愚息は「受験勉強」 |
![]() |
| 2013年5月5日の月山(姥沢の駐車場から) 右奥のちょっと見えているのが月山主峰 雪の量が今年とまったく違うのが分かる |
2015年3月26日木曜日
「図書館はタダ」で、いいのだろうか
新潮45の2015年2月号の特集は
「『出版文化』こそ国の根幹である」だ。
この特集の中に、「図書館」批判の論文がいくつか出てくる。
●図書館の“錦の御旗”が出版社を潰す/石井昻
を興味深く読んだ。図書館のありかたについて、再度、少し考えてみたい。
これまで「大田区区立図書館とのバトル」で少し触れてきたが、
石井氏の主張には、出版社の言い分として傾聴に値するものがる。
言っていることは、きわめて明瞭だ。
「本を1冊作るのには大変な労力が必要であり、それ自体は赤字。出版社はヒットした書籍の重版で、かろうじて持っている。
だから新刊本を貸し出すのはやめてほしい。せめて半年猶予がほしい」というものだ。
形ある物を作り出すのは、どんなものでも、それなりの労力がいる。創作料理でも、テレビ番組でも、また家ひとつでもそうだろう。しかし私たちは、出来た結果しか普段は目にしないから、そこまでの道程でどんな人々の創意工夫と努力があったなどとはあまり想像できない。いや、「しない」のだ。
それは、『消費社会』のメンタリティーそのものであろう。イイ物が安価にお金を出せば買える時代。それはそれで「良いこと」だが、そのためにわれわれはすべてのものが、安価、もしくは安易に買えるものだと錯覚してしまう。結婚相手だって、アプローチしたり、振られたり、さまざま努力して得なくても、お金を出して結婚斡旋会社に「ベストマッチ」を探してもらえば手に入れられる時代だ。
だから、多くの人が錯覚を持ってしまうのも止むを得ないかもしれない。
ユニクロのヒートテックが開発されるまで、関係者のさまざまな探究心と苦労があったかもしれない。しかし大量に作って売ることで、そのコストは回収できるので、この会社は、作るのが大変だったんだヨなんて、あまり主張しない。着る方も1,000円以下で快適に着ている。
だから「良書」もそんなもんと思ってしまうのか。
でも、それでいいの?と石井氏は問いかけているのである。読みやすい新書ならば、2時間もあれば読み終わってしまう。皮肉なことに「良書」ほど、スラスラ読めるから読書時間が少なくて済む。
(反対にウッカリ「悪書」を読み始めると、なかなかページが進まないので時間がかかったりする。(まあそれも楽しみであるけれど)
石井氏の主張は、ひとつの書籍を生み出す苦労話ではない。モノを生み出す手間ヒマを素直に記してくれたと思う。読む方も、こうした制作者に創造力を働かせる必要があるだろう。
貧乏人は本を読むなと言っている訳ではない。ベストセラー本を大量に図書館が購入するのは、如何なものかと、疑問を呈しているのである。その主張に私は同意する。
でないと、出版社はどんどん「単に売れる本」ばかりに傾斜していってしまうだろう。それでなくても、新書はいささか粗製乱造気味なんだから。
一方図書館はいまどういう状況か。
これは何度も記してきたが、住民への「サービス向上」である。多くの自治体で図書館業務が委託や指摘管理者に「下請け」されている中で、入館者数や貸し出し冊数は、「サービス」のひとつの指標となっているだろう。だから、多くの人に貸し出されるようベストセラーをいち早く多く取りそろえる。それが「指定管理者の生きる道」だ。
自治体経営者(首長)は、「お役所批判」を極力避けるように行動することが構造化されている。
「お役所は非効率」「税金の無駄遣い」との批判されるのを一番恐れる。次の選挙を考えると、「お役所仕事を一掃しました」と言いたい。
だから「民間並みのサービス」をすることが一番とされているのだろう。
私の知る限り、いま平日、日中の図書館は、リタイア人、ヒマを持て余す人の憩いの場だ。
よく利用する都心・港区のある図書館に、開館時間の9時を少し過ぎたろに行くと、新聞・雑誌コーナーに陣取っている大半の人は、いわゆる「お年寄り」。そして時々、近くに「棲む」ホームレスらしき人もいる。
住まいの近くの都内住宅地の某図書館も、似たようなものだ。
新聞コーナーはいつ同じ顔ぶれの人に占領されている。
行き場所のない人に夏は冷房、冬は暖房のよく効いた場所と読み物をダタで提供してくれる、こんないいところはない。
何もこれが悪いという言っているのではない。平日働いている者にも、もう少し使い勝手のいい図書館になってほしいということだ。せめて閉館時間をせめてもう少し遅くする。年末年始も、閲覧のみでいいから開館する。それが納税者へのサービスなんじゃないかな。
売れる本を買い漁って、出版社を苦しめるのが公立図書館の役割ではないだろうに。
図書館の役割を考えることは、出版社の社会的役割を考えることであり、それは大きくいえば、われわれの生きている社会の『文化』を考えることでもある。出版社を「向こう」(すなわち、“売れる”大衆的読み物ばかり出す組織)に追いやらないためにも、読者の側も、守っていく「心遣い」が必要だろう。
もちろん出版社も私企業であり、石井氏も書いていたように「高給批判」もある中で、程度問題ということもあるが、ルールは確立されてもいい。
再販制度の問題は古くて新しい課題だろうが、いまのところ、この制度が「自由な経済活動を著しく妨げている」問題とは思えない。性急な制度改革をする緊急度がテーマではないだろう。
ただ、「消費税の軽減税率の適用」には反対である。(新聞社が主張しているが、出版社が主張しているかどうかは知らないけど)。
これは税制全体の問題であり、税の軽減という形で「保護」するのは、まったくオカと違いだ。税はあくまで「公平」であるべきだ。(別項「消費税は最も公平な税制」で記したことを、再度考えてみたい)
※「出版文化」こそ国の根幹である、という通しタイトルにはちょっと違和感。別に国を守るために、出版文化があるわけではないだろう。国などという「再帰的」なものはどうでもいい。共通した言語で文化活動をしている「わたしの生きている“社会”」が大切なのだから。まあ、どうでもいいけど。
2014年5月27日火曜日
東北六魂祭はにぎわったようだが・・・。地方都市はどうなっていくのか。
「東北六魂祭」が、今年は山形であった。震災の年から始まった、東北6県の祭りをあつめたイベントは、太平洋側3県が終わり、日本海側では初めて山形で行われたのだ。
山形市の中心街はそざかし賑わったことだろう。
祭りが行われた通りは、毎年夏「花笠まつり」で花笠音頭が踊られる、市の目抜き通り「七日町通り」ではなく、その北側の拡幅されてあたらしくなった「新築西通り」だったようだ。
でも地方都市「山形」が賑わうのは、こうしたお祭りの時や大型連休やお盆の時期くらいだ。
5月の大型連休前後に山形にしばらく滞在した。
連休中こそ帰ってきた若者や家族連れ、また観光客で、新幹線は混雑し、市内も賑わっていた。しかし、旗日が終わった5月の7日、8日は、山形市の中心街は、さびしい限りだった。
![]() |
| 「asahicom」より引用 |
要因のひとつには、イオンモールなど郊外型のショッピング施設が、山形市の北と南の両方にあるなど、地方都市内の「問題」もあろうが、それだけではない。高齢者人口そのものも減少しつつあり、かつまた「元気な老人」が減ってきているのではないだろうか。
30年前、初めてこの地で暮らした時に比べ、確かに町はキレイになった。ミニとはいえ新幹線の開業、それに伴う駅前の開発、城下町の細い道路は次第に整備され、スムーズになった中心街。しかし人は明らかに“減った”。
実は、山形市の総人口はここ20年、ほぼ25万人前後であまり変化はない。しかし、ごく大雑把に言うと、老齢人口は2倍、若年層は2分の1になっている。“減った”と実感するのはそのためだ。
![]() |
| 山形市・七日町通り (townphoto netより引用) |
翻って、「大都市」はどうか。
東京で新聞を購読していると、このところ不動産のチラシ広告が多いことに気付く。それは今に始まったことではない。少なくともアベ政権が始まった頃から増え始めている。
アベノミクスはミニバブルで見かけ上の経済活性化をしようというものだから、不動産市場が活発になるのは、考えてみれば当たり前の話しだ。
五輪も東京で「開かれる予定」だ。しばらくは東京集中が続くことだろう。そのメリットも弊害もすべて呑み込んで。
山形の帰りに仙台に寄った。
仙台駅周辺の真新しいビルには、中小の建設会社等の「仙台支店」の看板が目立つ。震災復興の需要で、多くのカネがここには落ちてきていることが分かる。その意味では活気(けっこうギラギラした活気だが)を感じるのが今の仙台市だ。
●中心都市『東京』→その傀儡(と、いったら失礼かもしれないが)としての『仙台』。そして、多くを都市に吸い取られていってしまっている地方都市『山形』。
この構図は何も東北の都市だけではないだろう。このことが、いいのか悪いのか、正直、わからない。でも、これからの地域の「生き延び方」を考えていかなくてはならないのは確かだろう。
2014年5月24日土曜日
「木綿のハンカチーフ」で涙拭くのは、今や男性になった。
太田裕美の「木綿のハンカチーフ」。
ウィキペディアによると1976年に年間売り上げベスト4になった、彼女の最大のヒット曲だ。
恋人を置いて都会に出て行った「男子」が、“魅力的”な都会生活に次第に染まっていく。そして、ふるさとで待つ「彼女」に、最後は「僕は帰れない」と、決別していく。
彼女は「木枯らしのビル街、からだに気を付けてね」と2番で歌ったが、3番では、決別の結果、最後の願いが「涙拭く木綿のハンカチーフ下さい」と言って、歌は「完結」する。
3番まで聞かないと、タイトルの意味がわからないこの歌は、作曲:筒美京平、作詞:松本隆と出ている。歌謡曲として最強のコンビによる歌だった。
オイルショックから3年、ようやくどん底から抜け出しつつあった経済状況の76年当時、おそらく都市より地方の方がまだ不況の影響を受けていたのではないだろうか、若者男子の多くが都会に職を求めて出ていった現実のようすを、よく表した「名曲」だ。
もちろん農家の後継ぎの「嫁不足」はすでにあって、それはそれで農村社会では大きな問題だったが、ここでは置いておく。
「木綿・・」のヒットから40年。最近の新聞記事によると、これとはまったく逆の現象が起きていることが報道されている。
地方から若い女性がどんどん減っているという。それは子どもを産む世代が地方から減少していることを意味している。
5月1日のNHK「クローズアップ現代」では、「極点都市、新たな人口減少クライシス」として、地方都市では老齢人すら減少しているところがあり、そうした所では、女性の働き場所だった介護施設すら職場減少していることを指摘していた。
大都市への人の流れ、特に若い女性の進出は止まらず、それが地方の疲弊と少子化に一層拍車をかけているという分析には説得力があった。
都会で家庭を持って生活するのはハードルが高い。結果、未婚のままの女性も増えていく。(もちろん結婚できない男性も増える)。
これが少子化を亢進するサイクルのひとつになているのだろう。
緩慢な変化は気づきにくい。まして都会で、自分や家族を養うのに精一杯の精一杯の生活をしていると、社会の全体状況なんかには、気を回す余裕など、多くの人にとってはないだろう。
ある意味、社会の病理ともいえる、今日的状況は、ジワジワ進行するガン細胞のごとく、日本社会を蝕んでいる。それは単に、都会が豊かで地方は疲弊するといった単純な物言いで片付けられない問題だ。
ヒトはだれでも豊かになりたいと望んでいる。もちろんその「豊かさ」とは、一様ではなく、人によって価値観も実感も違うだろうが、少なくとも今より後退することを望んでいる人はいないだろう。
さまざまな意味での豊かさを維持するには、地方も地方なりの維持能力を備えている必要がある。
気が付いた時には涙ふくハンカチすらもなかったという世の中にはしたくない。次世代の人々がすこやかに暮らしていくためにも。
ウィキペディアによると1976年に年間売り上げベスト4になった、彼女の最大のヒット曲だ。
恋人を置いて都会に出て行った「男子」が、“魅力的”な都会生活に次第に染まっていく。そして、ふるさとで待つ「彼女」に、最後は「僕は帰れない」と、決別していく。
彼女は「木枯らしのビル街、からだに気を付けてね」と2番で歌ったが、3番では、決別の結果、最後の願いが「涙拭く木綿のハンカチーフ下さい」と言って、歌は「完結」する。
3番まで聞かないと、タイトルの意味がわからないこの歌は、作曲:筒美京平、作詞:松本隆と出ている。歌謡曲として最強のコンビによる歌だった。
オイルショックから3年、ようやくどん底から抜け出しつつあった経済状況の76年当時、おそらく都市より地方の方がまだ不況の影響を受けていたのではないだろうか、若者男子の多くが都会に職を求めて出ていった現実のようすを、よく表した「名曲」だ。
もちろん農家の後継ぎの「嫁不足」はすでにあって、それはそれで農村社会では大きな問題だったが、ここでは置いておく。
![]() |
| 朝日新聞より「引用」 |
地方から若い女性がどんどん減っているという。それは子どもを産む世代が地方から減少していることを意味している。
5月1日のNHK「クローズアップ現代」では、「極点都市、新たな人口減少クライシス」として、地方都市では老齢人すら減少しているところがあり、そうした所では、女性の働き場所だった介護施設すら職場減少していることを指摘していた。
大都市への人の流れ、特に若い女性の進出は止まらず、それが地方の疲弊と少子化に一層拍車をかけているという分析には説得力があった。
都会で家庭を持って生活するのはハードルが高い。結果、未婚のままの女性も増えていく。(もちろん結婚できない男性も増える)。
これが少子化を亢進するサイクルのひとつになているのだろう。
緩慢な変化は気づきにくい。まして都会で、自分や家族を養うのに精一杯の精一杯の生活をしていると、社会の全体状況なんかには、気を回す余裕など、多くの人にとってはないだろう。
ある意味、社会の病理ともいえる、今日的状況は、ジワジワ進行するガン細胞のごとく、日本社会を蝕んでいる。それは単に、都会が豊かで地方は疲弊するといった単純な物言いで片付けられない問題だ。
ヒトはだれでも豊かになりたいと望んでいる。もちろんその「豊かさ」とは、一様ではなく、人によって価値観も実感も違うだろうが、少なくとも今より後退することを望んでいる人はいないだろう。
さまざまな意味での豊かさを維持するには、地方も地方なりの維持能力を備えている必要がある。
気が付いた時には涙ふくハンカチすらもなかったという世の中にはしたくない。次世代の人々がすこやかに暮らしていくためにも。
2013年11月18日月曜日
意欲ある農家も大変だ。太陽のマルシェ、月島の野菜市を体験する。
| 山形・真室川町の「仁五右衛門芋」(さといも)農家。 |
http://timealive.jp/#Marche
これは三井不動産が主体になって毎月第2土・日に開催している「日本最大級のマルシェ」というのが謳い文句だ。要するに 農産物を主体として「市」である。
この日は、曇り空で少し肌寒い日だった。昼前後のマルシェはそれでも結構込み合っていた。
周辺には、高層マンションが結構たくさんあり(俗に言うウォーターフロントということか)、また月島は古くからの下町住民も住んでいるところだ。来ている人の格好を見ると、「わざわざ遠くから」というよりは、近隣の住民が足を運んでいるように思える。
(高知市の「日曜市」を思いだした)
| websiteもある |
甘いフルーツトマトや金時いも、旬の果物など多彩な商品は、どれもおいしそうで思わず買いたくなるのだが、遠方より来た身としては、帰りの荷物の重さを思い、試食はすれど購入は正直ためらってしまった。しかしもし近くだっり、車で来ていれば思わず買っていただろう。
http://www.morinoie.com/
TPPで日本の農業の先行きを心配する人々がいる。ひとつは農協などの「既得権」勢力だろうが、そうではない、何ら利害関係がなくても、「自由化」が進むことに懐疑的な人々もいる。日本農業はどうなるのか、それは「やってみなければ分からない」としか言いようがない。
少なくとも、この太陽のマルシェに出店していた農家の方々は、「自由化」に対して反対か賛成かは、分からないが、農業に意欲を持って取り組もうとしていることは確かなのではないか。
もちろん、ショーバイに慣れていない人たちもいて、その「薦め方」は一様ではないけれど。
それにしても、農業を継いでいくのは、タイヘンなことだと思う。
ブランド化、産地間競争、知名度アップ、販路の確保、マスコミで取り上げられるかどうか、有名レストランで使ってもらえるか、等々、ちょっと考えただけでの課題はたくさんある。
実際、マルシェを回ってみて、フルーツトマト(と言う名でもないところも含め)を扱っている屋台は4つか5つあった。金時いもも何軒かあった。
「皆さん頑張れ」としか、いち消費者としては言えないが、それでも消費者として意欲ある農家を支えていこうと思う。
| 結構な賑わいだった |
| 流行りのドライフルーツ |
| どんよりした低い雲で少し寒かった |
2013年11月14日木曜日
図書館の利用者は「お客様」ではない。武雄市の「TUTAYA図書館」から考える。
![]() |
| 69年生まれの44歳。 東大経済卒の 総務省出身 |
こと「文化」に関することなので新聞なども敏感で、文化欄等で論評や論考を掲載している。
その運営方法に対して賛否があるが、確かに、これまでになかったという意味では「革新的」だし、全国の注目を集めたのも当然だろう。
日ごろから地域の公立図書館の運営に不満を持っていてる身としては、どうなっているのか興味を引く出来事だった。
で、それこそ図書館で、「図書館が街を創る。~『武雄市図書館』という挑戦」なる書籍を借りて読んだ。まあ、官僚出身の若手市長、樋渡啓祐(ひわたり けいすけ)氏による自らの政策の自慢本だ。こ。が、内容はそれなりに参考になる。
コミュニティーデザイナーの山崎亮氏との対談によると、樋渡市長が図書館改革に乗り出したきっかけは、自分が図書館のヘビーユーザーだったが、それに不便を感じたからだという。
○樋渡氏が市長になった6年半前は、図書館の年間休館日が94日あった。それを34日に減らすのも大変だったこと。
○開館時間は午前10時から午後6時。毎週火曜日が休館日だった。これでは特定の人しか利用できないので、午前9時から午後9時にし、基本的に休暇日も設けなくした。
○カフェ席を100か所設けて、くつろいで本を選べるようにした。k
○雑誌を600タイトルそろえた。
等々、「スピードこそが最大の付加価値」と言う市長としては、2期目の自信からなのか腕力でTUTAYAとの提携でこうした改革を行ったことが記されている。
![]() |
| 武雄市図書館(websiteより) |
長すぎる前振りになった。やっと本題。
私が普段利用するのは都内の港区と大田区の図書館だ。両者とも運営は「指定管理者」の業者が行っている。
それなりにサービスに力を入れていて、カウンター業務はどちらもスムーズだ。でも、どちらにも、多少不満があるし、どうにかならないかと思う。
原因は何かと突き詰めて考えた。それは「利用者」を「お客様」と勘違いしている、指定管理者、そして利用者自身にあった。
みなと図書館では、「利用者」のことを、「お客様」と呼びかけていた。指定管理者の業者の方針なのか、それとも委託元の港区役所の要請かは知らないが、すごく違和感を覚えたので、春にアンケートが行われた際に書いた。以下その時の要旨。
▼図書館利用はお客様ではない。お客様などと呼ぶから、利用者はつけ上がり、本をぞんざいに扱い、平気で盗んでいく輩が後を絶たない。
▼税金で賄われている施設の、あくまで単なる利用者なのだから、「お客様」などと呼ぶのはやめた方がいい。
そう書いたからかどうか分からないが、最近は「お客様」を聞かなくなった。
大田区の図書館ではこんなことがあった。借りに行った本を前に担当者が「この本は、汚れていますのでご注意ください」とぬかすではないか。見ると、おそらくコーヒーか何かをこぼして濡れたようだった。私は怒った。「借りた本を汚したのなら、弁償させるのが、まっとうな対応ではないか」なぜ、そのまま受け取り、また貸し出すのか。責任はどこにあるのか、と。
どういう場合に、弁償させ、どういう場合は見逃すのか。その基準はるのかないのか。聞いても納得いく答えは返ってこなかった。指定管理者の業者にどこまで権限があるのかさえ分からなかった。
図書館は公的施設として開かれた場所だ。だから無料で本の閲覧、貸し出しを行う。それは法律でも決まっている当たり前のことだとう。だがここに落とし穴もある。
行政は住民サービスの向上を目指し、「民間の知恵」を入れ、業者に委託する。(もちろん経費の節減が主目的なのは承知している)。受諾した業者はサービス向上に努め、「利用者」を「お客様」などと呼ぶトンチンカンな習慣ができたりする。また、お客様だから、少々「商品」が汚れたくらいで、「客」に弁償させるようなことはしない。
こうして、横柄で無神経な「客」が横行する。彼ら(大衆的人間)は、タダなら何でもやっていいと思っているから。
小雨が降り始めているのに、自転車の荷台にそのまま書籍を入れて帰っていく年配男性を見かけたこともある。本を汚さないために袋を持ってくる人など、あまり見かけない。
***************
武雄市の取り組み、図書館革命はよく分かった。開館日や時間の延長など、サラリーマンが利用しやすくする取り組みは大事だ。年寄や無業者のためだけに図書館があるのではない。主たる「納税者」にもっとサービスの目を向けるのは当然だ。
こうしたサービス向上には人件費がかかりなかなか難しい面もあろう。どう折り合いをつけていくかは、それこそ委託元の行政が知恵を絞るべき問題だ。
そして大田区図書館には、ひとつ提案したい。閲覧、貸し出し業務はとりあえず現行の時間でいいから、学習スペースは夜9時まで開けるべきだ。
せめて年末年始は、学習スペースを開放すべきだ。
29日から3日までしっかりお休みする大田区の図書館って何?。
日本は1月から本格的受験シーズンだ。頑張る学生に、行政ができるせめてものサービスだろう、場所を提供するのは。
登録:
投稿 (Atom)

















.jpg)

