2013年6月27日木曜日

世界遺産「富士山」に熱狂する人々のメンタリティーを“嘆く”

以前、桜一辺倒でいいんでしょうか、と書いた。
東日本大震災の被災地などでは、再生のシンボルとして桜を植えることがはやっていることなど、とかく日本人は、桜ばかりを植えたがる心情に対して疑問を呈した。(※日本人の定義については、ここでは触れない。しいていえば「日本先住民」とでも言うのだろうか。)
雲取山から見た富士山1(2011年撮影)

 言わずもがなだが、ソメイヨシノは接ぎ木でしか育たない。寿命も50年~60年と言われている。木でありながらその程度の寿命のものを植えることについて、何の疑問も持たないのだろうか。

富士山について書こうとして、ついソメイヨシノについて語ってしまった。

登山ブームであるらしい。だから登山経験のあまりない人々が「山に登ること」にあこがれ、どうせ行くなら日本で一番高い山へ、と思うのだろう。そうした需要に応えて旅行会社や山岳ガイドを生業とする人々が「弾丸登山」で素人を3774mに引っ張りあげる。

世界(文化)遺産に登録された富士山にはますますこうした人々が増えるだろう。弾丸登山について、警鐘を鳴らす報道もマスメディアで目立ってきた。

富士山に登ることが「目的化」した人々は、たとえそれが成功しても、いや、成功したら、もう山に登ろうという気にはならないだろう(と、思う)。なぜなら一番高い山に登ったことで、彼らはある種の目的を果たしたと感じるからだ。本当の「山愛好家」にはならない。

撮影2012年11月17日 自宅から
長続きする山愛好家になる人は、まずハイキングから始める人だ。自然の中で緑とおいしい空気、また星空に触れて、人工的につくられた都市にはない「何か」があることを悟った人が、「また来よう。」「違う山にも行ってみよう。」と思うものだ。

はっきり言って富士山は登ってもつまらない山だ。5合目から登り始めたら、ほとんどが森林限界以上であり、石のゴロゴロした、言ってみれば砂利道をひたすら九十九折(つづらおり)で高度を上げていくだけ。今はどうかしらないが、途中の小屋のし尿は、植物がほとんどないから分解されず臭いニオイが漂っている。
木々の息吹を感じることも、小動物や野鳥に出会うことも、ほとんどないだろう。

日本一の高さに到達すること。しいて加えればそこで「ご来光」を拝むことが目的化した山歩きなんか、どうなんですかね。
富士登山を「目的」として考えている方々。ちょっと立ち止まって考えて下さい。
撮影2013年2月25日 東京タワーより(200ミリ望遠)
雲取山から見た富士山2(2011年撮影)

2013年6月25日火曜日

原発災害、「村、町への帰還が復興」という言説は、封建制度の呪縛による発想

東日本大震災による東京電力福島第一原発の放射線漏れ事故で、「避難」を余儀なくされている人々の苦難と苦悩は、大きなものだろう。お年寄りだけでなく、仕事と子育ての関係から引き裂かれた家族の苦労は想像に難くない。
そのことを十分“理解”した上で、被災自治体が「帰還」を前提に復興を考えていること、多くのメディアも「もといた場所に帰ることが一番」という前提で報道していることに、違和感を覚えてしまう。

モノを壊されり、傷つけられたら、「現状回復」するのが原則だろう。「元通りにしろ」と叫ぶのは心情的にはもっともな話しだ。しかし世の中は、どうしても完全には元通りにはできないことも多い。だから次善の策を考え、場合によってはお金による解決策を作ってきた。交通事故の賠償を考えればわかる話しだ。

加害者側の責任は責任として追及されるべきだが、それと「元通りにしろ」という要求は分け考えなければならない。それが、こと原発災害ではごちゃまぜになっているように思える。
また、被災自治体も元通りのマチ、ムラになることが唯一の、そしてベストの選択肢だと振る舞っている。もといた場所になかなか帰れず何年もかかること。つまり人生の貴重な時間を「避難」という形で過ごすことより、「新たな生活」として過ごす方が、幸せな場合もあろう。

被災自治体が住民に「現状回復」しか青写真を示さないのは、構造的な問題があるからだ。首長にとって、また自治体で働く者にとって、わが町、わが村が存在することが、唯一の自分たちの存在価値だから。彼らにとって人口が減ることは、許せないことなのだろう。あたかも企業にとって売り上げが減ることの恐怖と似ている。サラリーマンでもそうだろう。給与が減ることはある種の恐怖だし屈辱だ。
しかしもう少しおおきな枠組みで考える必要があるのではないか。
マチ、ムラ単位でモノゴトを考えて、それに沿って政策を進めているから、埒があかない。

そもそも、(日本人)は、どうして先祖伝来の土地にこだわるのか。歳いった人が、もう「終の棲家」として動きたくないというのは別にして、これから人生がある人にとって、必要に応じて住まいを動くというのは合理的な判断だ。実際そうして生きている人もいるし、いわゆる転勤族にとっては、好むと好まざるとにかかわらずそうして生きたきた。しかし原発事故の被災地では、「元の場所に住むことが最善」という前提で動いている。そこに疑問を呈する余地を許してはくれていない。

いつまでも小さな市町村単位レベルでしか発想できないから、住民たちも抜け出せないのではないか。ひとつところに留まって暮らせというのは封建時代の発想でしかない。「中国化する日本」を読んで、その思いは強くなった。

そんな中で朝日に福島総局長・渥美好司氏の「『移住』選んでもいいのでは」というコラムが載った。研究者の言葉を借りながら、遠慮がちに「移住」の選択肢を示していた。ホンネを言うは気を遣う新聞社だから、しかたないだろうけど、実際、フクシマに居て、そうした思いに至ったのだろう。

「原発被災地域は、なかなか元通りに住めるようにならないのだから、いっそ、みんなでムラを捨て、新たなコミュニティーを作るか、周辺、あるいはもっと自由に好きな土地を選び、既存のコミュニティーに加わるというのもいい。そして、場所が決まらず対応上している放射能汚染土の最終処分場や中間貯蔵施設を、被災地に作り、その見返りの金銭を資金として生きていく方が合理的だ。」

というようなことは、おそらく自治体の長やメディアは絶対に言わないだろう。いや、言えないだろう。「ムラに帰る」ことを目指すことが、かえって被災した住民を長期にわたって苦しめていることには思いが及ばない人たちだ。
「壊したものは元に戻せ」とい「主張」のみが正しいとしされる“高度”に“大衆化”されたいまの日本ではしかたないかもしれないが・・。


朝日新聞より「引用」

2013年6月22日土曜日

朝日新聞の建前主義と「原発事故で死者はいない」高市発言

 自民党の高市早苗政調会長が、「原発事故によって死亡者が出ている状況ではない」と発言し、「問題発言」として、朝日と東京が19日の朝刊で報じた。朝日が書くように、確かに原発事故による関連死はあった。双葉病院の高齢者のように何人もの方が犠牲になったのだし、その意味では高市発言は正確とはいえず、不適切な発言だったと言える。

6月19日朝日新聞より「引用」
しかし、高市氏をかばうわけではないが、(個人的にはこのヒトはキライだ)、彼女は、原発事故そのもので、放射能の影響等による死者が出た訳ではないという主旨で言ったのだろう。それはかつて、中部電力社員が原発稼働の是非を論ずるタウンミーティングで同様の発言をしたのと構図は同じだ。
 朝日の記事は、原発事故被害者の人々の「許せない」という声を伝える構成になっている。原発(だけが)キラいな朝日が、ここぞとばかりに高市攻撃で「反原発」の声を高めた格好だ。東京新聞も同様だったが、どういう訳は毎日も読売も日経もそして、サンケイもこの高市発言の記事は載っていなかった。(正確に言えば、18日から20日の新聞をざっと見返した限りでは見つけられなかった。)騒いだのは朝日と東京だけ。

 新聞社には編集方針があり、何をどう伝えようと「正確」な記事であれば、ご自由だが、この2紙の扱いはどう見たらいいのだろうか。発言の揚げ足をとるような構成の記事には、いつもながらウンザリだ。かえってモノノ本質、本当に議論しなければならないことを見誤る気がしてならない。
それは、朝日得意の「建前」だけで議論をしようという姿勢にも見える。
 フーテンの寅さんは、口癖のように「それを言っちゃおしまいヨ」と、何かにつけ、言葉に出して言っていいことと悪いことがあると教えてくれた。それが人間関係をスムーズにする秘訣なのかもしれない。
 
 確かに「言わぬがハナ」は、美徳だが、それでは本質は見えないという側面もある。大切な議論を行う時、大事なことを決めるときは、それではダメだろう。
繰り返しになるが、高市発言は、不適切だ。しかしそれを騒ぎ立てる朝日と東京も大人げない。
同様の構図はくだんの橋下発言でも見られた。橋下の発言は決して褒められたことではないが、本質をえぐりだしたのは確かだ。発言をとりあげて騒ぎたてた女性議員たちは、その後何かの行動を起こしたのか?。風俗産業で働かざるを得ない女性たちの地位向上、生活改善に取り組むために議員として何かできることはないのか考えたのだろうか。本質をついた橋下を批判しただけではないか。これも建前の人々だろう。
橋下発言問題が一段落したあと、朝日に興味深い記事が載っていた。「建前」はひつようだという言説である。このタイミングでこんな記事を出すののは、「われわれは建前で記事を書いています。本音はいつも隠しています。」と言っているようにしか見えない。
お笑い「朝日新聞」です。ハイ。
5月22日朝日新聞より「引用」

2013年6月20日木曜日

歩きながらのスマホ。「あぶないですよ!」は、問いかけが違う


 いわゆるスマホを見ながら、ホームやコンコースを歩く“おバカ”な人たちがあとをたたない。フツーの通勤・通学のまともな人々にとっては、(ここでは何がフツーで、なにが「まとも」かは問わないけど)、迷惑千万としか言いようがない。おそらく電鉄会社への苦情も多いに違いない。じっさいこのブログで車内マナーのことを記すと、意外なほどアクセスが多い。
東急のポスターに「あぶないですよ!」というのがある。歩きながらのスマホ操作はホームへの転落の危険があるから、おやめくださいというものだ。何よりも、乗客増を優先するこの会社でも、さすがに苦情が多いのか、こうしたポスターが作られている。(東急の体質についてはも、このブログで分析した。)
毎日通勤で、このポスターを見るたびに何か違和感を持ったのが、なぜなのかしばらく自分でも分からなかった。やっと東急も「苦情に応えて対策に乗り出した」のだが、いまひとつしっくりこない。
その答えはキャッチコピーにあった。
 「あぶないですよ!」という呼びかけは何の効果もない。なざなら、スマホを操作して歩いている人々は、「自分は大丈夫」「自分は歩きながらでもスマホができる」という、万能感を持った(愚かな人々だからだ。そうした人々に、「あなたのやっていることは、身の危険がありますよ」と呼びかけても、聞く耳をもたない。

「万能感」については、教育学者の苅谷剛彦さんが
「階層化日本と教育危機~不暴動再生産から意欲格差社会(インセンティブ・デバイト)」で、述べている。
学力のない人ほど、自分は「アタマがいい」「自分の判断は正しい」、「だから学習することはない」という万能感を持ちやすいとう分析だ。
内田樹さんも著書で、苅谷さんの著書を引用して、こうした傾向を繰り返し指摘している。
人の言うことに耳を傾けず、自分の判断が常に正しいと思う人に、「あぶないですよ」と呼びかけても何も通じない。

だからキャッチコピーは、そうではなくて「迷惑ですよ!」とすべきなのだ。
「あなたの行為は他人に多大な迷惑をかけている。やめなさい」と呼びかけなければ、彼らには通じない。これでも通じないかもしれないが、少なくとも「あぶないですよ」と彼ら自身の内面に訴えかけるより、彼らの外部に影響が出ていることを訴えることの方がマシではないかナ。

書籍などから得る情報、先達のアドバイス、また目下の者の言うことでも謙虚に耳を傾ける姿勢がない限り、人に成長はない。そのことは50を超しても「肝に銘じて」おかないと、どんどん退化するだけだ。万能感を持った人々が増え、それが「大衆」というマスになったのが、現代の病理なのだろう。しかし、そう直截的に指摘するのははばかれるので、まともな「識者」もはっきりとは言わない。
オルデカの「大衆の反逆」の中にあった一節を自戒を込めて反芻した。
「大衆的なるものは、社会階層の低い人だけでなく、知識人の心の中にも宿っている」ことを。具体的言い回しは忘れたが意味としてはこういうことだったと思う。

スマホの「ながら歩き」をする人たちは、周囲にどんな影響を及ぼしているか、気が付かないという意味では、幼い子どもだ。
「坊ちゃん、お嬢ちゃん。歩く時はおもちゃはしまってネ」と言うのが一番だろう。




2013年6月18日火曜日

炎天下でレースで「汗をかかない」方法は・・・。南魚沼ハーフマラソンでの試み

メイン会場 好天すぎて暑かった!
6月9日の新潟県南魚沼市は梅雨入りしたにもかかわらず、快晴でしかも朝から暑い日になった。初めて参加する地方でのマラソン大会。ハーフであるが、自分にとってはまだ2回目のレースだ。
暑い中でどう体調を保って走り続けるか、比較的うまくいった対処法を「経験談」として記そう。

暑いと当然汗をかくので、予め水分を多くとっておくのは、いわば常識だろう。
しかし「常識を疑え」である。むしろ汗をなるべくかかないような対策を考えた。

給水所はおよそ2.5㌔おきに8か所に設けられていた。いずれも水とアミノバイタル水が用意されている。レース前はさほど水をとりすぎず、給水所をうまく利用しようと考えた。

<レース前>
閉鎖された“伝説の浦佐スキー場”が見えました。
○朝はペンションの日本食。味噌汁とお茶を少しとっただけだった。
○レースまで1時間半くらいある時間にコンビニで野菜ジュースとコーヒー(ミドルカップ)をとる。このくらいはいつもの水分摂取だ。
○レース前に、残っていたポカリスエットで200ccくらい水分をとった。
○レース10分前に、炎熱アメをなめて塩分をとる。

ジリジリ照りつける中でのスタートになる。すぐ汗が出てくるのは必至だ。
水分だけを摂ると、からだは塩分濃度を一定にしようと、汗を出す。
だからカラダの塩分濃度が薄くならないようにあらかじめしておくことを心掛けた。

<スタート後>
○走りはじめてすぐ汗が出てくる。まだ暑さになれていないカラダにはきつい。しかし思ったよりも汗の量は多くはなかった。
○給水所はすべて利用した。しかし水にはいっさい目もくれず、アミノバイタルだけをとるようにした。ただし飲みすぎないように気をつける。
○15キロすぎに、持っていたアミノバイタルパーフェクトエネルギーを吸う。(「後半に強い」というキャッチコピーに「負けて」持っていた。)

なんとか大汗をかかずに1時間48分代で走り切った。前回の谷川真理荒川ハーフのようには後半の馬力がいまひとつだったけど、この天候では上出来かもしれない。

医学的に「正しい」のかどうかは、にわかにはわからない。後半バテて、歩き出す人を何人も見たので、そういう方々よりは作戦的にうまくいったように思う。

有森裕子さんを取り上げた番組を見ていて、レース後半エネルギーが切れてくると足がしびれてくると言っていたのを思い出した。そういえば前回のレースで、最後の2,3キロは足の裏が感覚がなくなるくらいしびれていた。だから補給するモノを持って走ったのだった。
「パーフェクトエネルギー」がどれほど即効性があるのかわからない。もう少し早い段階で取った方がよかったのかもしれない。前回はスタート直前に摂取した。

「参加賞」は大型のお茶碗と山盛りのコシヒカリ 

模擬店・屋台は長蛇の列で、好評でした





2013年6月13日木曜日

アベベの「裸足ラン」を思い出した。ベアフットランを(少しだけ)試みて・・・

webより「引用」出典不明

 裸足ラン(ベアフット ランニング)が、少しブームになっている。(ランニング愛好家以外は興味ナイだろうけど)。my blog でもちょっと書いたが、ランナー雑誌だけでなくAERAなど一般誌や新聞でも取り上げるということは、関心の高まりがあるということだろう。
 そこで思いだしたのが、アベベの「裸足ラン」である。

アベベは1960年のローマ五輪と次の東京五輪でマラソンで優勝した。五輪のマラソンで2連覇した選手が、以後出ていない。
ローマでは裸足で走った。
ウィキペディアによると、それはレース直前に靴が壊れたが、足に合う靴が手に入らなかったためとなっているが、理由はどうであれ、やはり「当時の欧米の常識」からすると裸足で42.195㌔を走るのはすごい。

裸足で走るアベベを、当時の人々はどう受け止めたのだろうか。おそらく「未開の地の人間だからできたこと」と、奇異の目、物珍しさで見たのではないか。そこには、日本語で言えば「野蛮人」という先進国の人々のエートスがあったに違いない。私自身も東京五輪の時、テレビ中継か何かのアナウンスで「アベベはローマ五輪では、“なんと”裸足で走って優勝しました」というのを聞いた記憶がある。そのニュアンスには、まさしく「なんと」と言う、驚きのニュアンスが絶対的に含まれていた。

レビストロースの「野生の思想」は、「未開の人は遅れているのではなく、欧州とは別の価値の文化なのだ」ということを指摘して注目された。(原典を読まず、解説本しか読んでないわたしにはレビストロースを語る資格のカケラもないけど)

まさしくアベベは、当時の欧米的常識とは「違う価値観」で裸足で走ったのだった。今から思えば。だからいま、こんなに「裸足ラン」が注目される。50年以上もたって。
実際フルマラソンを裸足に近いクツで走る人がいるのは、私にとっては驚きであるが、同時に、「野生の思想」への回帰でもある。

ベアフットを試みるとなかなか厳しいこともある。ふくらはぎの下の筋肉の疲れがすぐにはとれない。すこしづつ、アベベに近づこうと思う。

トルコのデモは、かえってイスタンブール開催を強めた。メデタシメデタシ

トルコでのデモ(朝日新聞デジタルからの「引用」)

 トルコの反政府デモが収まらない。きょう(13日)の朝のニュースでもエルドアン首相が対話の姿勢を示し、都市の再開発の計画を、住民投票等で見直す姿勢を示したが、デモは続いていると報じていた。
日本、特に東京の「五輪誘致」に熱心な人々は、もちろん何も語らないが、これで日本が有利になったと内心ほくそ笑んでいることだろう。特にイノセ都知事などは、自身の「失言」(=ホンネ)の失点を挽回するのに格好のできごとだと思っているのではないか。
しかし、事態はまったく違う。(と、思う)
一連のトルコのデモ騒動は、かえってイスタンブール開催を有利にした。IOC委員が一番多い欧州の人々は一層、トルコでの開催を強く望んだことだろう。
トルコと地続きであり、イスラム圏の国々とも地理的に近く、またイスラム圏の人々を多く内包する欧州諸国にとって、一番の課題は「イスラムとの融和」であることは論を待たない。
もちろん一部の人々により「排斥」の運動はあるものの、排斥したからといってイスラムを無視してこれからの欧州社会を語ることなどできないのは自明のことだ。資源的な野心だけでなく、人の往来や文化、宗教にいたるまで融和なくして生きてはいけまい。
だからこそ、「トルコには頑張ってもらわなくては困る」と考えるだろう。世俗のイスラム国家として、一番欧州が受け入れやすい体制の国を、「あっち側」に追いやり追い詰めてしまう愚を犯してはならないという心理が働く。あたりまえである。
だからこそ、今の事態をぐっとこらえて成り行きを見守っている。そして首相と市民がなんとか融和してくれることを期待している。
彼ら(欧州諸国)にとって、「イスラム社会はケンカばかりしている」(言わずもがなイノセ発言)的な否定的言説で、トルコを国際的に追い詰めても何の特にもならない。
欧州はこぞってトルコを応援するだろう。それが「わが身のため」だから。

webより「引用」出典不明
東京五輪を思い出してほしい。(と言っても覚えている人は50代半ばより上の世代だろうが。)
歴史として見てもらってもいい。開催は1964年。終戦は45年だから、それからわずか19年後に東京五輪は行われている。いつ開催が決まったかは調べていないが、少なくとも4年以上前ではあったろう。1960年はどういう年だったか。言うまでもない日本は政治の季節だった。
アンポの年だ。そんな日本で世界はなぜ五輪開催を「承諾」したのか。西側の一員として、民主的な国家として、そして経済的にも自立した国になってほしいと、当時の西側の国々が望んだからにほかならない。よく言えば、五輪を契機にはやく立ち直ってほしいと思ったからであり、日本の戦後の混乱が自分たちにとばっちりとして来ないようにしたかったからだろう。
当たり前の話しだ。

※もちろん五輪開催が決まったが60年安保の前だったかもしれないが、戦後の混乱期であったことには違いない。




2013年6月4日火曜日

50代からの「裸足ラン」への道①

AERA 130506号より「引用」
















裸足ランがブームだ。本当に裸足で走らなくても、「かかと着地でない走り」をしたいとう欲求は、少しランニングをしている者ならもっているのではないか。しかし普段ひとりで走っている自己流、孤高のランナーとしては、指導を仰ぐ人もいない。そこで自分なりに研究して少し試みてみた。
以下は、その3週間の「成果」である。

①まずトレッドミルから始めてミル。
▼いきなりベアフット風走りをやっても、かえって故障をするだけだ。特に50代のカラダには要注意だ。そこでまず、トレッドミルで少しづつ試してみた。
▼2%の傾斜をつけ、時速8㌔くらいから徐々にスピードをあげる。とにかくカカトを着かないことに集中して走る。その際、ひざの曲げ方や、上半身の傾け方をいろいろ試してみる。
傾斜をつけた方がつま先から着地しやすいと思う。
▼ある程度スピードに乗らないとベアフット走りにはならない。
自分にとっていちばん「続く」スピードを見極めながら、最初は30分ほど走った。

②無理をせず少しづつ筋肉を鍛える。
▼案の定、翌日は筋肉痛になった。これは普段の走りとは違う筋肉を使っていることの証左だろう。場所はふくらはぎの下の方、アキレスけんの上あたりだった。
▼翌日は水泳をしたら、足をつってしまった。(もともとつりやすいのでこれも少し予想できた)
2日おいて再びトレッドミルで同じように走った。少し痛みはあったが、30分以上もった。

③週末ランはふつうの走りで。とりあえず。
週末15キロほど走ったが、あまりベアフットを意識せずこれまでどおり走った。使う筋肉が違うため普段どおりに走ることができた。

④翌週、もう一度トレッドミルで、ベアフットで走り、持続性を確かめた。40分ほど走った。

岩波書店
⑤そして週末、走りはじめて体が慣れてきた6㌔過ぎから、かなり意識してつま先から着地するように走った。トレッドミルで走るよりキツイ。ふくらはぎの下の部分に筋肉痛を感じた。しかしこれで5~6㌔走った。帰ってからかなりの筋肉痛。氷で冷やして次に備えている。(続く)

筋肉の「超回復は48時間~72時間」とモノノ本には書いてある。これを信じて最低48時間はあけてベアフットで使う筋肉を少しづつ鍛えた。しかし50代のカラダはそう簡単には筋肉が鍛えられない。地道につけていくしかない。

ちなみち、「筋トレ」の大切さはレースに出て実感したことだ。(前のまえのブログを参照)
いまは意識的に週2回、行っている。初速のクイックは動きを重視して行っている。(そのうち、体験記を書くつもり)

週刊ダイアモンド 130518号より「引用」

2013年5月22日水曜日

水木しげるさんが描いた「戦場」を、橋下発言が改めてあぶりだした。そしてメディアは批判の「質」が問われた。

講談社文庫
片腕の漫画家、水木しげるさんの戦争体験漫画「総員 玉砕せよ!」の冒頭に、兵士たちが長い列をなして慰安所に並ぶシーンが描かれている。あまり漫画を読むのが好きではないし、このシーンに正直ちょっと嫌悪感を覚えたので、結局最初の数ページしか読まなかったが、明日死ぬかもしれなという一兵卒たちの心情は、何となく伝わってきた。

 水木しげるさんの一連の戦争体験の作品は世間一般でそれなりの評価を得ているのではないかと思う。実際、NHKスペシャル「鬼太郎が見た玉砕~水木しげるの戦争~」が放送された程だ。(見てないけど)
http://www.nhk.or.jp/nagoya/kitaro/staff.html

水木さんの作品について、「アレはウソだ」と言い張る人はそう多くはないだろう。戦争で実際に片腕を失った水木さんが、現実にあったことをもとに描いていると、新聞やNHKなどのメディアも含めて多くの人が「同意」しているのではないか。

NHK DVD
一方、いわゆる「従軍慰安婦」を巡る橋下大阪市長の発言が、メディアで「問題」になっている。このタイミングで、しかも公党の代表で行政の長とという立場の人が、あえて言うことではないかもしれないが、彼の発言の中には「現実」が含まれている。女性議員が言うように「女性の人権を踏みにじった」発言と一刀両断にして「全否定」すれば済むことなのだろうか、という疑問が湧いてくる。

 別に彼を擁護する気も、肩を持つ気もない。しかし、である。余りにもステロタイプな批判をする政治家諸氏とメディアの扱いには、うんざりしてしまうし、違和感を覚える。

批判されている橋下氏の発言要旨は、
①先の戦争(アジア太平洋戦争時)では、慰安所が必要だった
②アメリカ軍に(合法的な)風俗施設を利用することを進めた
という2点に絞られるのではないか。

①について、メディアの批判のしかたはちょっとオカシイ。彼は、必要だったからそれでよかったと言っているのではないだろう。「当時の軍や世間一般は、必要だと思っていた」という、時代認識を述べているのではないか。そこには、良いとか悪いとか「評価」は入っていないと見るのが普通だろう。
 後述するが、藤原帰一さんが指摘するように、外国から奴隷制度と見られる慰安所と、いわゆる売春宿は違うということもある。「慰安所」がどういうものだったか、私にはどの言説を信じていいか、正直わからない。

そのことはいったん置くとして、水木さんの漫画を見ても、当時の時代認識として橋下氏の言うような「必要だった」という認識があったことは疑いないことだろう。

彼は触れてはいけない、日本の恥部に触れた。パンドラの箱を開けたのだ。
左側からは、人権感覚のなさが批判され、右側からは「日本人の恥部に触れた」ことを批判されているように思われる。

②について。
厳然として、今もそうしう場所が存在するのは確かだろう。「沖縄ダークサイド」にはそうした厳然たる事実がルポされている。それで良いと言っているのではない。もちろん沖縄だけの“特殊事情”ではない。
橋下氏が言うように、世界各国にあることは、だれも否定できない事実であろう。彼の「アメリカはずるい」という発言は、ある意味で当たっている。

橋下氏の発言に抗議の声をあげた女性議員たちが「ズルイ」のは、こうした今でも存続する女性の場所について、普段は見えない、知らないフリをしておきながら、男性側から何かしらアクションがあると、“抗議”する姿勢だ。

湯浅誠さんの名言を思い出した。「見たくないもの、見ようとしないものは見えない」という。
まさにフェミニストの方々は、普段はコレだったんではないでしょうかネ。

さて、各誌は社説で橋下をどう伝えたのか。以下に「引用」する。(順不同)
どの新聞も、橋下氏の発言を「支持」するものはない。(当然だけど)
しかし、読み比べてみると、微妙に批判の仕方、矛先が違うのがわかる。

5月16日 朝日
5月15日 毎日

○朝日は(珍しく)一番正直だし、一番公平な主張をしている。「戦場での『性』には、きれいごとで割り切れない部分があることは確かだ」と指摘した上で、橋下の発言を批判している。

○毎日は書き方がズルイ。まず「必要だった」発言を都合よく取り上げ、稲田氏の言葉を引用して批判し、さらに橋下の今回の発言より過去の発言を「問題視」している。最期は「国益を損なう」と、紋切型の言い回しで終わっている。





5月16日 東京(中日)

○東京もある意味で朝日に似ている。「太平洋戦争末期、沖縄には日本兵のための慰安所が置かれ、日本人や朝鮮人女性が集められた・・・」と事実関係として述べた上で、橋下発言を「過去の戦争を反省して平和を構築する、被害者の苦しみを受け止め語り継ぐという普遍的な価値観に完全に逆行するものだ。沖縄の置かれた現実に無神経・・・」と言う。センシティブな問題は触れないでおいた方がいいと暗に言っているようだ。









5月16日 読売
○読売とサンケイは、「河野談話の見直しが必要」との立場だから、朝・毎・東と微妙にトーンが違う。読売も稲田行革相の発言を引用して橋下を批判するが、一方で「戦時中の慰安婦の存在を『必要だった』と認めることは、逆に国際的にも誤解を広げることになる・・・」と橋下にひっかけて、河野談話見直しに主眼が置かれているかのような主張だ。サンケイは読売とまったく同じ構成で、稲田発言を引用して橋下批判をした上で、河野談話の見直しに重点を置いている。

○日経は、1981年の女性差別撤廃条約の「女性の人身売買と売春の防止」を持ち出した上で、国際関係の悪化を懸念した。いつものように「経済への影響」が何よりも心配な主張である。


5月15


5月16日 日経
















 橋下発言は確かに立場といい、タイミングといい、誤解を招く言い方といい褒められたことではないし、「国益」を損ね(と書いて、そもそも「国益」って何と突っ込むたくなるけど)、国際関係を悪化させ、女性の神経を逆なでしたことは確かだ。
しかし良識も教養もある新聞は、もうすこし冷静で落ち着いた言説があってもいいのではないか。非常にうがって見ると、新聞は橋下騒動を利用して、朝・毎・東は、怒る女性の代弁者となって、より読者を獲得しようという魂胆にも見えるし、読・サは、同様に女性の見方を標榜しながら、「河野談話の見直し」という日ごろの主張を繰り返したようにも思える。


ここ1週間ばかり新聞を見ていて、一番冷静で的確な指摘をしていたのは、先に書いた藤原帰一さんの一文だろう。(5月20日 時事小言「慰安婦問題 戦争の何を記憶するのか」朝日)
ちょっと長いが引用したい。
「長期にわたって広い地域で展開しただけに慰安婦制度について判断を下すのは難しい。だが、数多くの証言を虚偽だとしない限り、慰安婦を集める過程に全く強制がなかったという議論には無理があおるだろう。いわゆる河野談話が、根拠なしに韓国の主張を受け入れたものだという指摘にも賛成できない。さらに、慰安婦の経験は戦争にはつきものの性暴力の一つに過ぎないと考えるならば、慰安婦の人々が経験した暴力の実情に目をつぶることになってしまうと私は考える。
 無謀な戦争が海外で多くの人命を奪い、兵士を含む日本国民に甚大な犠牲を強いたことは事実である。それを語ることは自虐ではない。既に日本国民は戦争とそれに走る政治体制を過去のものとしたはずだ。過去の正当化によって現在の信用を失ってはならない。」

こうした冷静で正しい議論がなされない日本の「メディアって何?」
橋下もオカシイが、私には河野談話を見直しを目論む安倍晋三や、アジア太平洋戦争そのものを正当化しようとする石原慎太郎の方が罪深いし、危険だと思う。


















2013年4月21日日曜日

三浦8段=将棋プロ棋士は、コンピュータに負けたのか? ちがうだろう

21日付新聞は、朝日も読売も毎日も将棋の電王戦=コンピューターとA級棋士(三浦8段)との対決でコンピューターが「勝った」ことを伝えていた。
確かに盤上の闘いだけを見れば、三浦は負けた。しかし見方を変えれば、コンピューターは、記事によると680台ものパソコンをつなぎ合わせて、1秒間に2億7,000万局面を読むシステムを組まなければ勝てないということだ。それほど人間の頭脳はすぐれているといえるのではないか。

これを、単に「トップ棋士も完敗」というのは、うすっぺなら記事にしか見えない。朝日の見出しも「A
級棋士も敗退」となっていた。

コンピューターの専門家、西脇通氏の近著「集合知とは何か」に、まことに的を得た一文が記されていた。
引用する(P98)
『・・・、チェスや将棋とコンピュータとの勝負について、世間のよくある誤解指摘しておこう。チェスの名人がコンピュータに「敗れた」のは10年以上前だったが、先日は、「元将棋名人」(故・米長邦元名人のこと・・・引用者注記)が、やはりコンピュータに「敗れた」そうだ。それでマスコミの一部には、「人間は機械に負けるのか」などとおどろおどろしい見出しをかかげるものもある。
これはまったくの誤りだ。勝ったのはコンピュータではなく、たくみな将棋用ソフトを開発したコンピュータ研究者なのである。(いったい、コンピュータが自分でプログラムを書いたとでも言うのだろか)。つまり、コンピューターという道具を活用すれば、普通の人間でも将棋の天才に勝てる、というのがこの勝負の意味するところなのだ。意地悪くいえば、信じられないほど高速なプロセッサと途方もない大容量のメモリを駆使しないかぎり、明示的な知識の形式的活用によって暗黙知を持つ名人を倒すことはできない、とも解釈できる。コンピュータにたいする幼稚な過信は、そろそろ卒業してほしいものだ』

何も付け加えることはないでしょう。この一文が将棋やチェスの「人間対コンピュータ」の関係
のすべてを言い表してくれている。

4月21日 読売より「引用」

アタマがいい人の著書を読むと、自分も「アタマがちょっとだけよくなった」気になる。まあそれはそれとして、コンピュータと人間の関係を考える上で、非常に需要な指摘をしてくれている。この著書は。

でも第4章の「システム環境ハイブリットSEHSとは」のところは、かなり難しく、よく理解できなかった。(トホホ)

「この章に書かれている要点を500字以内で記せ」などという国語の問題が出たら、おそらく零点だろう。

なんたって何回か読み直しながら読んでもSEHSとはなにかほとんどアタマに入ってこなかったのだから。

最後は話が脱線しました。

2013年4月17日水曜日

実感!SUBARU「アイサイト」の真価はオートクルーズ機能で発揮される

15年ぶりに新車を購入した。SUBARUレガシー・アウトバック。

レガシー・アウトバック(SUBARUのwebより)
15年たつと車もこれほど進化しているのかと思うわずにはいられなかった。これまで乗っていた(今も時々乗っているが)ニッサン・ルネッサが「クルマ」なら、アウトバック2012は「マシン」だ。

走行性能や安全性、使い勝手などは自動車雑誌にわんさか載っていれのでここでは述べないが、スバルの「売り」のアイサイトについてひとこと触れたい。

 テレビCMなどではアイサイトによる衝突防止をうたっている。これはこれで最後の「セフティーシステム」として大事だ。ただ宣伝では、オートクルーズでのアイサイトの機能をあまりうたっていない。しかしここにこそ、アイサイトの一番の能力の真価があった。しかしそれは購入して初めて説明された。そしてしばらくたって高速道路を走って初めて実感した“すごさ”だった。
15年間乗ったNISSANルネッサ
これはこれで、いい車だったけど・・・

オートクルーズをセットすると希望の速さに設定できる。(アウトバックでは最速で114km毎時)。
また同時に車間距離も設定できる。(3段階)
安全をみて一番長い車間距離を設定しておくと(おそらく100mくらいか)、前の車との距離が詰まると自動的にブレーキングされて、一定の距離が保たれて走行してくれる。
前との距離が空けばまた速度を上げる。ブレーキをかければ一時的にオートクルーズは解除されスタンバイ状態になり、スイッチを押せばまたオンになる。

車をよく知っている人にとってはあたりまえかもしれないが、高速道路走行では、これは文書にする以上に安全と快適性をもたらしてくれている。

①アクセルを踏み続けなくていいので、疲れない。
②速度が自動的に調整されるので、無駄なふかしがなく燃費がすこぶるいい。(急加速をしてトルクを感じたい人には物足りないだろうが・・・)
③自動車の量や道路状況によって、オートクルーズのセッティングスイッチでこまめに速度設定を変えると、アクセル調整と同様のことがスムーズで行える。
④前の車との衝突のリスクが格段に減る。(アイサイトは衝突防止装置なので当たり前だけど)

この車に替えて、長距離走行が格段にラクになった。換言すれば、疲れが蓄積しない分、注意力も維持されるということだ。

アイサイトの「眼」(SUBARUのwebより)
もちろん機械は絶対ではない。過信してはかえってリスクが増す。しかしそのことを十分認識して使いこなせば、機械は人間の弱点を補ってくれる助っ人なのだ。

文明に否定的な考えの人は、ヒトは機械を使うことによってラクを覚え、怠惰になり、様々なリスクが増すという人がいる。それは一面の真理かもしれないが、「ある機械」が発明され、それを使える以上、賢く使いこなすことを覚えることの方が大切なのではないか。

機械は、だましだまし使っていくうちに、特性をつかみ、弱点もあることを認識して、自らの能力とどう組み合わせれば、より高度なことを安全に行えるものだと言える。
問題は、どう使いこなすかだ。

交通死亡事故で一番多いのが「追突」だと、何かの記事に出ていた。

高速道路の追突事故で象徴的な事故になったのが、東名で乗用車にトラックが追突して、後部座席にいた3人の子どもが亡くなった事故だった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%90%8D%E9%AB%98%E9%80%9F%E9%A3%B2%E9%85%92%E9%81%8B%E8%BB%A2%E4%BA%8B%E6%95%85

こうしたいたましい事故は、なんとか減らしたい。そのために「アイサイト」のような装置が、車の「常識」になってほしいと思うし、おそらく10年後にはなるかもしれない。

ちょっと前、いわゆる「ツアーバス」の過酷な乗車勤務(と思われる)による、高速道路事故が問題化した。国は長距離の交代運転手の乗車をより厳しくするなど、対策を行った。
これによって確かに、事故が起きる“確率”はいくぶん減ったかもしれない。だけど、人間が行うことだからゼロではない。またいつか事故は起きるだろう。

まずトラックやバスにこそ「衝突防止装置」が義務付けられることを望みたい。


北陸自動車道のバス事故(web より引用)





2013年4月11日木曜日

「交通事故で死ぬ直前の人の顔をみた」教訓から 

3月29日の関越道下りの事故(TBS webnewsより引用)
3月29日(金)の朝7時台、関越自動車道の下り線の東松山付近を走っていた。
3つあるレーンの真ん中の走行車線を時速100キロ前後だったと思う。

右側のドアミラーの映ったのは、極端に中央分離帯に寄って、少なくとも私のクルマよりスピードを出して走っていた小型乗用車だ。その後ろをピッタリ、大型ワゴン車(たぶんエルグランドだった)が着いていた。よくある、追い越し車線でスピードを出し、前の車をあおって「どけ」と主張するアレである。危ないなと思いつつやり過ごすのを見ていた。

  小型乗用車はいったん左により、エルグランドは猛スピードで走り抜けていった。そして、それを追うように小型乗用車は再び追い越し車線に出ると、スピードを上げて私のクルマの横を走り抜けていく。その際、どんなヤツが運転しているのか、横を向いて顔を見た。口髭を生やした初老の男だった。普通に前を向いていたと思う。

 そのわずか10秒前後あとだと思う。中央分離帯の植木の葉が大量に舞い上がっていた。何が起きたか分からなかったが、走行車線を走る私の前のクルマがハザードランプを点けた。スピードを落として走ると、ほどなく右側に先ほどの小型自動車が「転がって」いた。(記事&写真参照)

この状態の真ん中の走行車線を走りぬけて、衝突は免れたのだった。

 正に転がっていたという表現がぴったりの光景だった。路面にはガラスのような細かい破片が散乱していたので、踏みつけないように前を見て慎重に進む。それでも40~50キロは出ていたと思う。だから転がった車を見る余裕ななかった。同乗していた家族は、車から腕が出ていたのを見た。

 後から分かったのは、事故をおこしたのは、私が横顔を見た、あの小型乗用車だったのだ。そして運転手は死んだ。事故死する直前に、私はその顔を見たのだった。

 記事によると、事故を起こした乗用車は追突したようだ。直前の状況から推察すると、中央分離帯に擦るようにぶつかり、反動で走行車線に飛び出して黒い車に追突したのではないだろうか。乗用車だけが転がったのを見ると急激な進路変更があったことは間違いなかろう。

 当たり前のことだが、車間距離は重要だ。どんな場合でも100mは空けるよう心掛けているが、追い越しの前や混雑している時は必ずしも理想的にはできない。しかし、自分に当初の落ち度がなくても、ひとたび事故に遭遇するとその大切さが分かる。

前の車と詰めて走っていたら、転がった車のために急激にスピードが落ちた車列で追突していたかもしれない。また、もし転がった場所が真ん中の車線だったらぶつかっていたかもしれない。
不運にも事故に巻き込まれた黒い車は、前を走っていて追突されたのだ。これは、いくら前に車間を空けていても避けられない。


 この日はもうひとつ事故(の跡)に遭遇した。あやうく事故に巻き込まれるの回避した後、関越から上信越自動車道に入り、妙義山あたりを走行中、反対車線の橋の上で未明に発生した、ガス欠車で停まっていた乗用車にトラックが追突した事故だ。(記事&写真参照)

この事故のことは朝、出かけるとき関東甲信越のニュースでやっていてので、分かっていた。







 横川SAでひと休みすると、先の遭遇した事故の影響で、関越道は下りが通行止になっていた。当然と言えば当然だが、それによって上信越道も東京からの車が遮断されて、すこぶるすいていた。
ストレスなく走ることができた。

 振り返ってみると、もう少し、おそらくは数十秒、前を走行していたら、あの小型乗用車に追突されて、事故に巻き込まれていたかもしれない。また10分か20分、家を出るのが遅かったら、通行止めになった関越で予定通り行動できなかったかもしれない。(通行止めは結局13時半まで続いたようだ)。偶然が幸いしたと言っていいだろう。それはそれで貴重な経験になった。

いまの車は性能がいい。100キロで走行車線を走っていると、軽自動車でも120~130キロで追い越していく。細くて半径の小さなタイヤでよく怖くないと思う。

人は危険な目に遭ってはじめて、その危険に気づく。いつも事後的に悟るのだ。だから事故は繰り返される。予め事故の危険を「思い知る」ことはできないのだろう。だから「安全教育」が行われたり、さまざな経験から、自覚的に危険を察知する能力を身に付けることが重要になるのだ。
特に自動車は性能があがり、アンチロックブレーキやエアバックなど「安全性の向上」がされているだけに、本質的な危険がかえってみえにくくなってしまっている。それがアブナイのだ。

登山では、いくばくかの経験を積むと、危険なことがある程度分かるようになる。危険なところでは慎重になるクセがつく。ケガしたりアブナイ目に遭うのは、あまり危険とは思えない所だったりするのも、そういうところでは無意識に「安全神話」が頭の中でできあがって油断するからだ。

大丈夫と思う心そのものに危険があることを、改めて「自覚」した出来事だった。








2013年4月8日月曜日

普天間基地問題、名護市長の「県民は怒っている」に違和感

名護市 辺野古の海(by web)

少し前のことになってしまったが、政府は在日米軍の沖縄・普天間基地の代替としている、名護市辺野古の埋め立て申請を沖縄県に行ったニュースが報じられた。

仲井間知事は、「時間がかかりますよ。」「県外に」と主張した。

沖縄の米軍基地問題は難しい。普天間をどうするか、最良の「解」はなかなか出てこない。だから民主党政権も迷走したし、高支持率のアベ政権も慎重にコトを進めているのだろう。
ひと昔前ならば、「米軍基地はいらない」という反米を叫ぶことに一定の支持があり、冷戦終結後はそれで事態が動くこともあったのかもしれない。

しかし今はまったく状況が一変した。多くの人が中国の動きに気をもみ、「やはり一定の抑止力がないと・・・」というのが大方の心情なのではないか。
実際、大手新聞でも「在日米軍不要」という主張をする社はどこもない(と思う)。だからリベラルを標榜する朝日、毎日、東京などはそれぞれトーンに温度差はあれ、「沖縄の負担軽減」の方針の元、(外国も含めた)県外へという主張を繰り返して、“理想論”に終始している。
もちろんだからと言って、「辺野古が一番」などと安易に主張するつもりはない。悩みは深くなるばかりである。


3月24日朝日新聞より引用
そんな中での、「埋め立て申請」で、名護市長の発言が気になった。

「強権的に進められてきたことに、県民は非常に怒っている」(朝日の記事より)

違和感を持ったのは、市長の怒りではない。「県民は・・・」という表現にである。
彼の立場ならば、「私は地元の市長として(反対する立場から)怒っている」とか、「名護市民を代表して、怒っている」というべきだ。
彼は沖縄県の「代表」ではないし、県民全員が怒っている訳ではないだろう。
「県民」という、あいまいな主体を持ち出すことによって、稲嶺市長の発言は、実は非常に軽薄なものになったと思う。


これは、われわれも、若い時ときどき使ってしまった言い回しそのもだ。
自らの主張に「信ぴょう性」と「支持」を得るために、「みんな、言ってるよ」というヤツだ。

この場合のみんなとは誰なのか、どんな主体なのか、そして全員なのか、まったく曖昧なものであるのは言うまでもない。

他の民族がこういう言い回しを好んで使うかどうか知らないが、少なくとも日本人は、わりとよく使う人をみる。

「自分はこう思う」「自分の考えはこうだ」という“主張”をすることが苦手なのか、ボカしたいのか、「みんな」と言うことで、あたかも大勢の「意見」であると主張するのは、かえって信用を失うことを忘れない方がいい。

少なくとも稲嶺市長の発言からは「信念」が伝わってこなかった。ついでに記せば、仲井間知事の「時間がかかりますよ」という言い方にも、“含み”がある。逆手にとれば、時間がかからなければ辺野古でもいいと言っているようにとれる。この知事の真意は、いつも分からない。わざとわからないようにしているのだろうが。

普天間基地(by web)




「桜」一辺倒でいいんでしょうか。日本人の感性の深層

今年の桜は、楽しむ間もなく散ってしまった。時期が早かったため「スキー」に行っていた週末には、自宅近くの桜も、すでに葉桜に変身していた。豪雪と言われた今年の冬は、思いのほか雪解けが早く、季節の「異変」が起こっていると感じざるを得ない。何度も書く。地球温暖化が、何よりも心配だ。
桜の花を見て、何も感じない人は少ないだろう。多くの人が「きれい」だと思い、春の訪れを感じるにちがいない。が、それで本当にいいのか。毎年この季節になると考えてしまう。
「桜」は、この日本に暮らす人々にどんな感性をもたらすか。
①寒い冬に耐えて、訪れる喜び。→耐え忍ぶ心
②期間は短いが、その美しさを存分に発揮。→太く短く生きる美学
③誰もが同じように楽しめる共感。→無意識に求める同質性
こんなところか。

東日本大震災の被災地では、復興を願う証しとして桜を植えるところが多いという(確か、新聞からの不確かな記憶です)

しかしソメイヨシノは接ぎ木でしか育たない。寿命も60~70年だ。世代を超えて受け継ぐ木としてはどうみてもふさわしいとは思えない。それなのに「桜」だ。

このへんに日本人(と言われる)人々の感性の貧困を感じる。もっと多様な選択があってもいいのではないかと。1年にわずか1週間程度の満開の花びらを楽しむために、だれもが桜を選択するというのは、もうやめたほうがいいと思うのだが。

2013年3月25日月曜日

2020年五輪はトルコ・イスタンブールで行うべきだ

 東京で五輪があってもいいかもしれない。多くの国の人々が日本に来ることは、子どもたちの刺激になり、視野を広げる一助になるだろう。ハコモノばかり作られ、一部の人たちが儲かるイベントだという側面は否定できないが、それは主催者のやりかたひとつだ。

 しかしである。2020年はイスタンブールで開催すべきだ。東京開催を私は支持しない。良くも悪くも五輪は政治的に、また商業的に利用されてきた。いまイスラム圏で初の開催を世俗主義をとるトルコで行うことは、世界情勢的に見て、きわめて重要だろう。キリスト教圏とイスラム教圏の融和や相互理解の一助になることが期待されるし、そうなってほしい。長い目で見ればそれも日本にとっても有益なことだ。

AERA1月21日号より「引用」
猪瀬直樹氏(東京都知事)は、昔は輝いていた。「ミカドの肖像」はすぐれたルポルタージュだったし、「道路の権力」を始め、一連の行動は、彼のタフさが出ていた。しかし、いわば「反権力」で仕事をしてきた者が、ひとたび権力側(副知事就任~知事当選)に立つと、ちょっとおかしくなってきたように見える。
 
 内田樹氏が、アエラの巻頭エッセーで鋭く指摘していた。今回の東京五輪誘致のスローガンは、「日本を元気にする」だとか、「経済活性化の起爆剤」などと、なんとも内向きだ。

 途中からその批判を気にしたのか、「海外からの皆様をおもてなし」などというニュアンスも、そてとなく入れてきたが、本質は変わらない。内向きスローガンを平然と宣伝文句にしてきた猪瀬氏には、がっかりを通り越して、嫌悪感を覚えた。五輪は本来そういうもんでないだろうに。 
 
 「人は与えることによってしか、得ることができない」。内田さんがたびたび紹介するレビストロースの言葉を借りるまでもなく、「今回はトルコを応援します。」と言う度量があれば、日本での五輪にも道は開けただろう。

 しかし断言する。2020年に日本開催はないと。それは希望的観測ではなく、冷静に世界の今を見ればわかることだ。中国や韓国(にIOC委員がいるかどうかは確認していないが)は、日本開催には賛成しないだろう。EU諸国はマドリッドかイスタンブール支持だ。アフリカ諸国は中国の意向に沿ったり、イスラム・アフリカはトルコ支持だろう、と思う。

最近は新聞の全面広告やテレビCMで「東京五輪支持」を訴える広告げ目につく。企業がカネを出しているのが、それとも招致委員会のカネから出ているのか知らないが、五輪誘致にかかったおカネの「決算」だけは、不明朗なことがないようにしてもらいたいものだ。

五輪招致報道の大手マスメディアの扱いも、いささか違和感がある。IOC委員の視察の間、その直前にあった日本柔道連盟の一連の不祥事については一切と言っていいほど報道が「控えられ」ていた。彼らが日本を離れたら、柔道連盟の理事会も開かれ、報道が戻った。どうみてもIOC委員のめに触れさせたくなかった「配慮」がなされていたとしかいいようがない。

また、東京五輪の支持が7割というIOCの世論調査は報道されるが、残り3割の声は、ほとんど聞こえてこない。これはどういうことなのだろうか。3割が「積極的反対」なのか「どちらでもない」のか、「分からない」のか、すら分からない。

原発報道と比較するのはあまり適切ではないかもしれないが、日頃から大手メディアは「小さな声」を拾うのを常としてきたのではないか。
原発容認派が世論調査では条件付きも含めれば多数になったが、朝日、毎日、東京などは少数派の声に最大限配慮して報道している。それはそれで社是で行っているのだから、良いとも悪いとも判断するのは読者だろうが、少なくとも五輪招致について、「社論」を鮮明にしはしていない。
曖昧な立場でなしくずし的報道がまかり通っている。

こういう姿勢だから読者としては読む気がしなくなる。ネット上で「共感」する言説に流れていく一因をマスメディアは自ら作るだしているようにも思う。

話しがそれた。
私はイスタンブールを応援する。そしてその後に日本(ただし東京ではない地域)での開催を応援したい。

2013年2月20日水曜日

走ることについて語る⑦初ハーフマラソンを走り切る

ハーフマラソンに初めて参加した。
2013年1月13日に荒川河川敷で行われた「谷川真理ハーフマラソン」。
1月としては絶好のコンディションの中で、記録は1時間41分余りと、目標タイム2時間を上回ることができた。自分では思ってもみない「好記録」だったと言えよう。

“勝因”を自分なりに分析してみた。



①体重を54㌔台まで落とせたこと
②走り込みは少なかったが、筋力トレーニングに力を入れたこと
③レースでちょうどいいペースメーカーを見つけ、その人の背中をひたすら追ったこと。

①について
3年前走り始める前、体重は60~61㌔あった。身長は169cm。意識的に落とすことはしなかったが、普段から食事には気をつけていたので、走ることによって自然にカラダの脂肪が消えていった。5㌔落ちると確かに身体が軽くなる。その間2回、ギックリ腰をやってしまったが、とにかくカラダの余計なものは燃焼させられた。

②について
ギックリ腰をやって分かったことは、体重が落ちる時は脂肪だけでなく筋肉も落ちるということだ。
それに気付いて、筋トレ、特に腹筋、背筋そしてハムストリングを意識的に鍛えた。
もう若くないので、高付加に耐える筋肉が付く訳ではない。でもやらないよりはマシと思って続けた。続けたと言ってもジムに通えるのはせいぜい週に1,2度。できるだけ1週間は空かないよう、5日1度のペースを守れるよう努めた。
「走りの最後は筋力がモノを言う」というのは、確か金哲彦さんの著書に書いてあった。
結果的にハーフのラスト5㌔、足の裏がシビれて感覚がなくなってきた時、身体を引っ張ってくれたのは筋肉だったような気がする。

③について
折り返し点を過ぎたあたりで、長身の若いランナーが私をゆっくり追い越していった。その時、「この人について行こう」となぜだか思った。そして後ろ2mの所に位置取りして追いかけた。おそらくペースはキロ5分弱だったと思う。後半ペースが落ちた人の波をかき分けるように、なんとかついていった。16キロのエイドでスポーツドリンクを飲む時に一度離されたが、そこは何とか追いついた。
最後500メートルくらいでスパートをかけられた時は、さすがについて行けなかったが、なんとかペースを保ったままゴールできた。

まとめると①体重②筋力③先達 ということだろうか。

もう一つ書き加えておくことがある。それは、職場の同僚に「レースに臨む時のアドバイス」を受けたことだ。
ランナーなら誰しも経験あるかもしれないが、長距離を走ることは「便意や尿意」との闘い、というか調整がうまくいくかどうが結構重要になってくる。
これまで練習で走るといつも10㌔をすぎると便意をもよおしてきて、困っていた。
恥ずかしい話しを、思い切ってランニングの先輩にメールで聞いた。
会場ではトイレに30分待つ覚悟がいることなど、レースの素人には分からなかったことを教えてもらった。好記録が出た一番の要因は、じつは「排便がうまくいった」ことなのかもしれない。


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以下ヨタ話し

これまでランニングはいつもひとりで“孤高”に行ってきた。本や雑誌で「理論」や「型」を学び、誰のコーチもアドバイスも受けることなく走ってきた。
ランニングを始めた当初は、自宅周辺のいろいろな道を試したりしたが、次第に多摩川河川敷を主な練習場所にするようになった。
コースは多摩川大橋から二子橋までの間。以前にその距離は書いた。


多摩川を走っていると、団体で楽しそうに走っている人々を見かける。横目でチラっと見てやり過ごすが、こういう方々はきっと本当に走ることが「楽しい」のだろうな、と思う。

自分にとって走ることが「楽しい」と思ったことは正直一度もない。
走り始めは苦しいし、足が前に出ない。5キロくらい走ると、そのうち身体が暖まってくると少し調子が出てきて調子よく足が運べるようになる。しかし、足の甲だったり、膝だったり、いつもどこかちょっと痛みがあったりして、それが気になる。そしてやがて、“ランナーズハイ”になってくる。(これが本当にあるのかどうかは分からないが)。そうすると何も考えずにひたすら前に進むだけだ。「なぜ自分は走るのか」なんて考えたりしない。早く目的地に帰りたい。ただそれだけだ。
楽しくないのになぜ走るのか。それは走り終わった時の「安堵感」と、ささやかな「達成感」があるからだろう。そしてカロリーを消費した分、食べたいものを食べられるという「楽しみ」なのかもしれない。

後日談。
「初ハーフ」のあとちょっと油断した。運動量は変わらないのに、甘いモノ好きの心がもたげて、少し食べすぎた。レース1ヶ月後に久しぶりに体重計にのったら、1.2㌔も増えていてた。「ヤバイ」とはこういう時に言うのだろう。1キロを元に戻すのは容易ではない。油断大敵だ。