2015年9月17日木曜日

新安保法案も原発再稼働も、闘う相手は「国民自身」だ。

netより「引用」
新安保法案が参議院の委員会で採決された。昨夜から公共放送のニュースはずっと「国会の動き」を“実況中継”し続けていた。
しかし、どこかオカシイ。腑に落ちない。なぜか。
だった、国会は衆参両院とも自民と公明で絶対過半数を確保しているのだから、採決になればどういう結果になるかは小学生でも明らかだ。
 これを「あらゆる手段を使って阻止!」などという主張は、それこそ民主主義、平和主義の理念を捨てて行う実力行使でしかない。
笑止千万。結局は反対する方々の「支持者向けのパフォーマンス」でしかない。

 反対することがオカシイと言っているのではない。この法案がいいのか悪いのか、私には分からないし、内容お良し悪しを論じてる訳ではない。

netより「引用」
安倍政権を「選択」したのは、去年暮れの総選挙で自民や公明に投票した人々ですよね。安倍首相は安保法案を隠したりウソをついてこの選挙に臨んだ訳ではない。(あまり争点にはならないようにしたかもしれないけど)
 国会前でデモする人々も実力行使ではなく、安倍政権に投票した選挙民に向かって「おまえらオカシイ」と言えばいいではないか。そして次の選挙でひっくり返そうと。
決してニヒリズムで言っているのではない。代議員制というのは残念ながらそういうことだ。よく“進歩的”マスコミは国民はひとつひとつの問題で政党を信認したのではない。だから国民投票を、と主張する。確かに一理あるが、ではどんな問題が国民投票にふさわしくて、どういう問題ならば国会で決めていいのか、線引きは難しいし、基準など作れない。
 制度には欠陥がある。でもそれを選択したのなら、あきらめるほかない。「国に関わる物事はすべて国民投票で決める」という国民的合意が出来ればそれでいいけど。そうでなかったら国会の審議に委ねることが(これも残念だけど)従うしかない。
 もちろん「多数決が民主主義」だと言っているのではない。議論は絶対必要だし、民主主義の基本は、少数派への配慮だからだ。

 反原発運動にもオカシサを禁じ得ない。電力会社や政府にデモをかけてもそれはしょうがない。
一番の近道は、化石燃料や電気を使う人々に、「やめろ」とデモすることなのではないか。電力消費がものすごく少なくなれば電力会社も原発を動かす必要性がなくなるし、化石燃料を使わなければ温暖化への懸念は、少しは弱まる。
 どうして原子力発電所の前に行って、「原発反対」と叫ぶのか、まったく理解できない。それより都会の真ん中に行って、車に乗っている人々を止めて、車を使うなと言ったり、夜の営業している店に行って早く閉めろと言うのうがスジなんじゃないだろうか。
これは皮肉でもなんでもなく。
コマーシャルにあったな昔、「臭い匂いは元から絶たなきゃダメ」。

悪いのは国民自身なのだから。それは自分への自戒も含めて本当にそう思う。



2015年9月10日木曜日

NHKのBS放送から、囲碁名人戦が消えた


囲碁名人戦のBSでの放送を、「公共放送NHK」はやめたらしい。

井山祐太名人と高尾紳路天元というファン垂涎のタイトル戦は9月4日から第1局が始まったが、NHKのBS報道はいつものような放送をやめてしまった。

これで衛星放送から囲碁将棋関連の放送を徐々に撤退していた方向性が一層はっきりした。

残念というか、もったいない。
 
 かつてNHKのBS番組に「囲碁将棋ウィークリー」というのがあった。 確か土曜日の正午から1時間半くらいたっぷり時間をかけた番組だった。
内容は、囲碁も将棋も、1週間の主な対局結果を伝え、そして「注目の1番」の解説をじっくり行う。
毎回ゲストがきて、普段なかなか素顔が分からない棋士の方々の話に接することができた。そして私はこの番組が大好きだった。注目の一番では、単に対局の過程を追うだけでなく、なぜその1手が指されたか、その手の背景にはどういう意味があり、その時棋士は何を狙いにどうしてその手を指したか、ゲスト棋士がその人ならではの解釈を交えて解説する。
これがたまらなく好きだった。

 そうか、この対局者はこの1手を打つのにこんなことを考えていたんだと、知ることは、観戦ファンとしてはたまらなく知的好奇心を刺激され、感心するばかりだった。
しかし私の棋力は将棋で10級、碁にいたってはほとんど計測不能なくらいの弱さだ。しかし観戦するのはたまらなく面白い。

 「ウェブ進化論」で注目された梅田望夫さんは、私と同じような「観戦ファン」だ。(もちろん棋力は私よりはるかに上だろうが)。
「ウェブ・・・」で書かれたようには世の中は(まだ)ならなかったかもしれないが、彼の将棋に関する一連の著書は、なかなか面白い。将棋観戦ファンとして共感するところ多々あった。

 彼もどれかの著書で書いていたが、「観戦ファンだと言うと、お強いんですか?と必ず聞かれる。そうではなくて、将棋を観るのが好きというのがなかなか理解されない」と。

 野球ファンやサッカーファンは必ずしも野球やサッカーを実際に行う人ではないだろうし、行う人にしても、必ずしも得意ではないだろう。「観ることの方が好き」という人々が沢山いるはずだ。にも拘わらず将棋や碁では理解されないのはなぜか。
スポーツファンには申し訳ない言い方かもしれないが、スポーツよりずっと知的で奥が深いと思いんだけど。


 衛星放送だけではない。公共放送から将棋や碁の放送がどんどん消えている。
くだんの「囲碁将棋ウィークリー」はBSから衣替えして日曜日午前中教育テレビのNHK杯囲碁と将棋の間に短時間で放送していたが、それも今は「囲碁フォーカス」「将棋フォーカス」という30分番組で、講座と話題中心で「注目の1局」を取り上げた観戦ファン向けではない。

 タイトル戦中継は、将棋は竜王戦と名人戦、碁は本因坊戦と名人戦を行っていたと思うが、先日始まった囲碁の名人戦はBSの中継をしていなかった。

ついでに言うと、3月1日の将棋のA級順位戦最終局「将棋界の一番長い日」も中継をやめ、後日編集したものしか放送していない。

どうして、「公共放送NHK」から棋道が消えていくのだろうか。

ひとつはニコニコ動画で中継を行っていることもあるかもしれない。しかし例えばテニスではWOWOWで放送していても、NHK-BSで放送している。
棋道を愛する人が少ないということなのだろうか。

 NHKの2つのBS放送は、今やスポーツ中継、旅、自然、歌、ドラマ、モノ(あからさま商品紹介はできないから、紀行風にアレンジして)ばかりだ。
確かにそれも悪くない。しかしいくらなんでも「多様性」がもう少しあってもいいのではないか。24時間放送しているのに、

囲碁将棋番組は、そんないオカネのかかる番組ではないと思う。俳優さんを連れていく海外の旅ものひとつ作るのに比べたら安いものだろう。

将棋や碁を愛する年配者はまだまだ多いと思う。そういう「お客さん」を逃していることに気付いてほしい。作り手や番組編成を行う人々に棋道を理解できる人がいないということなのか。
囲碁や将棋の観戦は、知的好奇心を刺激する非常にいいソフトなのに。

学校教育でも棋道を取り入れるところが出てきている。日本で進化し深化した将棋。碁は中国・韓国にちょっと遅れをとっているけど、それでも東アジアに発展する「すごいゲーム」だ。

NHKの衛星放送の番組の並びを見ていると、ここにも「大衆化」の流れが押し寄せいるように思う。何とかならないのかね。梅田さんもこの状況を泣いていると思います。



2015年9月5日土曜日

東京五輪、新競技場・エンブレム問題、官僚体質が丸見えだった。

netより「引用」
責任の取り方とは難しいものだ。だれでもオレのせいじゃないと思いたいし、実際ヌレ衣もあろう。責任を取るということは、失敗を認めるということであり、それは日本では「ダメな人間」として分類されることである。サラリーマン社会では、一度そう見られると致命傷になる。官庁でも大企業でも多くの組織で、そういう人にはレッテルが張られて、昇進や処遇に響く。

五輪組織委員会や周辺組織は、まさにそうした組織の「模範」だ。
元財務次官の武藤氏が事務局長ということは、彼を支える人に官僚出身者たちが多く送り込まれていることは、想像に難くない。

彼らはおそらく優秀な人々だ、ある面で。記憶力が図抜けてよく、事務処理能力にすぐれ、前例(法律)を熟知し、政治的に動く人(まさに政治家)の操縦術を心得ている。

多くの事柄・課題をそつなくこなし、少しのミスもなく成し遂げていることだろう。それが彼らの評価につながり、次のステップになる。財務官僚であれば地方の税務署長を20代で務めるのと同じように、組織委員会などで「国の仕事」をこなし、その評価をもって本庁に凱旋するのが目標だ。

だからどんな小さなミスでも責任をとりたくない。私が間違っておりました、などとは口が裂けても言えない。言ってはいけないのだ。彼らにとっては。

新国立競技場問題が世論の批判を浴びてどうにもならなくなっても、エンブレムの“疑惑”が沸点に達しても、積み上げてきたことを撤回することは、自分の非を認めることになり、彼らにとっては「あってはならないこと」なのだ。だから結局対応が後手後手に回り、政治決断という「天の声」があるまで事態は止まらない。

武藤氏の先日の会見での責任の取り方に関する答え方にそのことがよく表れていた。無責任、どこか他人事という批判がメディアでなされたが、そうした「背景」を考えると驚くに値しない、予想されたことだった。

だって日本はずっとよれでやってきたじゃないですか・・。戦争責任にしても、何にしても。

アメリカのことはよく知らないが、自分の少ない読書の中から思うのは、かの国には「失敗してもやりなおせる」仕組みや、風土があるらしいということだ。だからチャレンジもできる。

経営学や組織論などでは言い古されたことだが、「失敗してもやり直せる仕組み」「チャレンジ精神が発揮できる仕組み」が求められている。しかし日本ではそんな理想論は通用しないだろう。これからも。そういう国なんだから。
それで良いとか悪いとかでなくて、そういう国なんです。変えようとしても変わらないダメな国、日本は。


ついでに、デザインの変更過程が選考委員に知らされていなかった問題にもひとこと。
これも極めて官僚的手法でコトが進んだということだ。

通常、法律が国会で成立すると、官僚は政令を作る。また権力をバックにした指針、行政指導を行う。国会の決議で決まる法令には、あまり細かいことは書いていない。いわば精神だ。詳細を取決めるのが政令だ。政令は国会審議を経ないから官僚の意のままに作られる。そしてコトは彼らの思うように進む。(もちろんそれが全て悪いコトだと言っているのではない。透明性の問題だ)


政令を決めたら、おそらく国会の有力議員さんのところは持っていって、これでいいですねと「確認」を取るのだろう。その時議員は、もともと大元の法令に賛成しているから基本的に反対する真理にはならない。そこで官僚から分厚い資料で細かい説明をされてもにわかには理解できない。それで、「わかった、わかったそれでよい」となり、かくして官僚の思うとおりの政令が出来上がる。

エンブレムのデザイン専攻もまさにこんな構図で進められた。
誰の作品を選ぶかは選考委員さんがお決めになり、佐野研二郎の作品が選ばれた。しかし細かい修正はいちいち選考委員にお伺いを立てることなく、官僚たちが勝手に進めた。そしてもう反対する雰囲気のないところで、選考委員の示して、「これでいいでございますね」と言って決まるのだ。

優秀な官僚の方々にひとつ欠けていることがあるとすれば、「大衆の空気が読めない」ということに尽きるだろう。彼らにとって「大衆」は、自分のアタマで考えない人々としか見ていないから、彼らの気持ちを読む気にならない。だからしばしば「大衆の反逆」に遭遇する。

もっとも大衆的発想に抗って国のかじ取りをすることも必要なので、それがすべて悪いことではないけど。時には大衆の発想の方が「正しい」こともあることを忘れないことだ。


書いているうちにまた思いだしことがある。かつて細川政権の崩壊につながった「国民福祉税」構想は、そんな大衆の空気が読めなかった官僚によって作られた原案だったな。多くの国民は非常な唐突感を持った。しかしずっと、国の財政危機についてそうすれば良いか考え続けてきた官僚たちにとってはまったく唐突でも何でもないことだったのだろう。お気の毒に。



2015年9月4日金曜日

五輪エンブレム「似ている」と「マネした」は別問題だ。話しは分けて考えるべき

東京五輪のエンブレム問題で揺れている。佐野研二郎氏が“デザイン”した(らしい)ものは、様々に「疑惑」が出て、結局取り下げたのは、各メディアの報道の通りでしょう。
一連の報道で気になったのが、佐野氏の問題である「模倣」と、デザインの問題である「似ていること」がどうもごっちゃに報道されてきたことだ。

すべてのメディアをチェックした訳ではないけど、公共放送のニュースを見ていて、内容に疑問を持った。
「似ているという指摘に対し、佐野氏は模倣を否定しています」と、いう言い回しがよく出てきたが、このニュースは模倣について掘り下げたニュースなのか、似ているかどうかについて検討したニュースなのか、よく分からなかった。

似ているがどうかは、一目瞭然だろう。多くの人が「似ている」と感じるのは疑いのないところだ。デザイナーなど「専門家」は、シンプルなデザインでは結果として似たデザインになると、ご主張なさっているようだが、それはその通りであり、似ているものを許容するのかどうかと、似ているかどうかという受け止めの話しをごっちゃに1本のニュースで伝えては、何も伝わらない。少なくとも、ニュースの意味を理解できない。

一方佐野氏が「模倣」したかどうかは、突き詰めればそれは心の問題であり、証拠を示すことなど不可能に近いし、追求することに余り意味はない。
本人は「模倣」した意識がなくても、どこかで見た記憶が脳の奥底に残っていて、それがデザインに無意識に反映されたかもしれない。(フロイト的に言えば「前意識」ですね)
そうであれば、「模倣」は否定するだろうし、それはウソではない。無意識のことなんて人間だれにでもあり、そんなもんだ。

 五輪のエンブレムとして何が問題かと言えば、似ているかどうかだろう。結果として似ていることが分かれば、そのオリジナリティーは薄まるのだから、「代えてもいいんじゃねえ」となるだろう。

少なくとも言えることは、佐野氏には「模倣癖」がありそうだといことだ。数々の指摘を見れば、彼の性癖は推して知るべしだろう。そういう人間だということだ。

余談ですけど、我が家で愛用している山形のおいしいコメ「つや姫」の袋のデザインも佐野氏だったと知り、少々がっかりしています。

余談2.
「模倣癖」で思い出されるのはあの、一昨年亡くなった山崎豊子の「盗用癖」だ。そりゃ、数々の優れた作品を世に出してきたかもしれないけど、たびたび、他書著からの「無断引用」を指摘され、それでも治まらなかったのは、彼女の「盗用癖」という病理のためだった。と、思う。

メディアは山崎が亡くなった時、(私の知る限り)まったくこのことに触れなかった。別に亡くなった方にムチ打つことはないが、きれいごとばかりでなく、史実としてきちっと伝えることも必要ではないのかね。



2015年9月3日木曜日

古市憲寿「もう誰も戦争を知らない」(新潮45 8月号)は、非常に優れた考察だ。

古市憲寿さん(netより「引用」)
 古市寿憲さんは若手も論客の中でも、注目している。(すみません、あの髪型はあまり好きではありありませんけど)。
 
 近隣諸国、特にあのアジア太平洋戦争で日本が占領した国々では、ここのところの対日関係もあり、「戦後70年」を国内的にうまく「利用」していることは、ここでは置くとして、それにしても戦後70年とは何だったのか、冷静な考察が必要だ。古市氏が新潮8月号に寄せた文章は、すぐれて本質をついたものだった。「もう誰も戦争を知らない」


(いつものように図書館では9月号が発売にならないと8月号が借りられないので1か月遅れです)

20130806朝日新聞から「引用」
古市氏は2013年8月6日の朝日新聞に寄せた一文でも「平和の記憶から始めればいい」と、戦後という枠組みにこだわる風潮に、疑問を呈して、問題提起していた。(いい文章なので切抜きしてました)

古市氏の「新潮45」での主張は極めてまっとうだ。
 「このままでは戦争語りが「学校の怪談」や都市伝説化する。悩ましいのは、歴史の怪談、都市伝説化に抗うのは意外と困難だという点。きちんとした証拠に基づき、論理的整合性に配慮する歴史学よりも、何となくの根拠で伝えられる物語のほうが人類にはなじみ深い」と、戦争語りの陥穽を指摘し、

「戦争全否定派はとにかく恐ろしさを説く。しかしこれらの情報は決して嘘ではないが戦争 のすべてではない。あの戦争は軍部の暴走だけで起きたわけではなく、背景には国民の圧倒的支持があった。特に開戦初期には多くの国民が戦勝報道に熱狂し、メディアや軍事産 業は大きな利益を得た。」「戦争肯定派はとにかく気持ちのいい話を好む。日本はアジアの国々から感謝されている。帝国陸軍の兵士はみな起立正しく国のために命を捧げた。しかしアジアに厖大な犠牲者が生まれたのは疑いようのない事実。ほんのわずかな例から日本賛美の物語を紡ぐのは都市伝説と変わりない。」と
左右の論壇のありかたの欠陥を分析、

そして
「仮に戦争体験ができるだけ正確な形で伝わったとしても、それがどれほど意味のあることかはわからない。それこそ「戦後70年」特集でよく見るのは、あの悲惨な戦争を繰り返さないで平和な世界を作りましょうというメッセージ。しかしあの戦争と平和構築を安易に結びつける議論が非常に危険だと思う。なぜなら現代世界で起こっている戦争は70年前に終わった戦争とはまるで別物だから。」と、現実を見据えている。

「戦争の記憶が風化してからのほうが、僕たちはより『戦争』をフラットに見ることができるかもしれない。同時に都市伝説化、怪談化も進むけど。だがそれほど心配していない。(時間がたては)冷静な議論ができる時代は絶対に来る。日中韓の関係もまた押してしるべし。」と結んでいる。

 言うまでもないが、古市氏は、「加害者としての日本という主体を忘れてもよい」と言っているので
はない。また、語り部を使命と思って、原爆体験や空襲体験の語り部たちの活動を否定しているの
ではない。平成生まれれの人々に、「語り継ぐ」ことがどれほどの意味があるのかと疑問を呈して
いるのだ。
これって、とかく何でも情緒に流される日本人(という再帰的な存在)には、けっこう大事な指摘だと思います。




「無駄」とどう向き合うか。西成活裕さんの著書から考える。


世の中、突き詰めると、「『無駄』」をどうするか」のために生きているような気がする。
 カイシャでは経費節減、業務の効率化、経営資源の有効活用などという言い方で、日々「無駄」と闘うことが日常業務だ。ヘタすると、社会的価値を生み出すという企業本来の目的がどこかに消えて、無駄をなくすこと自体が目的になってしまった錯覚に陥りかねない。

 ともあれ、無駄はなくしたいというのが、私生活でもあることは確かだ。ムダなお金は使いたくない。時間のムダもいやだ。日々、無意識に「無駄」と闘っている。

 なぜか、2008年刊のこの、西成さんの書籍を買って読んだ。「渋滞学」のあの人だ。夏前に新潮選書の書籍目録が新宿紀伊国屋に置いてあって、それを家のソファーに寝転がって、何かいい本なないか“物色”している時に気に留めた1冊だったからだ。
 
 もちろん「無駄」ということに、ことのほか関心があり、「合理的」であることをこのやく愛する性格も作用した。
 一読して「う~ん」とうなってしまった。「学問」と言うには、有名な「渋滞学」の域に届いていなかった。前半は「学」になろうとして言葉の定義や論理を展開し、中盤は「トヨタ生産方式」の具体的な紹介。後半は西成さんの社会に対するエッセイだった。
 
 決して内容が「無駄」だった。読んで時間を「無駄」にした、ということではない。トヨタ生産方式をこれほど具体的に読んだことはなかったし、エッセイも「無駄」という視点から、エンデの「モモ」から、「成長の限界」まで、さまざま知識人の著書が簡潔に紹介されているという点では、「無駄」を再認識するきっかけにはなった。

 でも一番印象に残った、実用的な記述は、結局「高速道路で車間距離を40メートル以下にすると渋滞が起きる。だから車間距離を詰めないことが肝要だ。」ということだったかもしれない。

 西成さんは「直観力」についても述べていて、これはこれで参考になる話だけど、直接「無駄学」とは関係ないお話だった。

断わっておくが、この書籍をけなしているのではない。とにかく最後まで読んだ。でも「渋滞学」のように後世まで残るテキストではなかったということかな。無駄について改めて深く考えるきっかけにはなったけど。


2015年8月30日日曜日

「戦争法案」「徴兵制」など安保法案への幼稚なレッテル貼りは恐れ入る

 参議院で「審議中」の安保法案が「良いこと」なのか「悪いこと」なのか、私にはよく分からない。考えれば考えるほど判断がつかなくなる。それほど微妙なことなのだろう。だからこそ国会での議論では思慮深い奥行のある議論を聞きたいと思っていた。

8月30日国会前のデモ(ネットより「引用」)
しかし、現実はそうなっていないような気がする。賛成も反対も何か雰囲気で判断されているように気がする。

 野党(特に社民なんか)は、国会の審議で、「戦争法案」とか、「徴兵制復活!」などど勇ましい言い方をする。これほど幼稚な議論があるだろうか。これはいわゆるレッテル貼りでしかない。幼稚という言葉以外に、適切な言葉が浮かばない。

 それは支持者をもバカにしている、ということに他ならない。
オルデカ的な大衆論に立てば、大衆は論理を理解できない、その場の空気で判断する。だから理詰めで説得するより「空気」を作れば、流れが変わる。と、思っているからこういう言い方になるのだろう。その点に関して言えば、政府の方が真摯な対応だと認めざるを得ない。

 ワンフレーズで「キャッチな言い方」で、支持を集めようとしている涙ぐましいご努力は分かるけど、レッテル貼りは、右側の人々が「売国奴」だとか「アカ」(ちょっと古いか)だとか、醜い言葉で切り捨てる手法とそっくりだ。なんら変わるところがない。そのことに彼らは気づいているのだろうか。それとも大衆操作としてこの方が有効だからやっているだけのことなのだろうか。

この国の議論は、いささか知性に欠ける。

多摩川ランニング 盛夏を過ぎて、20㌔を走る

 誰でもそうだろうが、真夏の気温、まして炎天下ではなかなかランニングは厳しい。
おカネと時間があって、高原にでも行ける人はいいが、いつもの都会での走りには一工夫が必要だった。
 今年は少し気合を入れて、朝5時半起き、排便等を済ませるため、いつも結局は6時スタートだったが、10㌔~12㌔週に2回ほど走った。

 ものすごく汗をかくし、走り終わったあとのほてりは相当だけれど、水のシャワーで頭から冷やして体を整えた。これが結果的に身体を鍛えることになったようだ。
 
 そのあと出勤して、炎天下を1.2㌔ほどカイシャまで歩くけど、あまりバテたりしなかった。暑さに強くなった。また、1日だけテニスも(1時間余りだけど)したけど、バテなかった。いっしょにテニスをした愚息と愚妻はなんだかそのあと軽い熱中症のようになり、頭痛がしたり吐き気がしたりしてタイヘンだったけど。

 で、本日8月最後の日曜日(30日)。久しぶりに20㌔走った。雨が降りだしそうな天気でちょっと湿度は高いが気温は過ごしやすい。(あの真夏に比べれば)。金さん(哲彦)の言葉を思いだしながら、気持ちを整えて、ピッチをあげずにとにかく10㌔すぎは行こうと走った。
 EPSONのリスタブルGPSはこういう時役に立つ。時々ラップを見ながら自分で息のあがらないペースを保って走った。
 
 多摩川の丸子橋の東京都側を、玉堤通りの下の側道を二子橋まで遡る。世田谷区は河川敷の歩行者・自転車道をまったく整備していないから、車道を走った方が走りやすい。
いま話題?の二子玉川ライズの中を抜け、二子橋を渡り、今度は川崎市側を下る。この日は多くの学校で夏休み最後の日曜日だからなのだろうか、少年野球の大会が開かれていて、どこも大賑わいだった。しかし雨は小雨ながら本格的に降りはじ、子どもたちにはちょっと気の毒だった。

 12㌔を過ぎるころから膝に疲れからか軽い違和感があったが、走りに支障が出るほどではない。逆に身体の調子はよくなってきて意外に快適に走り続けられた。

川崎市側を丸子橋をすぎ、ガス橋まで下り、東京都側に渡って、サイクリング道に従って300mほど下って折り返し、今度はガス橋をくぐって丸子橋を目指した。

途中、6㌔、11㌔、16㌔くらいで立ち止まり、給水した。
帰ってEPSONの記録をパソコンに移してみたら、ペースを落として走ったつもりの前半は5分30秒/㎞前後だった。自分の「ペース」というのはある程度決まってしまっているのだろうか。
後半は上げたつもりだったけど、あまり変わらないラップだった。


とにかくハーフ(に近い距離)を走れてホッとしている。
アディダス エナジーブースト
これから秋。そんなに意気込んでいる訳ではないが、還暦までにはサブ4を達成したい。


余談
いま次のシューズに考えているのが、アディダスのブーストシリーズだ。
フルマラソンの経験のない私にとって30キロの壁はまだクリアしていない。春に27~28キロを走った時、ちょっとした道路の突起によろけて、急に走りのペースが乱れた。お尻もずいぶん落ちてしまっていたようだ。
そうした時に衝撃を吸収してくれるソールは魅力だ。
まだ調子のいい時でベアフットランが出来ている時は不要だが、長距離を持続するなら試してみたい。

いつ買うかな。  

2015年8月22日土曜日

通勤電車にはスマホいじり専用車両を作れ!

 東京でも「池上線」という3両しかないローカル電車を普段利用していると、同じ東急の路線に女性専用車両があることなど、意識化されない。久しぶりにラッシュアワーに東横線に乗ろうとしたら、女性ばかりで、それが「女性専用車両」だったなんてことは、1度や2度ではなかった。
 だいたい女性専用車両などいるのかと、思ってしまうが、いろいろ被害に遭う女性にとっては、必要なのだろう。しかし、ヘンなことに気が付いた。
 女性専用車両があると、それ以外の車両に乗っている女性は、それこそヘンな目で見られはしないか。また、そこまでいかなくても、相対的に男性が多いフツーの車両に乗ることが、かえって抵抗感を生まないか、疑問に思った。
 ある人々のために、(もちろんそれが良かれと思って)専用の器をつくると、それ以外にある種の差別構造を作ってしまうというのは、何も車両だけではなく、よくあるのかもしれない。

 
卑近な例かもしれないが、災害で家を失った人のために、仮設の災害復興住宅が建てられた。も住む場所の確保は喫緊の課題だから、もちろん行政は良かれと思って建てた。しかし時間が経過して、自力で出ていく人が増えると、そこに残された人々は「弱者の集団」になっていく。結果的に社会的弱者が1か所に集められ、世の中に「見える化」されたことになる。
問題を顕在化させるとうことでは、対策を立てやすいということでは、必ずしも悪いことではないが、周囲からは、今度は「お荷物集団」と意識されてしまう面も否めない。(人間とは結構「人の不幸」に対して残酷だから。)
ではどうすればいいのか、なかなか良い答えは見つからない。

前置きが長くなった。
スマホいじりの人種にアタマにきてこの文章を書き始めたのに、書きながら思考はぜんぜん違う方向に行ってしまった。

通勤電車内で、スマホのゲームを行っている輩は、やたら多い。彼ら、彼女らは、本当に「無心」で夢中になっている。だから、熱を帯びてきて「脇が甘くなり」、肘が隣の人間に当たってもおかまいなし。前に妊婦さんが立っても、「そんなのカンケイない」。疲れてくるので足を組み、投げ出して座る。どうしようもない人々だ。ネットサーフィンに夢中になっている人々も、ほとんど同じふるまいだ。

彼ら特殊な人々は「区別」されるべきた。。スマホをいじるなら、専用車両にまとめて、ホームも別にすべきだ。スマホをいじりながら歩く「迷惑な人々」は彼ら専用の通路を歩いてもらうべきだ。

首都圏私鉄の雄、東急電鉄さん。金儲けばかり考えなくて、すこしは乗客のために投資してもれませんかね。まあ、これまで何度も書いている「東急電鉄という体質」では無理だと思いますけど、一応要望します。

2015年8月18日火曜日

8月15日が過ぎ「戦後70年」は忘れ去られていく。これでは歴史を深く考える習慣が身に着かない。

メディアによる「戦後70年」をネタとしたキャンペーンはほぼ終わった。8月15日を最後として、おそらくメディアに登場するのはグッっと減っていくだろう。連載記事や公共放送の特集番組はまだ残っているが、それは余韻でしかない。
 「戦後70年」がこうした“お祭り”でいいのだろうか。本当に。節目で盛り上がれば盛り上がるほど、節目が終わった時の反動もまた大きい。これでは歴史を深く、長く考えていくという習慣が、人々に身に着かないのではないか。
 8.6などの儀式に違和感を感じた背景には、そういう思いがあるからだ。

「歴史が『現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話』(E・H・カー『歴史とは何か』)の指摘を待つまでもなく、「現在の視点から不断に解釈する営みが必要」(高橋伸彰さん8.16朝日書評より)なのだ。儀式に埋没して終わってしまうことの陥穽をもっと真剣に考慮すべきだと思う。

花火をブチ上げて、衆目を集め、終われば次のネタに移る。これがメディアの常とう手段だ。戦後70年はメディアによって生産され、短時間で大衆に消費されたにすぎない、と思うのは浅はかだろうか。
結局、われわれは歴史に向か合えたのか。
では、どうしていけばいいのか。正直言って、分からない。しかし、ひとつ言えるのは、あの戦争の「生々しい記憶」を呼び起こすという見方でなく、歴史としてきちんと位置付け、冷静に考えることの方が有益なのではないかということだ。
「戦後70年」報道で目立ったのは、(長生きした人々の証言や知られざる事実の発掘だった。それはそれでいいのかもしれないが、15年戦争(さきごろ亡くなった鶴見俊輔氏の言葉)の冷静な総括や戦後世界の分析はあまりなかったように思う。

○「証言」で秀逸だったのは8月13日に放送された
NHKスペシャル「女たちの太平洋戦争~従軍看護婦 激戦地の記録」だった。
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20150813

女性は強い。男だとなかなか言えないことをずばっと正確に言うところはすごいと思った。
こういう証言集なら記録に値するし、番組としてもすぐれていたと思う。

→関連の考察を別ブログに記す


2015年8月15日土曜日

村山首相の戦後50年談話で十分だ。戦後70年談話など必要ない、と思う。

70年という歳月がどのくらいの意味を持つのか。もちろんそれは人によって様々だろう。長寿の時代、いわゆる「物心」がついた年齢から70年後では、記憶として鮮明だろうし、まして「戦争体験」という特異な状況下であればなおさらだ。
しかし、そうした人はもはや少数になりつつある。多くの人々にとって、もはや70年前のことは歴史でしかないし、それは別に悪いことではない。
断わっておくが記憶として留めている少数の人々の思いを無視してよいとか切り捨てるべきと言っている訳ではない。語り継ぐことの大切さにはもちろん同意する。

私はこの人を尊敬する。稀有の政治家だと思う。
戦後50年の村山談話は、歴史に残る価値のあるものだったと思う。村山首相は、50年という節目で、よい意味で戦後に決着をつけようとした。それは戦後世代の人々に過去を背負っていきてほしくないということだったと思う。いわゆる「慰安婦」問題についても、政府も出資し基金を作って償いを行い、決着を図った。それは正しい判断だった。
 「謝ります。。そして償います。だからもうおしまいにしてください。私どもは、過去に十分向き合うことで未来に向かって生きていきます。ご理解ください。」
ということだったのだろう。

しかし、その後の政治の動きは、こうした努力を無にするものであり、中韓の「お家の事情」ともあいまって、こうした努力は水泡に帰してしまった。それに追い打ちをかけたのが安倍首相の「戦後70年談話」だろう。日本という国はいつまで幼稚な振る舞いを続けるのだろうか。もう本当にこの国が嫌いだ。
 
 安倍の本音は、今回談話で「戦後レジーム」を見直したかった。しかし国内外の世論に押されそれができないと悟った。しかし談話を出すことで、少なくとも「村山談話」を継承するという言説を持って消し去りたかったのだろう。(少なくとも表面上)「継承する」ということは、自身が首相の時に出した談話の方が「新しい」もになり、それが「歴史」になるからだ。この人はどこまで、ナルシズムの性癖の持ち主なのだろうか。まあそれを選ぶ国民が、それに同意しているということなんだから、この思想に抗う筆者は少数者なんだろうけど。 もうたくさんだ。

※村山政権(94年~96年)には阪神淡路大震災(1995年)があり、不運も重なった。少数の社会党が自民党という巨大政党と組み、「妥協に妥協を重ね」て政権を維持したと批判する人もいるが、逆の見方をすれば、モノゴトを進めるためには自己主張を押し通すだけではうまくいかず、譲ることは譲って、なんとかモノゴトを進めていったということではないか。その意味では村山さんは、偉大な政治家だと思う。


2015年8月12日水曜日

57歳を記念して、ひとりで鰻を食べる

本当にうなぎが縁遠くなった。なにしろ高い。
乱獲のためなのか、別の原因なのか、稚魚が獲れないらしい。そして養殖も難しいのなら、高騰し、なかなか食べられないのはいた仕方ない。

神保町「なかや」の特上
およそ儀式が嫌いなので、第一次定年を迎え、57歳になった今年の夏。特になにもすることなく、たんたんと過ぎていった。

でも、鰻が食べたかった。それもスーパーで買ってくるのではなくて。
だからひとりで神保町まで出かけ、食べた。
残り少なくなってきた己の人生とどう向きあうのか。ゆっくり味わったけど、わずか30分足らずで、至福の時は終わってしまった。


今回は神保町のなかや。タレの好みで言うと、もう少しだったかな。でも十分おいしく焼けていた。特上3000円也。



これまで行ったことのある鰻屋で、おススメは新橋の「かねてつ」。
http://tabelog.com/tokyo/A1301/A130103/13023631/
新橋駅前ビルの1号館地下一階 新橋駅の地下道から入っていける。

カウンターだけの狭い店で、くつろいで味わう店ではないが、老夫婦2人で頑張るこの店には不思議な魅力があった。


同じビルのすぐ近くに「市松」もある。ここはイスに座って食べられる。よし
http://tabelog.com/tokyo/A1301/A130103/13013372/


駅から少し歩くが鰻のお宿もなかなかいい。
http://tabelog.com/tokyo/A1301/A130103/13035340/
初めてハーフマラソンの大会に出る前々日の金曜日に食べた。

高級な店を探し出したらきりがない。ここに掲載したのは、あくまでも、まあ手頃な値段で食べられる、「オレの鰻屋」であることをお断りします。


安藤忠雄は責任をとれ・・・「言い訳」をする人間の精神構造。

かつてこのブログで、猪瀬元都知事ことについて「平気でウソをつく人」だと人間性を問うたことがあった。
何かマズいことに直面するとまず「言い訳」をする性癖の人間は少なからず存在する。その性癖はその人の能力や地位や業績に関係なく、そういう人間はいるのだ。

2015年7月17日 netより引用
新国立(こくりつ)競技場の建設を巡って、コンクリート建築家・安藤忠雄は、そうした人間なのだろう。
7月17日の記者会見で、図式まで用いて、われわれが「選考」したのはデザインであって、コストは「そんなんおカンケイない!」と言いつのっていた。
“世界的”な建築家として、恥も外聞もない「言い訳」だけの会見だった。

しかしどう考えても一流の建築家がコストを無視してデザインのみの「選考」だったなんて信じられるだろうか。デザインを見るだけなら、建築家である必要はない。建築の知識がなくてもセンスのいい人(っていう定義は難しいけど)にお願いすればいいだけだ。

安藤忠雄氏が選考委員長に選ばれたということは建築家として、その実現可能性も含めて考えてもらうというのが、いわば当たり前のことではないのか。

そんな、今回の問題の主犯格に対し多くのメディアは、弱腰の質問しかできなかった。
そりゃそうだろう、彼には多大なお世話になっているテレビ、新聞は多いから。

公共放送では、「プロフェッショナル」何かでも持ち上げいる。それだけではなくニュース企画にもよく登場する。ボクサーかは這い上がった東大教授という物語は、大衆受けするネタなのだろう。

下村文部大臣に指導力がないなど批判も多いが、もともと安倍の顔色伺いしかでない能力の人間だから「批判」しても始まらない。

この項を書いていて思い出したことがある。
サッカーの中田浩二が現役のころ、細かな背景は承知していないが、彼を追いかけまわすマスメディアに対して、「虫けら」と言って、それを記者会見で詰問されたことがあった。

記者は「虫けらとうはどういうことですか」とバカにされたことを不穏当な発言だと言わんばかりに質問した。。中田は「虫けらは虫けら。そういう意味です」というような内容を言って、じっと質問者から視線を話さなかった。この席では以上、「虫けら」について“追及”はなかった(ように記憶している)。

「虫けら」という言葉が良いか悪いは別問題として、中田は自分の発言にある種の責任を持ち、逃げなかった。それは本当の大人の対応だ。自分の行ったこと発言したことについて、自分でその責任を引き受けるのは。

質問した記者はここで論争しても負けると、直感したのだろう。
自分たちのマナーの悪い取材を逆に問題視されることを懸念したのかもしれない。
とにかく、中田は「勝った」。これはこれで立派だ。中田を支持する。

2015年8月7日金曜日

『祈る平和』に感じる違和感 8月6日 「原爆の日」に思う

いわゆる(あえて「いわゆる」と言う)戦後70年。そして「被爆70年」は、その「節目の年」として、今年の「8月6日」は、語られた。明日は8月9日が語られるだろう。

「もう原爆の恐ろしさを伝える人々が少なくなってきた」「忘れてはならない」などなど、当然の言説がメディアで語られる。そのことに異議はない。正しいことだ。と、思う。
しかし、しかしである。
何か自分の中で「違和感」を感じてしまうのが、正直な思いだ。なぜなのか、考えてみたい。

「被爆70年の国民の思い」を否定するなど、それこそ非国民だと非難されそうだ。否定するのではない、それぞれの被曝者の方々の思いには寄り添いたい。
しかし、である。
かつてNHK教育テレビの討論番組で平和活動を行うNGOの女性が言っていたことを思い出す。「祈る平和主義」もあるが、「積極的に(動く)平和主義もある」と。

 ヒロシマ報道に違和感を感じているのは、まさにそのことかもしれない。
「祈る平和」は誰も否定できないよいことだけれど、そこには無力感も漂う。現実の政治はきれいごとでは動かないことを、歴史は語っているからだ。
「祈る」ことが悪いと言っているのではない。ただ、あまりにそのことばかりがクローズアップされすぎてしまうと、「なぜなのか」と感える思考が埋没してはしまわないか。

儀式化している8月6日、9日の催しは、祈るための祭祀になっている。若い世代がどれだけ「自分のこと」として原爆投下を考えるだろう。儀式で終わってしまうことの方が、よほど危ういと思う。

他人の葬式に出たことのある人は、経験があるだろう。儀式が執り行われている時は、厳かな気分になって、故人を忍ぶ。しかし儀式が終わってしまえば、そんな気分はどこかに行ってしまう。まして日にちが経ってもその故人を思い出して生活することなど、ありえない。儀式とはそういうものだ。
しかし「平和」は、常に考え、行動することが必要だ。8月6日に「祈れ」ば、ハイそれで終わりというのでは意味がない。そこに儀式への違和感がある。

「平和を祈り、平和を願う」ことは、あの原爆投下は、どういう意味があったのか深く考えることの妨げになってはいまいか。祈ることが思考停止になってはいけない。

渡辺靖さんの最新刊「アメリカのジレンマ」(NHK新書)によると、原爆投下を正当化できると考えるアメリカ人は54%、65歳以上では70%にのぼるという。(55頁 2015年の世論調査)
※もっとも18歳~27歳では47%で、歴史認識の世代間ギャップがあることも同時に述べている。

 なぜ原爆は落とされたのか。それを誘発したのは日本だったのではないか。そして、もっと突き詰めれば、アメリカに宣戦布告して戦争を始めたのは日本だったのではないか。それを主導したのはだれか、なぜ戦争をすることになったのか。考えることが必要だろう。

「それでも日本人は『戦争』を選んだ」を、いまごろだけど読んでみようと思う。そのことの方が祈ることより、価値があると思うから。






2015年8月4日火曜日

「ゆっくり、いそげ」で贈与経済を改めて“確認”する




キリスト教について詳しい訳ではないが、新約聖書の「与えよ さらば与えられん」は、何となく知っている言葉だ。
日本のことわざで言えば「情けは人のためならず」と、言ってしまってはちょっと身もふたもないけど、まあそういうことに通じる。
もう少し高尚に言えば「贈与経済」ということだろう。
「人は与えることによって得ることができる」

「ゆっくり、いそげ」は、「良い本」だ。読むと気持ちが和らぐし、この世の中捨てたもんじゃないと思うようになる。著者は、先日NHKの「news web」にコメンテーターとして出演していたが、語り口も物腰も好感のもてる、しかもアタマのよい人だった。「ゆっくり・・・」は平易でしかも確かな文体で、内容のあることを書いている。一読するに値する。
高校生の愚息に薦めた。

この中に出てくるのが舘岡康雄氏の2冊だ。さっそく図書館で借りてきた。舘岡さんは日産の「軌跡の復活劇」の渦中にいた人だ。

「世界を変えるSHIEN学」では、リザルトパラダイスからプロセスパラダイスへの変化を訴えている。
つまり簡単に言えば、管理、命令、上意下達式の経営から、みんなが考え、アイデアを出し合って、いいものを作る(いい仕事をする)という
ことだ。ちょっと内容に重複感があるが、それなりに参考にはなる。
しかし、コトはそう簡単ではない。実際、日産の復活だって、多くのリストラや下請けへのコストカット要請など、さまざまな要素がからみあって、「復活」した面もある。
単に、「社員の意識が変わって会社が甦った」と言うのはちょっと眉唾かもしれない。

ともあれ、「SHIEN」という考え方はとても重要だし、基本理念は支持したい。

「利他性の経済学」は、少し理屈っぽくて斜め読みしてやめてしまったけど。

2015年8月1日土曜日

木曽御嶽山の「捜索再開」に、あえて異を唱える。+追記

netより「引用」

 57人が死亡し、戦後最悪の火山災害となった木曽御嶽山の事故。先日9か月半ぶりに行方不明者の捜索が再開された。
 昨日1人の遺体が発見されたが、なお5人の不明者がいる。不明者の家族にとって肉親がどうなっているのか、自分の気持ちの整理をつけるためにも早く「発見」してもらいたいと思うのは、ごく自然なことだ。私自身も登山をする子どもがいるし、自分も登る。
 もし何らかの事故に見舞われたら同じ気持ちになるだろう。だから、そうした家族の気持ちを何ら否定しない。人として大切なことだ。
 しかし、それと捜索を続けることは分けて考えなければならない。1人の遺体が発見されたということは、他の5人についても発見の期待が高まる。家族にとっては朗報だ。最後のひとりが発見されるまで、捜索は続けられるのだろうか。

これまでのべ何千人もの人員が投入され、標高3000mを超え、しかも火山灰で埋め尽くされた過酷な条件の中で、捜索は行われてきた。それはすべて「税金」で賄われている。それがはたして「正しい」ことなのだろうか。

netより「引用」
人命は何よりもまして重要だ。生きている見込みがあれば捜索を続けてもらいたい。しかし災害では72時間と言われる生存確率の高い時間を経過した場合、それは、マスコミは絶対そういう表現は使わないが、「遺体の発見」のための捜索になる。
 
 宗教観はひとそれぞれだが、日本人はどうちらかというと「遺体」にこだわる傾向があり、残された家族も「発見」が「けじめ」と感じる。だから行政も「家族の気持ちを組み」「遺体の発見」に多大な人的、金銭的資源を投入するし、そうせざるおえない状況になる。

テレビも大衆紙も企画を組んで、「残された家族の思い」を大々的に伝え、それが行政の方向性すら左右するようになっている。でもそした流れには、何か違和感を覚える。

 行政が何に税金を使うかは、形式的に言えば選挙民選んだ「選良」が代議して決めるのだが、実際は、大くの場合、首長の方針で決まる面がある。首長にとっては「残された家族に寄り添う、やさしいリーダー」というイメージは選挙でプラスに働くだろう。そしてこういうことに対して、注文をつける(文句を言う)ことははばかられるから、ほとんど批判の声はあがらない。

netより「引用」
かくして捜索は冬直前の山が危険になる時期ぎりぎりまで続けられ、そして再開された。だれも文句を言わないどころが、まるで日本国民全員がこの日を待ち望んでいたかのような雰囲気にメディアも静かに「訴える」。

本当にこれでいいのだろうか。今回は「戦後最悪の火山災害」という冠(カンムリ)が付いている。しかし災害による行方不明者はすべてのケースについて公的資源で捜索が続けられる訳ではないだろう。実際海難事故ではある程度日数が経つと打ち切られる。1、2人の行方不明の山の事故は限りなくあるが、延々捜索が続けられる訳ではない。

「火山災害は予測不可能の突発事故であり、その意味では被害者に瑕疵はなく、他の災害といっしょにできない」と言う人もいるだろう。しかしどこまでが自己責任でどこから「災難」なのかなんて手線引きはできない。身もふたもない言い方だけど、運・不運もある。

私はこう考える。生存のみ込みがあるのなら、行政が捜索を続けることに異議はない。繰り返しになるが人命は何よりも大切だからだ。しかし72時間が経過したら、(もちろんもう少し見込んで1週間としてもいいが)、それは「遺体発見」の捜索になるのだから、捜索にかける費用対効果も斟酌して決定されるべきだ。打ち切りも当然あってよい。

残された家族も意識を変えることが必要だ。冒頭に記したように気持ちは理解するが、「カオを見るまでは『死』を信じたくない」という、素朴な思いを乗り越え、現実を受け入れ生きていくことが、長い目でみれば必要だ。それが“遺された人”にとっても責務でさえあると思う。

だから捜索再開には「反対」する。
悲しみの気持ちを乗り越えて生きていく「強さ」が家族にも、行政にも求められている。


追伸
8月6日。長野県は捜索を中止することを決めた。理由の詳細はあまり報道されていないので、わからないが、常識的な判断だろう。
オカシイのはメディアの方だ。捜索再開の時は、多くのメディアで(少なくとも、私が通常見ているテレビの公共放送や築地に本社のある新聞)、「捜索再開を待ち望む家族の思い」を大々的に伝えていた。それも見ている側、読む側が、感度移入しやすいストーリー仕立てで。しかし捜索の打ち切りを伝える報道はほとんどベタ記事だった。
遺族にしてみれば、梯子をはずされた思いだっただろう。
マスコミはずるい。論理の一貫性から言えば、「最後の一人が見つかるまで捜索を!」と主張しなければオカシイではないか。
場当たり的、その時、その時で読者・視聴者を獲得できればいいという姿勢そのものだ。
彼らメディアは「報道とはそういうもの」としたり顔で言うだろう。だから信用されないということに気付いていないのか、分かっているけどやめられないのか。おそらく後者だろうが、火山噴火に散った人々やその家族は「いいネタ」として消費されただけだった。

山をやるものとして、彼ら犠牲者に、合掌。







2015年7月30日木曜日

タバコを巡って② 受動喫煙の健康被害を軽んじる渋谷区

 いわゆる「シブヤ」=ハチ公のいるスクランブル交差点を中心とする繁華街とその周辺部は、渋谷区の一部かもしれない。が、同時に渋谷区のカオでもある。以下、このシブヤでの話し。

  この7月から再び渋谷区内に通勤するようになって、改めて気付いたことがある。いわゆる若者(バカ者とも言う)は、人の迷惑に無頓着な輩が多いということだ。しょっちゅう歩きたばこに遭遇する。そのたびに、有害紫煙に恐怖して避けて歩かなければならない。

 渋谷区に喫煙条例はないのだろうか。調べてみたら、なんと、ないのだ。
あるのは単に吸い殻を路上に捨てるのは禁止」というだけだ。そしてその罰金は「2万円以下」

*************************************
【参考】 きれいなまち渋谷をみんなでつくる条例    平成九年一二月二日
(禁止行為)
第十一条 何人も、公共の場所等にみだりに吸い殻、空き缶等を捨ててはならない。
2 何人も、落書きをしてはならない。
3 犬の飼い主又は管理する者は、公共の場所等で、犬のふんを放置してはならない。
(吸い殻入れ等の設置及び管理)
第十二条 たばこ及び飲料の自動販売機を設置し、又は管理する者(以下「自動販売機設置者等」という。)は、吸い殻入れ又は回収容器(以下「吸い殻入れ等」という。)を設置し、これを適正に管理しなければならない。
(罰則)
第二十二条 第十一条各項の規定に違反した者は、二万円以下の罰金に処する。
*************************************

つまり、渋谷区では吸い殻を捨てることは罰金2万円以下の禁止行為だけど、路上喫煙は、条例
では何も制限されていない。条例に従えば、どこでも携帯灰皿を持っていれば歩きタバコもOKとい
うことだ。
なーんだそうんだったのか。これでは、路上喫煙がなくならいはずだ。

こう書くと、渋谷区の役人から反論を受けるだろう。

区は「渋谷区分煙ルール」を定めて「歩行喫煙はしない」「たばこは決められた場所で吸う」という運動を“推進”している。しかしそれは条例でない。だから罰則規定もない。
この「決まり」って何なの?。どうやってこれを守ることが担保されるのか。
しかもこの「分煙ルール」は、ご丁寧に、主要駅から半径300m以内を「重点地区」と定めている。半径300mをどうやって定義するのか。大平原でもあるまいし、どこからどこまでが300mなのか、分かりようがない。
また重点地区を定めるということは、重点地区以外は守らなくてもいいと言っているに等しいということではないのか。重点地区では何か特別に行政マンを配置するなど施策をしているのだろう
か?。さっぱい理解できない。
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/env/en_eventact/bunen2.html
確かに、条例でなくてもルールを設ければ、多くの“こころある”人はそれに従うだろうし、その意味では一定の効果があることは否定しない。しかし問題は「少数かもしれないが、ワルをどうするか」ではないのだろうか。そのために法律や条例というものがあり、抑止力として罰則規定もある。法治国家なんだから。

 卑近な例を出そう。
 殺人罪がなくても、大多数の“善良な”人々は人を殺したりはしない。窃盗だって同様だ。多くの人は、法律がなくても人様のものを盗み出したりしないだろう。それは殺人や窃盗がフツーに行われる世の中だと安心して暮らせない。それは自分たちの社会が成り立たないということを「理解」しているからだ(と、思いたい)。

 しかし、「殺人罪」という法律があるのは、多くの理性的な人々の中に、ごく少数だが殺人を犯す人がいるかもしれないからだ。実際、いる。だから罰則を設けて「禁止」している。

1000人が暮らす町で、999人が善良な人々だとしても、1人だけ殺人を犯す人いたら、この町は「怖い所」になってしまう。たったい1人、0.1%が、すべてをブチ壊す。だから「禁止のルール」は「少数者」のために存在する。

渋谷区の施策に話をもどそう。
ルールはなぜ存在するか、という原理的なことを斟酌せずにただ「禁煙ルール」を定めましたと言っても、それは実効性が担保されないし、そもそも説得力も何もない。

 おそらく、条例を策定する際に、愛煙家の区議や役人が「たかがタバコ、そんなに厳しくしなくても」「まあ大目に見て・・・」などと考え、ブレーキをかけたのだろう。そして妥協案として、なんら法的バックボーンがない、曖昧な位置づけの「禁煙ルール」みたいなことを決めた。

喫煙所からいつもはみ出ている。ちゃんと中で吸え!(netより引用)
役人も区議も、彼らはそのルールの実効性などどうでもいいと思っている。ただ、自分たちはちゃんとルールを作り、タバコの害から「区民等」を守りましたと、言い訳の材料にしただけだ。
健康を害する、また子どもなどの目の高さにあり危険とさえいえる「歩きタバコ」問題は、こうして処理された。バカにされたものだ。

ついでに言っておく。本日、悪名高いセンター街を歩きながら、吸い殻がどのくらい落ちているか数えた。スクランブル交差点までおよそ30メートルの距離だけだが、概算で50は下らなかった。条例の罰則の最高額2万円が課徴されたとしたら、これだけで100万円分だ。

渋谷区の役人は条例をどう生かしているのだろうか。この条例を駆使すれば、毎日数千万円の収入があるだろう。それをまったくやらない渋谷区は、もはや条例すら形骸化させているということだ。

性的少数者(同性愛者)を認めるのもいいけど、「区民等」の健康と安全を守るためにもっとやるべきことがあるんじゃないの。シブヤ区は。
斉藤 環さん(精神科医・評論家)の言葉を借りれば、渋谷区はそこにたむろする若者だけでなく、
区役所の職員、区議も「ヤンキー化」しているんだろう。



ちなみに隣の新宿区では、
「新宿区空き缶等の散乱及び路上喫煙による被害の防止に関する条例」で、
(路上喫煙の禁止等) 第 8 条 区民等は、路上喫煙を行ってはならない。ただし、区長の指定する場所においては、 この限りでない。と、
はっきり路上喫煙の禁止を謳っている。ただし罰金などの罰則規定はない。

一方、第 7 条では「 区民等は、道路、公園、広場、公開空地その他の公共の場所に空き缶等をみだりに捨 ててはならない。」と言い、2万円以下の罰金も設けている。

空き缶を捨てるのは2万円以下の罰金だけど、吸い殻はいいらし。
新宿も渋谷も目くそは鼻くそだね。これ以上、バカらしいから調べるのはやめるけど、まあまともな条例があるのは千代田区くらいかもしれない。 以上、バカらしい話を延々書いて疲れた。




2015年7月28日火曜日

タバコを巡って① やめて分かったこと

  完全に“禁煙”してもう12年以上になるので、いまさら「禁煙」という言葉を使うのもオカしいけど、東京の街中を歩いていて、喫煙者の人々に対して一家言したくなるのは今も変わらない。

自分が“加害者”であった時、人の痛みは分かりにくい。被害者になって初めてその痛みが分かる。

 昔、タバコを吸っている時、周囲には十分気を付けていた・・・つもりだった。だけどそれが如何に不十分であり、迷惑をかけていたかは、タバコを止めて初めてて正確に分かった。

 今はタバコの匂いがたまらなく嫌いだ。まして近くで紫煙を吸わされるのは拷問に近い。外で10m離れていても、風向きによってはタバコの匂いにすぐ気付く。それほど敏感になった。

 タバコを吸った人がエレベーターに乗ってくると、吐く息の匂いにすぐ気付く。息苦しくなりさえする。ここに被害者意識が根強く芽生える。そしてその度に、かつての「加害者」としての自分を思い出すのだ。

 だから、よけいタバコの煙を毛嫌いする-ことにしている。それは、かつて加害者であったことの免罪であるのかもしれない。

 「あなたたちのタバコは周囲に非常に迷惑をかけていますよ」というメッセージだ。
喫煙者であったころ、もちろん一緒に暮らす妻に多大な迷惑をかけてきたにちがいない。
自分では気を遣っていたつもりだが、そうれはほとんど無意味な「気遣い」でしかなかっただろう。

この7月から再び渋谷に通勤するようになって、いくつか気付いたこと、感じたことがある。いわゆる若者(バカ者とも言う)は、人の迷惑に無頓着な輩が多いということだ。しょっちゅう歩きたばこに遭遇し、そのたびに避けて歩かなければならない。

渋谷区に喫煙条例はないのか調べてみたら、なんと、ないのだ。あるのは単に吸い殻を路上に捨てるのは禁止」というだけだ。その罰金は「2万円以下」

いったい路上喫煙、歩行喫煙対策はどうなっているのだろう。渋谷区を始め23区のちぐはぐな対応が気になった。(以下別項)

2015年7月26日日曜日

出張先で「朝ラン」大阪城、札幌・豊平川編

外堀の外周は広々として走るのに気持ちがよい

 勤務先がかわり1か月。各地への泊まりの出張が続いた。バッグにランニングシューズとウェアを忍ばせて朝ランを楽しんだ。(「忍ばせ」とはちょっと紋切型の表現か。カバンの中の大部分を占め堂々と一式用具は入っているのだから。)

 7月初め大阪へ出張。大阪府警の近くの宿だったので大坂城を走る。朝5時30分ごろだったか、結構人がいるのには驚いた。走っている人、散歩している人、犬を連れている人と様々だ。1週は4㎞弱。2週走ってから内堀を渡って石垣の中に入っていく。
天守閣前の広場ではラジオ体操が始まった


 ラジオ体操が始まっていた。300人以上はいる感じだった。天守閣を間近に見上げながらの体操は心地よいのだろう。常連と思われる人々は多くが年配者だ。

 天守閣の裏側へ回り、10m以上もある石垣の真上から下を覗いた。弓なりに精巧に組まれた石垣は頑強で、ちょっとやそっとの攻撃では落とせないんだと実感した。

 また、内堀は外堀より一段高いとことにあり、例えば堀を渡る船を持ってくるにも一苦労するのだろうと思った。

 江戸城(皇居)より一回り小さい大阪城だけど、その堅牢さに触れ、これでは家康も、堀を埋めさせなければ落とせなかったんだと、妙に歴史を感じてしまった。

 大阪城ランは楽しく、午前中に乗った帰りの新幹線ではゆっくり睡眠がとれた。(笑)


外堀ごしに見えた天守閣
内堀の石垣。真上から見ると結構な迫力












天守閣裏からみたビジネスパーク方面







見事に組まれた石垣だ



















豊平川 河川敷が広く気持ちいいい

 7月23-24日に札幌に出張。泊まりは豊平川の豊平橋の近くだった。当初の予定では北大の有名なポプラ並木を走ろうと思っていたが、前日、札幌駅から用務地まで歩いた時、札幌市は道路が広い分、信号も長く、また最近はやりの「分離式?信号」で歩行者が「青」になるまで時間がかかることに気付いた。そうすると宿から北大まで町の中心を抜けていくには結構、ストップが強いられて走るにはちょっとイヤだなと思っていた。



遠くにテレビ塔が見えた

 そんな中、札幌の会社の方が「おススメは豊平川」だと言うので、近いこともあり、予定を変更。5時15分くらいから走り始める。
橋を渡って川の右岸(下流に向かって右側)に出て走る。おススメで言われた通り、すばらしいランニングコースだ。豊平橋周辺は自転車道とランニング・歩行者の道が分かれているし、そうでないところも比較的ロードの幅が広く、自転車がいても危ない感じがしない。




もっとも朝の5時台、ほとんど人がいなかった。前半はお年寄りの散歩とランニングする人数人に出会っただけだ。5時台も後半になると少し増えたけど、それでもたいした人数ではなかった。
札幌マラソンもあり、結構ランニングは盛んなところだと思うけど、これは少し意外だった。

場所によっては自転車と人が分離した道になっている

 東京では荒川でも多摩川でも河川敷は野球場やゴルフ場など広い「敷地」が目いっぱい活用されいて、走るには少々窮屈だ。それでも荒川は河川敷が広いのでロードも広くとってあるが、多摩川は、狭い。それも、一部を除いて、だいたいは土手(堤防)の上の細い所しか舗装されていない。
それに比べれば、豊平川は別世界だ。
河川敷はグラウンドなどがまったくない。(一部にテニスコートがあった)おそらく土地の広い札幌では、グラウンドを河川敷に作る必要がなかったのだろう。だからランには最適だった。
この時期の気候も東京にくれべて快適で、走ることを楽しめたひとときだった。

帰りに中島公園の中を北上して帰路についた。公園内は走る人も散歩する人の結構たくさんいた。また、近くのホテルに滞在しているのだろう、外国人観光客の姿も多く見かけた。
中島公園を抜けて、ススキノまで出て運河(?)跡の大きな通りに宿はある。

ススキノでは客待ちのタクシーが列をなしていた。この時間まで「夜の街」は続いているんだなあ。それより早起きしてランニングした方がよっぽど爽やかなのに、と思わずにはいられなかった。

以上、「出張ラン」報告。大坂、札幌に出張するラン人は、ぜひお試しあれ。





2015年6月30日火曜日

錦織圭はテニスを憎んでいる。だから、強くなろうとしている。

 全英オープンが始まった。
言うまでもなく日本の報道では、錦織圭がどこまで行くか、注目が集まっている。先日、NHKでは特集番組で錦織とジョコビッチの闘い(戦いではない)を“ビッグデータ”で分析していた。

 年に1日か2日しかテニスをしないシロウトの身には、技術的なことはあまり論じることができない。仮に少しばかりウンチクを述べたって、それは、床屋談義のレベルだ。それより、彼の「精神力」に注目したい。

 錦織の目は、テニスを憎んでいる目だ。彼は心の底ではテニスを好きではない(かもしれない)。だから彼はあれほど闘えるのだ。彼は対戦相手と「戦って」いるのではなく、彼を苦しめているテニスという魔物と「闘って」いる。
 
 松岡修造も、かつて確かに強かった。体格も欧米人に伍していて、当時多くのテニスファンが彼に期待した。しかし彼は、テニスを愛していた。そして性格としてサービス精神があり、周囲を楽しませるのが、無意識として(フロイト的に言えば「前意識」)働いていた。だから彼はいつも相手と戦うことを楽しんでいたのだ。それはそれで悪くない。しかし限界でもある。

ネットより「引用」
錦織は違う。彼は幼い時からテニスという魔物と出会ってしまい、それと闘うことを運命づけられたのだ。

 彼がアメリカのテニスアカデミーに留学したのは、テニスと闘いたかったからだ。それは「テニスを究める」なんていうレベルではない。どこにゴールがあるのか分からない奥義に分け入って退治しようと、幼心に思ったのだと思う。

 彼がいまやろうとしていることは、テニスが好きか嫌いかというレベルを超越している。おそらく今は、テニスを憎んでさえいる。

 しかし彼はその強靭な精神力があるから、憎いテニスに立ち向かい、ひたすら上を目指そうとしている。その闘いが良い結果を生んでいるのだろう。

彼を見ている(と言ってもテレビジョンで映し出される範囲ですけど)、決して愛想がいいという訳ではない。ファンあてのプロとして、メディアには大人の対応をしているが、それは松岡のように心からファンサービスがしたい訳ではないことは明らかだ。

 でもそれでいい。だからこそ彼の必死さがズンズンと伝わってくる。悔しかったらラケットをコートに叩きつけてよい。彼はテニス、ひいては自分自身と闘っているのだから。そういう強靭な精神力の彼を見習いたい。これが本当の闘う姿だ。

もちろん錦織だけでなく、トップに連なる選手はみな同じだろう。
コーチのチャン氏がこんなエピソードをインタビューで言っていた。
錦織が、ジョコビッチか誰かトップの選手を尊敬していると言うので、怒ったという。これから倒そうと言う人間を尊敬してどうする。そんなことでは勝てない、と。

「テニスが好き」「トップ選手が好き(=尊敬)」。
「好き」は人の心を優しくする。それは、あるシーンでは必要だが、闘うシーンでは邪魔な思想だ。
憎んでこそ、勝てるチャンスがあると思わなければならない。

結果がどうであれ、私は錦織の「目」に注目して全英を見たい。あまりテレビ観戦する時間はないけど。



2015年5月26日火曜日

ボディービルダー、オードリー春日はすごい。文句なくすごい。

TBS系の「炎の体育会tv」でオードリー春日の「ボディービルへの道」を放送していた。(5月23日)

春日はすごい。並大抵の努力では、2年足らずでこの身体を作ることは、なかなかできないだろう。

①トレーニング
番組によると、ほぼ毎日2~3時間の筋トレを行っていた。それだけ時間があるなんて言っては失礼だ。仕事以外の時間ほとんどを費やして、ひたすら筋肉増強に取り組んだ努力はすごい。

②食事制限・・・これがすごいところだ!
食事は鶏ササミ肉と卵、キャベツだけ。
食べるという動物にとって最もと言っていい「欲望」=食欲に打ち勝つのは、なかなかできることではない。これは最後の減量期の一番キツイ食事なのかもしれないが、
カラダの脂肪を落とすために、かなりの食事制限を行ってきたことは想像に難くない。
これには、かなりの忍耐力と胆力が必要だ。
ネットより「引用」

筋肉を付けている人は、結構見かける。簡単とは言わないが、トレーニングをすれば筋肉は付く。たいていは筋肉の上に脂肪もある程度まとっている。
しかし春日(や他のボディービルダー)のように、ここまで脂肪を落とした人はなかなかいない。
大会に出てくるような人たちは、みな同様の努力をしているのだろうが、相当な苦痛を伴う生活だと思う。

「苦痛」とは、痛みということではなく。「欲望に打ち勝つ」苦痛だ。食べたいと思うものを食べないのはストレスでもある。

ボディービルはこの2つを成し遂げて初めて成し遂げられる。

他のスポーツのアスリート、たとえば水泳やサッカー、野球などでは、トレーニングはタイヘンでも、その代償として、食事はストレスを解消するものとして、(もちろん栄養バランスを考えて)好きなものを食べることができるだろう。
他のスポーツにしても食事制限がここまで極端なものは、私は知らない。
しかしボディービルは、アスリートとはちょっと違う。“余計な”脂肪を落とすために、極端な食事制限をしなければならないのだ。
その努力=欲望との闘いは、並大抵のことではできない。

また、春日がエライと思うのは、番組では、そうした苦労をまったく見せずに笑顔でいたことだ。
「オレはこんなに頑張ったんだぞ」なんて表情は見せず、あくまでお笑いタレントとして振る舞ったところに共感する。
「イヤー、タイヘンでした」などと言ったら、彼の魅力は半減する。苦労したところを見せず、訴えず静かに「結果」だけを示していた。
それはまた、この番組の構成・演出、もっと細かいことを言えばVTRの編集が巧みだったかもしれない。

ちまたでは、「私を認めて」という承認要求をする人があふれかえる世の中で、彼は静かに、そうした風潮にアンチテーゼを示したのだ。大袈裟に言えばね。

オードリー春日は尊敬に値する。

ちなみに60間近の私は、週に2回のちょろちょろした筋トレでは、体脂肪を10%に保つのがやっとて、腹筋もうっすら4つに割れたように見えるくらいだ。なかなか道のりは遠い。トホホ
57歳間近のmy body 週2回の簡単筋トレでこのくらい






2015年5月25日月曜日

『大阪都構想』の“否決”は、「シルバー民主主義」の勝利!?

大阪人(「大坂人」と書くのだろうか)は、なんて辛抱強い人たちなんだろう。そうでなければ、忘れっぽい方々なのか。

同じような高層ビルを建てて破綻したり、水道事業が並んであったり、大阪の納税者は、よくこれまで暴動を起こさないで来たと感心してしまった。どう見てもオカシイことがまかり通っているのに。

大阪市の負の遺産を、まとめている方がいらしたので、リンクを張らせて頂きます。
http://kyoneshige.hatenablog.com/entry/2015/05/10/201723

これを見ると、大阪市民でなくても「怒り」が湧いてきます。

かつて、大阪市職員用の「カラクリ背広」を民放で報道していたが、ほとほとあきれてしまった。胸ポケットの所に「大阪市」のマークか文字だか入っていて、市の業務用の「制服」のおうだが、このマークは、裏替えしてポケットの中に納まり、「征服」はたちまち「背広」として使えるというモノだった。こういうのを世間は「セコイ」と言うのじゃないかな。

それだけではない、ネットで検索すれば職員への福利厚生名目のお手盛りがわんさか出てくる。
そうしたことを大阪府民や市民はみな許してしまったのだろうか。

こちらは、当時のニュースを見返してください。
http://www.asahi.com/money/aera/TKY200503030172.html


橋下氏を好きか嫌いかという感情論は脇に置いておいて、彼の掲げた「改革」は傾聴に値するものがあったし、動機も意義も十分説得性を持っていた。

なのに負けた。これは彼のけんか腰の手法が、結果的に失敗したからだと多くの新聞で論じられていた。
確かに、良いか悪いかという単純な2分法に問題を落とし込み、勝負をしたのは、どうかと思うし、それで負けたから、「潔く引退」というのも、結構無責任な対応だ。

手垢のついた言説(だけど大切)を借りれば、民主主義は時間がかかるし、継続性が大事だし、「丁寧な説明」や「説得」が必要だ。そうしたものを、放棄したとは言わないが、軽視した手法はいただけない。

それはそれとして、敗因を別の視点から見ることもできる。

住民投票翌日のNHK総合テレビ「クローズアップ現代」では、投票結果に地域差が出たことと、高齢者が、老人のための補助金が減らされるのではないかという「心配」から反対に回ったことをインタビューなどで構成していた。

NHKの報道を前提にすると、反対したご老人方は、これまでの二重行政の「ムダ使い」や地方自治の将来のあり方ということより、目先の自分たちのための「補助金」がどうなるということが、もっぱら関心事だったということが見てとれる。
これを巷間では「シルバー民主主義」と言うのだろう。

もし住民投票が18歳以上で実施されていたら、結果が違ったかもしれない。(「かもしれない」という仮定を前提に論を展開しても、なにも建設的でないことが分かっているけど。)

反対する政党の市議団の方々は、若いのにそうした、「ご老人のご心配」に訴えて反対の論を展開していた。橋下構想に代わる、地方自治の青写真を示していたようには見えなかった。

自分たちの目先のことしか「見えない」お年寄りの勝利。『大阪都構想』は、こうして終わった。

○もちろん、そうでない年配者もたくさんいることは承知しています。